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【掌編小説】新石器革命

歴史に興味を持った生徒が、放課後になると私に質問をしてくるようになった。

放課後とはいえ、まだ私には仕事があるのだが、中学生1年生の彼がここまで歴史に興味を持ってくれるというのは嬉しく、私は何でも答えるようにしている。

そろそろ今日も彼が来る頃だろう。いつの間にか、まっさらで素直な彼との会話は、私の仕事中の楽しみになっていた。ガラッと職員室の扉が半分程度ゆっくり開き、彼が顔を出して私を見た。

「先生、またいくつか質問良いですか?」

「かまわないよ。教室に行こうか。」

職員室では話しにくいかもしれないので、誰もいなくなった彼の教室へ向かった。

「で、今日の質問は何だい?」

彼は用意していた紙を広げ、順番に質問をし、私はそれに主観を交えつつ答えた。気付けば長時間話し込んでしまったので、そろそろ帰ろうかと彼に告げた。

「あ、すいません。もう一個だけいいですか?新石器革命についてです。最近FIREって言葉をよくインターネットで見るんですよ。FIREってのは働かずに経済的に自由になってのんびり暮らすことみたいです。狩猟や採集のころの生活って、よく考えると実質FIREみたいなもので、農耕で労働や住居に縛られるようになった新石器革命革命って、果たして良いことなんですかね?」

「良いか悪いかの判断は難しい。もし新石器革命が起こらなかった場合の未来については、私たちは想像するしかないからね。でも、狩猟や採集だけじゃ、不安もあったんじゃないかな。採集で取れる食料の限界はわからないし、貯金のないような状態で生活し、子供を育てていくってことだから。」

「食べ物を自分たちで作って保存しておく、確かに貯金みたいで安心感がありますね。いっぱいストックできれば、それはそれでFIREみたいなこともできそうですし。」

「家があるというのも、雨風を凌げるし、プライバシーも守れる。採集のときは食べ物のあるところに移り住まないといけなかったけど、新石器革命のおかげで人間の生活で大切な衣食住の食と住を確保できたのは大きいと思うよ。」

「じゃあ、新石器革命は良いことな気がしてきますね!」

「まぁ、イナゴや豪雨などの天災に怯えたり、人口の増加でさらにたくさん食べ物が必要になったから、けっきょく不安も消えず労働時間も長く、FIREとはほど遠かったかもしれないけどね。」

「農耕の食料を当てにして子供を作ったりしたんですかね?新石器革命のときの人間って、計画性がなかったんですね。けっきょく落ち着くどころか労働を増やしちゃってるし、なんかコントみたいで笑えますね。定住とかの恩恵だけじゃなく、そういう弊害もあったんだなー。あ!すみません遅くまで!じゃあ、今日はこれで失礼します!」

「勉強熱心なのは良いことだよ。君は最近新築に引っ越したと言っていたね。今日は新しい自分の家で、新石器革命の定住という恩恵をしみじみ感じるのもいいかもしれないね。」

「はい!やっぱりアパートより一戸建ての方が落ち着くって親も言ってましたし、恩恵を意識してみます!」

・・・

今日も先生の話は面白かった。歴史ってすごいな。僕が生まれるずっと前から、世界があって地球が回っていたことがわかる。少し遅くなったから、早く帰らなくっちゃ。

少年は、1週間前に引っ越したばかりの新築までの約50メートルの帰路を、足早に駆けた。先生の言う通り、今日は新石器革命で人類が得た定住の恩恵を感じよう!

「ただいまー。」

「おかえりー。お母さんも今帰ってきたとこよ。ご飯の支度するわね。」

「また残業?お父さんも今日も遅いの?」

「そうよ!まったく、あの人が残業の収入も当てにしてこの家のローンを組むもんだから、私もお父さんも残業しないととても生活できないのよ!」

「けっきょく落ち着くどころか労働を増やしちゃってるじゃん。」

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