質的研究のためのリサーチ・アプリ活用法 【理論】アウトライン・プロセッサーからアイデア・プロセッサーへ その1
書く作業は、立体的な考えを線状のことばの上にのせることである。
ー 外山滋比古『思考の整理学』 ー
このノートの第一回目では,連載ノート全体の目的・基本的タームの説明と予定している構成を書きました。
今回は,【理論】C.情報デザインアプリの発展 の1項目である
「C-2 アウトライン・プロセッサーからアイデア・プロセッサーへ」 です。
先回のノートの続きとして何を書こうかといろいろ考えてみました。
導入編を続けて,リサーチ・アプリの紹介をしようかとも思いましたが,この連載の意図をもう少し説明した方がよいと思います。そして,抽象的な理論よりも,具体例を挙げた方がイメージしやすいので,この項目を書くことにしました。
今回のノートのテーマと参考文献
今回のノートは,自分の経験も踏まえて,
(1)アウトライン・プロセッサーとは何か?
(2)アイデア・プロセッサーとは何か?
について,二回に分けて検討します。そして,全体を貫通するテーマは,見取り図としてのアウトラインをどのように作るのか,というものです。
(アウトライン・プロセッサーとアイデア・プロセッサーの二つについて,すでに御存知の方は,「あれっ?実際には,同じではないかな。」と思ったかもしれませんが,この二つを分けて考えるというのが,このノートのポイントであり,その方がリサーチ・アプリへの発展を理解しやすいと考えるからです)。
ところで,今回のテーマであるアウトラインについては,早くから論じられてきました。私の知っている限り,最も早くアウトラインの重要性を指摘し,その具体的な方法を展開したのが,1977年に出版された澤田昭夫氏の『論文の書き方』です。また,積極的にパソコンを利用してアウトラインを作成する方法を提案した樺島忠夫氏の『文章作成の技術』(三省堂)が1992年に出され,その後も,アウトラインの作成方法は,論文作成に関する様々な著作で練り上げられてきました。その代表的著作を参考として下に挙げますが,アウトラインの考え方や方法論は,それらでほぼ尽くされているといっても良いでしょう。このノートは,その方法論を前提にして書いていきます。
〔参照〕澤田昭夫『論文の書き方』(講談社,1977)
戸田山和久『新版 論文の教室』(NHK出版,2014)
樺島忠夫『文章術』(KADOKAWA,2014)
花井等 他『論文の書き方マニュアル』(有斐閣,1997)
情報デザインの5段階
アウトラインの話に関連して,押さえておきたいことがあるので,先回の図をもう一度掲げます。
実は,この図を書いていたときには,どうすれば綺麗に描けるかに意識が向いていたので,内容をそれほど意識的に捉えていたわけではありません。しかし,改めてこの図を分析してみると,次のことがわかります。
この図は5つの部分から構成されていて,その形態が異なっていること。
これは何を意味しているかというと,その5つの部分が情報デザイン(情報管理)の過程をあらわしているということです。
重要なのは,図を見ていただくとわかるように,それぞれの局面(フェーズ)は異なった構造をもっているということです。その具体的内容は,以下の通りです。
①自分の外界に存在する多様なデータがもつ構造
②そこから抽出した自分にとって有用な情報の構造
③分析によって得られた情報間のネットワークがもつ構造
④原稿としてアウトプットする文章がもつ構造
⑤できあがった原稿がもつ体裁,あるいは形態
(このように、インフォグラフィックによって、普段,漠然としか意識していないことが可視化され、外部化されたインフォグラフィックを分析することによって新しい認識を生み出すことができます)。
これを踏まえた上で今回は,③と④に関わる話になるわけですが,③と④が違う構造であるということを念頭において読んでいって下さい。
ただし,注意して欲しいのは,上の図は,あくまで情報のデザインという観点からまとめた図であって,研究過程をそのまま図にしたものではないという点です。実際の研究は,情報のデザインと並行しながら進められていくのであって,先回書いたように,データのインプットから文献というアウトプットまでの過程を往復しながら進められていきます。
アウトラインの二つの構造 (1)「構成」としてのアウトライン
まず,④に関して検討してみましょう。レポートなり論文として書かれる文章は,「章立て」と呼ばれるように,章や節などの目次によって分類され区切られています。
例えば,先回掲げたこの連載ノートの目次を図示すると左のようになり,それをグラフ化したものが右の図です。(これは,上のアウトライン部分のグラフの書き直しでもあります)。
このグラフは,海外でのインフォメーションデザイン分析の第一人者であるマニュエル・リマのダイアグラム分類によると,水平樹と言われるものであり,上位分類で言うとツリー(木)構造に属します。
〔参照〕マニュエル・リマ『ビジュアル・コンプレキシティ』
水平樹では,主要なタテのラインがあり、そこから分岐していくヨコのラインがある,という構成になっていて,その特徴をまとめると,
①直線的でフロー(流れ)をたどる(上下の矢印)
②階層構造を取る(左右の矢印)
ということになります。
このように,水平樹構造は横に分岐していきますが,②はあくまで,補助的であって,基本的には一本の直線で表現される一次元の世界に収斂(しゅうれん)します。
そのことは,具体的な「本」に置き換えてイメージしてもらうとすぐ分かります。本では,冒頭の部分から最後まで,不可逆的に,文章に従って読み進めていかざるを得ないわけで,横書きであれば,自分の視点は、上から下へ流れ,縦書きであれば,右から左への流れに限定されています。つまり,文章のもつ必然的な構造に規定されているわけです。このことを,川喜田二郎氏は,「文章化は・・ものごとを前から後へと鎖状にしか関係づけられない」と述べています。
〔参照〕川喜田二郎『発想法 改版』(中公新書,2017,原著1967)
ただし,注意したいのは,以上に述べてきたアウトラインは,レポートなり論文なりの文章の構造を示したものであることです。このように文章の組み立てを目的としたアウトラインを,ここではアウトラインの「構成」と名付けることにしましょう。
(なお,鈴木哲也氏の『学術書を書く』では,このようなアウトラインを「編成」と呼んでいますが,次に定義するアウトラインの「構想」に対比する意味で,あえて「構成」と呼ぶことにします。)
〔参照〕鈴木哲也・高瀬桃子『学術書を書く』(京都大学学術出版会,2015)
アウトラインの二つの構造 (2)「構想」としてのアウトライン
ところが,アウトラインには,もう一種類あります。それは,情報を組み立て,それをもとに独自の論理を組み立てていく思考の構造です。つまり,冒頭に区別した③の構造に関わるものです。それを,ここではアウトラインの「構想」と名付けることにしましょう。
このアウトラインの構想は,文章の見取り図であるアウトラインの構成に対して,問題意識をはじめとして,研究の全過程に関わり,しだいに成長して練り上げられていく研究の見取り図です。
この点について,先の澤田『論文の書き方』では,「萌芽的アウトライン」→「暫定的アウトライン」→「最終的アウトライン」の発展として説明しています。また,戸田山『新版 論文の教室』では,「書く燃料サイクル」として,次のような図にまとめています。
以上のように,アウトラインは,論文の構想を練るアウトラインと,論文の構成を作成するアウトラインの二つがあり,研究の過程は,論文の構想から,しだいに論文の構成へと転換していく過程であると言えます。言葉を換えて言うと,この転換は,自分の思索を自分自身に対して明確化する段階から,読者に対して説得的に提示する段階への移行です。そして,その二つは断絶しているわけではなく,戸田山氏の図のように連続していく性格のものです。
アウトライン・プロセッサーの特徴
さて,このような見取り図としてのアウトラインを作成するために用いられているアプリをアウトライン・プロセッサー,あるいはアウトライナーと呼びます。
アウトライン・プロセッサーを,深く分析しているTak.氏のまとめに従うと,その基本機能は次のようになります。
①アウトラインを視覚的に表示する機能
②アウトラインを折りたたむ機能
③アウトラインを組み替える機能
この3つの機能を使うことによって,アウトラインが効率的に作成できます。私も,原稿のアウトラインをアウトライン・プロセッサによって作成しています。
〔参照〕Tak.『アウトライナー実践入門』
さらに,Tak.氏は,アウトライン・プロセッサーを二つのタイプに分けています。
①プロセス型:「見出しの概念がなく、階層関係だけで構造を表現するアウトライナー」=文章を並列として捉え、それを並び替えていく事でプロセス(「過程」)を作っていく。
②プロダクト型:「文書の見出しとアウトラインが対応しているアウトライナー」=見出しによって階層を構成して原稿のプロダクト(「結果」)を作っていく。
このような分類に従うと,プロセス型は,私が上で述べた構想としてのアウトラインに対応し,プロダクト型は構成としてのアウトラインに対応すると考えられます。Tak.氏は,この二つのタイプのうち,プロセス型に重点をおいて,これを思考の道具とすることを主張されています。
(なお,この二つの内,プロダクト型は,#マークを使うことによって見出しを表示して段落を区切るマークダウン・エディターといってもよいと思います。そうすると,①がアウトライン・プロセッサー,②がマークダウン・エディターという区分けになります。)
私が使用しているアウトライン・プロセッサーについて
ここで,話が本筋からずれますが,私が使用しているアウトライン・プロセッサーを紹介します。私は,昔からWindows派だったので,Windows畑のソフトウェアを使ってきました。Windowsが魅力的なのは,豊富なフリー・ソフトウェアやシェア・ソフトウェアがあることです。
その中で,昔から使用しているのが秀丸というエディターです。その画像が下です。
このエディターは,アウトラインを本文(左)とは別の画面(右)に表示する2ペイン型のアウトライン・プロセッサーとして使用できます。
Tak.氏は,上記のようにアウトライン・プロセッサーを二つのタイプに分けて,さらに,プロセス型は1ペイン型,プロダクト型は2ペイン型に分類していますが,実は秀丸は,この両者の混合形態なのです。
というのは,画面上の#マークがマークダウン・エディターで用いられる見出しの部分で,-マークがアウトライナーで用いられるリストです。秀丸では,折りたたみのマークを自分で設定できるので,画像のように複合的に両方を用いて,それぞれ折りたたんだり,階層を越えて移動させることができます。
つまり,秀丸では,パラグラフ内部の文章を並列に移動させながら,それを章立ての枠組みの中に組み込んでいくという作業がいっぺんにできるわけです。そして,2ペインなので,その作業は右の画面で集中的に行っていきます。左のペインで文章をひたすら書き、右のペインで構成していくという作業を行います。(1ペインが良いか2ペインが良いかは,結局好みの問題になりますが・・)。
構想から構成へのアウトラインの転換
さて,話をアウトラインに戻すと,アウトラインは,構想の段階から構成の段階へと移行するわけですが,ここに問題が生じます。
一つは,最初に書いた,③分析によって得られた情報間のネットワークがもつ構造と,④原稿としてアウトプットする文章がもつ構造とが異なっているという問題です。つまり,構想の段階での多様な情報間のネットワーク構造を,文章としての直線的なツリー構造に転換しなければならないという問題です。(冒頭の外山滋比古氏の文章から,この問題を垣間見ることができます)。
また,そのことによって,論文を叙述するときに、自分の構想と書かれる文章の構成との間に構造のズレが生じるという問題がおきます。
そして,ツールとしてのアウトライン・プロセッサーは,この問題に対処するには限界があり,その問題の解決方法としてアイデア・プロセッサーを使うという風に話が展開するのですが,長くなったので,以下は,次回にしたいと思います。