事業計画とバリュエーションの重要なもう1つの側面

ファイナンスの際に起業家からよく聞くセリフがある。

「事業計画をストレッチさせて、バリュエーションを上げよう!」
(=バリュエーションを上げるために事業計画をストレッチさせよう!)

これ、、スタートアップに携わる人はほぼ全員どこかで聞いたことがあるのではないだろうか?

実際に似たようなことを言ったことがある人も少なくないかもしれない。

スタートアップでよく耳にするこの言葉、、、ものすごく大きなリスクを孕んでいることは言うまでもないが、そもそも事業計画とバリュエーションの関係性の1つの側面しか見ておらず、もう1つの重要な側面を正しく理解していない節がある。

本稿では「もう1つの重要な側面」について説明したい。

バリュエーションは事業計画によって決まるのか?

企業のバリュエーションは何で決まるのだろうか?

ファイナンスの教科書を開いてみると、

「将来の事業計画の利益やキャッシュフローを現在価値に割り引いてバリュエーションを算定する」

みたいなことが書いてある。

抽象的に表現すると事業計画がバリュエーションの結果に作用している。

この教科書の言説をどう思うだろうか?確かにファイナンス理論上の理屈としては正しい。

他方で、実際の経営の肌感にあうだろうか?
特にスタートアップにおいては全く手触りが感じられないのではないだろうか?

しかしながら、、実際にはPMFがまだできていなくても(=トラクションが出ていないとしても)、PMFができたという前提で強気の事業計画を引かないと、バリュエーションを高くできないから、半ば願望も含まれたようなストレッチした事業計画を書くケースは多い。

何がそうさせるのか??

起業家自身ですら「達成できない」と思っているような事業計画であったとしても、ファイナンス理論上は事業計画の売上や利益やキャッシュフローがバリュエーションを決定するからだ。

「なんとかして投資家から資金調達を行う」という点においては「事業計画をストレッチさせること」は正しいが、、、

しかし、、、バリュエーションのもう一つの重要な側面を見落としている。

「事業計画がバリュエーションを規定する」ということは、裏を返せば、「バリュエーションが事業計画を規定している」ということもまた真なりだ。

これがバリュエーションと事業計画の関係性としてのもう1つの重要な側面だ。

つまり、投資家から調達した資金で「ストレッチした事業計画」を「実績」に置き換えていく必要があるのだが、その際に達成しなければならない「実績」が現実離れしてしまっている事態に陥ってしまう。

事業計画はバリュエーションによって決まる

繰り返しになるが、事業計画からバリュエーションを導き出せるとするならば、反対に、(投資家と合意した)バリュエーションからその前提としての事業計画も導き出せることを意味する。

何が言いたいのか?

例えば、バリュエーション10億円で投資を受けたとするならば、その背景にある10億円のバリュエーションを正当化できる事業計画があるはずである。

つまり、バリュエーション10億円は事業計画上の数値を達成できて初めて成立するのであって、、事業計画上の数値を達成できていないとするならば、その会社のバリュエーションは10億円以下であることと同義であり、結果として投資家に損をさせることを意味する。

端的に言うと、信頼して投資をしてくれた投資家に減損させることを意味する。

そこまで理解したうえで「事業計画をストレッチしている」起業家は実は少ないのではないだろうか?

  • 自身の創業者持分を希薄化させたくない

  • 自己顕示欲を周りに見せつけたい

  • 承認欲求を満たされたい

という私的な理由でバリュエーションを高くするために事業計画のストレッチをしようとしてる起業家がいるならば、一旦立ち止まって、「事業計画をストレッチ」する意味を改めて考えていただきたい。

さいごに

職業柄、僕は株価算定書(いわゆるバリュエーションレポート)を書くことがあるが、その際に必ず申し上げるようにしているのが、

「ご提示したバリュエーションは貴社より頂いた事業計画を達成している状況においてのみ成立しているのであって、従って、このバリュエーションを正当化できるのは貴社自身のこれからの努力だけです。」

という趣旨の言葉だ。

バリュエーションはファイナンスをする際の株式価値を意味すると同時に、これから達成しなければならない投資家との約束であるという点を是非忘れないでいてほしい。

いいなと思ったら応援しよう!