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歪んだそれに名前はない 04|連載小説

頬切る風が、俺の頭を冷静にしていった。

新宿の歓楽街を抜け、スラムの様な一角にそこはある。
寂れたビルの3階。俺は手馴れた様子でドアノブを回した。



「ねえ…あなた…」
少し呂律の回らない言葉が聞こえて、慌てて身を起こした。
妻の隣で眠るのはいつぶりだろうか。
ソファーベッドで、いつの間にか眠りに落ちていた様だ。

「どうした?」俺は妻の顔を覗き込んだ。
妻は、顔をくしゃっとさせてこう言った。
「私と結婚してくれてありがとう。私は…酷い女なのに、あなたは私が良いって。 あの時の言葉、忘れた事ないのよ」
「ゆかり…」俺は堪らない気持ちで下を向き、床に水滴がぽたぽた落ちていた。
「ねえ、あなた…あの子は、翼は気づいていたのかしら…」
「ゆかり……」
「今更だが…俺がした過ちは許されない。謝っても許される事じゃない」

ゆかりはしばらく黙って俺を見ていた。
「あなた……私も…背負う罪があるのよ」
ゆかりは泣いていた。
知っていた。全て知っていて、俺はゆかりからも翼からも逃げていた。
最低なのは俺だ。
「ゆかり…俺は…」

ゆかりは意識がまた薄れてきた様で、瞼を閉じてしまった。
「ゆかり…俺がお前の代わりになりたい…痛みも苦しみも全て、俺が受け止めるから…生きてくれ…」



「よお、翼じゃねぇかよ。ちょっと久しぶりだな。最近どしたよ?」
顔見知りの中学の同級生が、妙なテンションで声を掛けてきた。
机の上には、白い粉。注射器や、炙りに使うアルミホイルが散乱している。
床にはビールやアルコール度数の高い酒瓶が転がっている。

「ああ…最近色々あってな…。それより、例のくれないか。なるべく早く手に入れたい。」 
「急ぎか?危ねぇ事に使うんじゃねーだろな?もし何かあったら、俺らもヤバいんだ。」
「分かってる。これは、俺個人の問題だ。お前らには迷惑掛けない。それと、これが最後になる」
「は?お前どっか行くのか?」
「……かもな」
それ以上の会話はなかった。
約束のブツは一週間後、いつものコインロッカー。
金は先払い。それが暗黙のルール。

用が済めば、長居はしない。俺は片手を上げて階段を下りて行った。
さあ…一週間後だ。
俺の中の死神が笑い掛けた。

病院に戻る気がしなかった俺は、インターネットカフェで時間を潰す事にした。
暇つぶしにAVを観ながら、自慰をした。
虚しさだけが残った。無性に凛を抱きたくなった。
あの白い柔らかな肌。漏れる甘い喘ぎ声。
俺の背中に微かに立てる爪。
それが俺を益々欲情させる。

射精したばかりの性器が、また勃起した。
俺は凛と愛し合っている妄想で、2回目の射精をした。
満ち足りた思いと、凛に会いたい思いが強くなり携帯に収めてある凛の写真を、ずっと眺めていた。
「凛…」
お前は俺を許すだろうか…。
こんなに愛している。
けれど、きっとお前は俺を拒絶するだろう…。

「会いたい」
いつの間にか、恋が愛に変わっていた。その瞬間と言うものを、人は認識出来るのだろうか…。
若さや老いなんか関係ない。

『愛してる。』

[ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ]


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