スケボー金メダルと今後の日本について思うこと
一昨日、昨日と開催されたオリンピックのスケートボード男子・女子ストリート決勝にて、日本人の堀米雄斗さん(22歳)と西矢椛さん(13歳)が、それぞれ金メダルを獲得した。母国開催のオリンピックで、新競技での初代チャンピオンはまさに快挙だ。スケボーとは無縁の金融業界で銀行員として15年間勤務し、これまでは隠れスケーターとして生きてきた38歳の私が、大好きなスケートボードについて思うところを書いてみた。
1.堀米優斗さんのヤバさについて
まず、堀米さんのヤバさについて、趣味のレベルではあるが、現役スケーターの観点から分析してみたい。
皆さんも、堀米さんが12段の階段に設置された手すりや縁石を軽々と滑るのを見て、そのダイナミックさに驚いたと思う。特に、最後のベストトリックで、凄まじいプレッシャーの中で繰り出した得意のNollie(ノーリー)技の連続は、まさに圧巻だった。
しかし、中々初めてスケボーを見た方々には、その本当のすごさが分かり辛い部分もあると思うので解説してみたい。
まず、そもそも皆さんが感じている素朴な疑問として、「なぜスケボーの板に足がくっついているのか?」という疑問があると思う。これは、以下の動画を見て頂くとよくわかる。スケボーの基本技に、Ollie(オーリー)という技があり、聞き足を地面に叩きつけてジャンプし、その反動で上がった板の前方部分を前足で摺り上げ、ジャンプする技である。これは、スケボーの基本中の基本の技となり、全ての技はこのOllieをベースに、それに縦回転や横回転を加えることで新たな技が生まれている。
今回、堀米さんがベストトリックで決めた「Nollie 270 Nose Slide」とは、自身の聞き足とは逆の足を軸にジャンプし、270度板と体を回転させた後、板の先端をレールにかけて滑り降りるという、まさに神業だ。これを例えるならば、利き手とは逆の手でお箸を持ち、玉こんにゃくを3つ掴みながら、家の屋根の上に設置された平均台の上で、270度回転しながらジャンプし、こんにゃくを落とさず平均台に綺麗に着地するようなメージだ。
即ち、緻密さや正確さに加え、恐怖と打ち勝つ強いハートが必要なのだ。そして、堀米さんが本当にすごいのは、そのような超人的且つ独創的で、彼にしかできない技を、「サラッと」簡単そうにやってのけるところだ。この彼だけのスタイルが、世界中のスケーターを虜にしている。
2.スケートボードの魅力について
次は、スケートボードの魅力について話してみたい。
私が考えるスケボーの最大の魅力は、「スタイルを重視する」という点である。所謂一般のスポーツ競技にある技術点(難易度)や構成点(技の数)に加え、スケートボードには、その人だけが持つ「スタイル=その人しか持っていないかっこよさ」が求められるのだ。よって、どんなに難易度の高い技を成功させたとしても、誰かが過去にっやったことのある技や、その人らしさを感じられない技であった場合、スケーターはそれを評価しない。誰も見たことのない、その人だけが持つ個性を爆発させることこそが、スケボーの最大の魅力である。今回のオリンピック競技中にも見て取れたように、スケーターたちは音楽を聴いたり、自身の服装に拘ったり、技以外の部分においても、自身のスタイルを表現していた。これら全て自分のスタイルを表現する要素なのだ。
もう一つの魅力は、「多様性」である。上記の通り、全てのスケーターが自分らしさを表現することで、自然と多様性が生まれる。私も週末に近くのスケートパークに7歳と5歳の娘を連れていくが、そこには5歳児から60、70代のシニアまで、本当に幅広い年齢層の方々がスケボーを楽しんでいる。また、最近は女性のスケーターも非常に多く目にする。加え、以下の動画を見て頂きたいのだが、様々な障害をもった方々もスケボーを楽しんでいる。障害が一つの個性となって輝きを持ち、それをリスペクトする文化がスケボーにはある。
今回の東京パラリンピックでは、残念ながらスケートボードは種目として採用されなかったが、是非次回以降のパラリンピックでは正式種目に採用してもらいたい。
最後に、もう一つだけスケボーの魅力を言うと、「失敗を受け入れる」文化があるということだ。皆さんもオリンピックの中継を見て驚かれたと思うが、スケーターたちは何度も何度も技を失敗し、体をコンクリートに叩きつけられては立ち上がっていた。はたして、こんなに体をコンクリートに打ち付ける過酷な競技が他にあるだろうか。スケボーは、成功する回数より遥かに多くの失敗を重ねるスポーツである。痛みや恐怖を乗り越えた先にある、心の底から湧き上がる達成感と喜び、そして何よりそれを祝福する仲間がいるのがスケボーである。失敗を受け入れ、危険で難しい技にあえて挑戦する「挑戦者」をリスペクトする文化がある。
女子の決勝で、失敗したあとの彼女たちの素晴らしい笑顔を見られただろうか。彼女たちの笑顔の背景には、そのような素晴らしいスケボー文化があるのだ。
3.今後のスケートボード業界について
日本でのスケートボード人口は、40万人程度と言われ、スノーボードの250万人に比べると、まだまだマイナースポーツだ。また、これまでスケートボードに対する日本社会での印象は決して良いものではなかった。不良がやる危ない遊び、公共のものを壊すなど、メディアにおいても様々なネガティブなニュースが多く報道されら。そんな中、今回の堀米さんと西矢さんの活躍は、スケボーの負のイメージを払拭する素晴らしい機会となった。彼らの人柄と笑顔を見れば、スケーターに対するイメージは大きく変わったはずだ。心から感謝したい。
一方、本当の闘いはこれからだ。スケート人口が増えると言うことは、それだけ行き場を失ったスケーターが街に溢れるということでもある。残念ながら、日本の公園や街中ではスケボーを禁止するところが多い。それは、市や行政が歩行者にぶつかってしまう危険性や騒音などを考慮したものだ。今後、次の金メダリストを出すためには、スケーターの為の環境整備が不可欠だ。スケーターと社会が対話し、一緒になって共存できる方法を模索していく必要がある。
スケートボードは、カウンターカルチャーの一つとして、社会に批判的な側面があるのも事実である。しかし、実際に私が見てきた殆どの日本人スケーターは、非常にマナーがよく、自分がスケボーを自由にできる場所をとても大切にしている。事実、ゴミの持ち帰りは勿論のこと、周辺住民に迷惑にならないようスケートパーク以外の周辺の公道ではスケボーに乗らなかったり、スケボーに興味を持った子供たちがいれば、丁寧に教えてくれる。皆すごく真面目で心優しいスケーターが多い。
勿論、一部危険行為をしたりマナーを守らないスケーターもいる。しかし、38歳で3人の子供を持つ一人の親として思うことは、その大本の原因は大人側にもあるではないかと感じている。ボール遊びもできない公園。古くてどこへ行っても同じような遊具しかない公園。街はビルや車だらけで自由に遊べない。これら全て我々大人が造ってきた街並みである。そんな遊べないコンクリートジャングルの中で、子供たちがもがきながら行き着いた先が、ストリートでスケボーするという行為なのではないかと思う。
大人が子供たちに手を差し伸べ、積極的な対話し、子供たちが自分を自由に表現できる場をもっともっと作っていく必要がある。その為には、まず最初のステップとして提案したいのは、大人がスケボーを始めることだ。これを読んで頂いている方々には、是非今週末に近くのムラサキスポーツに行き、スケボーを買ってもらいたい。子供たちと一緒に大人も楽しみ、ムーブメントを作っていくことが大切だ。
4.日本社会の課題とスケートボードの可能性について
最後に、日本社会の課題とスケートボードの可能性について考えてみたい。
今回のオリンピック委員会の一連の不祥事でも分かった通り、日本の昭和のおじさん達が繰り広げるゴタゴタ劇は、まさに藤野英人さんが言う「GG資本主義社会(ジジイ資本主義)」そのものであり、変われない日本を象徴する出来事だったと思う。政府のコロナ対応も同様であり、様々な面で昭和のおじさんたちが主導する今の日本社会の延長線に、未来がないことがはっきりした。
では、そのような昭和の社会を、打破できるものとは何か。それは、ずばり「突き抜ける個性」と「多様性を楽しむ」ということであると思う。
日本の金太郎飴製造機のような教育環境において、何かに突き抜けることは非常に難しい。私が幼少期にできたスポーツと言えば、野球、サッカー、バスケットボールなどの協調性が求められる団体競技が殆どで、一部、剣道や柔道をやる友人もいたが、これもまた厳しい縦社会が存在する。学校では、同じ友達と数年間を過ごし、放課後も、塾やクラブで同じような年代の友達と過ごす。こんな無限の同一性のループの中で、何かに突き抜け、多様性を楽しむことなど不可能だ。
そこで救世主になるのが、スケボーだ。
上記に述べたように、スケートパークに行くと、そこは多様性の宝庫である。様々なスタイル、年齢、性別のスケーターが集まる。そして、スケボーの上達を通じ、個性を磨くことの楽しさを学ぶことができる。私は、スケートボードこそ、これからの日本に必要な文化だと心の奥底から思っている。
堀米さんは、6歳でスケボーを初め、高校卒業後自身の夢に向かい渡米しました。現在の成功の裏には、当前ですが彼の並々ならぬ努力と失敗があったと思います。しかし、更に重要なことは、彼自身が、自分が心から大好きで得意だと思うことに、正直に向き合い、その気持ちを真っすぐに貫き通したことだと思う。
銀行員という社会の大きなレールに乗り、隠れスケーターとして生きてきた私ですが、堀米さんと西矢さんに改めて人生で大切にすべきことは何なのか、学んだ気がする。本当に感謝しかない。
”It is never too late to become what you might have been.”
昭和のおじさんとミレニアル世代に挟まれ、両方の気持を理解できる我々の世代が、もう一度立ち上がり、自分だけの金メダルを追いかける意義は、日本社会にとっても大きいと思う。