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短編小説 『ママはひとりぼっち?』第一話
「ママは、さみしくないの?ひとりぼっちで......」僕は、とっても不安で聞いた。
「大丈夫。いつでも冬馬のことを思っているからね。元気でね、冬馬!」そう言う、ママの顔は、とても悲しそうだった。
僕が、十歳の時、ママは交通事故に巻き込まれて、この世を去った......かに見えたが、死んだのは間違いないのだが、お葬式の後、しばらくして、幽霊として帰ってきたのだ。
それから、三ヶ月ほどして、ママのことが大好きだったパパは、この家に住んでいるとママのことを思い出す、つらい......と言って、引っ越したのだ。
僕は一生懸命、ママはここにいるよって、パパに言ったんだけれど、信じてくれなかった。ママとは、それっきり会うこともなかった。
*
あれから、二十年が経った。
「んーっ、冬馬。いい男になっちゃって」なんと、ママは今、俺のとなりにいる。どうやら、あれからもずーっと、ここにいたらしい。
「冬馬ってば! シカトしないでよ。そんな子に育てた覚えはないんだけれど」
「ママ、いい加減にしてよ! さっきからずーっと」
「なーんだ。まだ、見えてるのね。ほーんと嬉しい!ママ、嬉しいよ」と言って、冬馬にスリスリしています。
「もうやめてよ! 俺もう、子供じゃないんだよ。今年三十歳なんだから」
「ほーんと、いい男になったよね。三十っていうことは、私と同い年だ!付き合っちゃおうか?」
「そんな冗談ばっかり言う癖、全然変わんないよな」
「えへへへっ、照れるなあ。どうもありがとう」
「ほめてないしっ!ほんと、その能天気なところも、全く変わってないんだね」
「だって...こうやって話すの、二十年ぶりだよ。何話したって楽しいよ!冬馬は嬉しくないの?」
「嬉しくないことは、ないけどさ......」
「ちょっとびっくりしちゃった。突然、冬馬が戻ってくるんだもん。 どうしたの?」
「実はね、父さんが、定年退職で前の会社辞めて仕事を変えたんだけど、なんか突然、ママのこと思い出したんだって。それで、どうしてもこの家に戻りたくなったんだって」
それを聞いて、ママは嬉しそうです。
「そうか......まだ、わたしのこと好きなんだね......」
「それが、不思議なことにね。パパが 物件探しに行くまでは、この家空いてなかったんだよ。ところが、パパが不動産屋に行ってから、すぐ、空いたんだって。おかしいよね。しかも、すんごい安い家賃で」
ママは、なぜだか、ニヤニヤしています。
「それ、ママがやったの」ちょっと、ママは自慢気です。
「どういうこと?」
「パパがね、この家の空きがあるか、どうか、不動産屋に打診しているっていう事を、幽霊仲間の友達から聞いたのね。その女性って、あっちこっち出歩けられる浮遊霊なの。私は地縛霊だから、ここから動けないでしょう。それで、その事を教えてもらったの」
「それでね、前に住んでいた人たちには、すこし気の毒だったんだけれど、しばらくの間、ママ、夜中になるとね、物音立てたりね、 ちょっと、幽霊らしい事して、その人たちを脅かしたのよ。そしたら、この家、幽霊が出るって評判になっちゃって、借り手がつかなくなったってわけ」ママは、得意げだ。
「ママ、何でそんなことを?」
「決まっているじゃあない。だって、パパや冬馬に会いたかったんだもん。ダメ?ダメだったら...じゃあ、もういい、帰る!」
「ママ! 帰るって、ここからどこにも行けないよね」
「でした、でした、そうでした。ママ、いつもおちょこちょいで~す」
「そんなところも、全然変わってないよね」
冬馬は少し涙ぐんでいます。
そこに、父が帰ってきました。
「冬馬、誰か来てたのか? 何か、話し声がしたけれど。お客さん?」
「パパに、私がここにいること教えちゃだめ!」
「なんで?」
「パパには見えないの。一生懸命見ようとしても、見えないのよ。そんな辛い思いをさせたくないの」
「分かった」
「冬馬、何がわかったんだ?」
「いやいや、何も。ひとり言、ごめん」
「引っ越しの荷物は、明日来るんだそうだ。冬馬は、明日まで、会社の方は休み取っているんだったよな?」
「うん、明日まで取ってる」
「それで、今夜の飯はどうする? どこかへ食べに行くか?」
「今夜はそうだね。近くで済まそうか?」
「冬馬、お願いがあるの?今夜はさ、久しぶりに三人でさ、食事しない?ママは、ご飯食べられないけど、見てるだけでも楽しいしさ。デリバリー頼もうよ」
やれやれ、という顔をしながら、冬馬は父、光太郎に言います。
「父さん、今日はデリバリーにしようか? なんか久しぶりに帰ってきたからさ、ママの好きだったやつ頼もうよ」
「そうだね、そうしようか」
二人はママが好きだった。ピザ、フカヒレラーメン、お寿司を注文しました。以前からあったお店は、今も変わりなく営業していました。
今日はまだ、テーブルがないので、床に広げて食べます。
「しかし、今考えても、ママって変な人だったよね。イタリアン、中華、和食って、同時にたべるなんて。そんな人っていないよね普通」
「父さんは、これって絶妙な取り合わせだとおもうよ。合わないようで、合うって言うか。おなかに丁度いいんだよね」
「まあ、確かに俺も嫌いじゃなかったけれど」
ママが、光太郎の前に立って、指を自分の方に向けて、『ここ、ここ』と言っています。もちろん、光太郎には聞こえません。
冬馬には見えているので、気が気でなりません。ママの片足が、寿司桶の中に入っています。
それをどかそうと、冬馬がお寿司の上を 手で払いました。
それを見た光太郎が、「何やってるんだ、冬馬! 何か、虫でもいたのか?その上に」
それに気づいたママは、足を寿司桶からどかします。
「なんか、虫がいたみたいだったんだけれど、気のせいだったみたい」
「いいな、いいな、ピザいいなぁ! とろーりチーズ、いいなぁ!」
「いいな、いいな、フカヒレラーメンいいなぁ!絶妙な歯ごたえのフカヒレと喉の中に流れ込んで来るとろみのついた 美味しいスープ。あーっ、食べたいっ!」
「やっぱり、お寿司だよね。お寿司はマストだよね。ママの大好きなマグロちゃん、サーモンちゃん 、そしてなんと言っても、ウニちゃん、食べた~いっ!」
「ママっ!うるさいよ、 静かにしてっ!」
テレビを見ていた光太郎は、その声に反応しました。
「うるさかったか?」
「いやいや、いいの、いいの。うるさいっていうか、なんていうか......」
二人と言うか、三人は、食事を終えると、後片づけをして、コーヒータイムです。
「冬馬、コーヒー飲むか?」
「うん、父さんありがとう!」
コーヒーを味わいながら、光太郎は感慨深げです。
「ここに、ママがいたらなあ......」光太郎は寂しそうです。
それを見ていたママは、涙が出そうですが、幽霊なので、1ミリも出ません。
「まだ、私を愛してくれているんだ。ありがたいなぁ。私も愛してるよ、光ちゃん」
ママは、光太郎のほっぺにチューをします。それを見ていた冬馬は、微笑ましいなあと、口元が緩んでいます。
すると、何かを感じたのか、光太郎はキスされた頬を触ります、「なんか、今虫が止まったような......」
ママは、怒っています。
「むし、虫ですって! 私は虫じゃありません。幽霊で~すっ!」
その言葉を聞いて、冬馬は大声で笑い出しました。
それを見た光太郎は、不思議そうです。
「どうした、冬馬?突然、笑いだして。大丈夫か、お前?なんか変なものでも入っていたか?」
笑いを噛み殺しながら、冬馬は、
「何でもないんだ。ごめん、ごめん」
冬馬は、お腹を抱えて、まだ笑いがとまりません。
*
夜も更けました。マットレスだけと、布団が敷いてあるフローリングで、光太郎と冬馬は、とりあえず今晩だけ寝ます。
ママは、光太郎と冬馬の二人の間に立って、「どうしよっかな~、どっちと一緒に寝ようかな~?」と考えています。
「父さんと一緒に寝ればいいじゃん」と冬馬が言います。
「だって...二十年ぶりに会ったら、パパったら、すっかり初老のおじさんになっているんだもん。ちょっと幻滅しちゃった」
「ママ、それって言い過ぎじゃない?ママが愛した人だよ。昔の話だろうけど......」
「うん、そうなんだけどね。冬馬、知ってる? 愛ってね...永遠じゃあないんだよ。 男と女の愛はね......」ママはすこし、寂しそうです。
「けどね、親子の愛はね、永遠なの。変わらないのよ、いつまで経っても。だって、血が繋がってるんだもん。男と女って元々他人じゃない。だから、一度歯車が狂うと、それで、すべてがおかしくなるの」
ママは、今にも涙をこぼしそうです。しつこいようですが、幽霊なので、涙は1ミリも出ません。
「けれど、まだ私、パパのこと好きだけどね。そうだ! 今夜は、もうしょうがない、パパと一緒に寝よう!」
「しょうがないって、何? 父さんが可哀想じゃん」
二人の話し声で、光太郎が目を覚ましました。
「冬馬、今誰かと話してた?話し声が聞こえたんだけど......」
「いや、何も。父さん、夢でも見てたんじゃない?」
「そうか、夢か......」光太郎は、納得したみたいです。
*
翌々日の朝です。前日に、引っ越しが済み、やっと家具なども揃い、新しい生活のスタートです。
光太郎が、朝食を作っています。 寝ぼけまなこの冬馬が起きてきました。
ママは、光太郎のとなりで、作っている料理を見て、『ああでもない、こうでもない』と言っています。
「聞こえないのかな? 光ちゃん、違うって言ってるじゃない。それはそうじゃなくて、こうなのっ!」
もちろん、光太郎には、ママの声は全く聞こえていません。
「冬馬は、卵二個で、いつものやつでいいか?」
「うん、いつものやつでいい。ありがとう、父さん」
「父さんもやっぱりこれだな。目玉焼きは、半熟片面焼き、醤油に限るな!」
「俺の友達なんかさ、ケチャップとか、中にはウスターソースじゃなくて、お好みソースとか、かけるやついるんだよ。信じられる?」
「不味そうじゃないけどな。美味しいとは、思うけれど。やりたいとは思わないな」
「そうだよね」
「ママも、目玉焼きは、絶対っ!半熟片面焼きで、醤油です。これだけは、譲れません」うん、うんと頷いています。
光太郎のとなりに立って、力説しているママを見ながら、冬馬は笑みがこぼれました。
その朝は、三人で、もちろん光太郎は、ママがいることはわかりませんが、久しぶりに揃って、朝食をとりました。
冬馬が、自分の分を少しずつ取り分けました。目玉焼きを半分、野菜サラダ、トースト、スープも半分づつ、それを以前ママが座っていたところに置いて、ママの前に並べました。
すると、光太郎が、「そうか陰膳か。ママも座って、食べてくれればいいんだけどね」すこし寂しそうです。
ママは、光太郎のとなりに座って、ニコニコしています。
ママは、一生懸命食べようとしています。
もちろん、それは無理なので、しょうがなく、匂いをかごうとしています。
すると、満足そうな表情を浮かべています。どうやら、幽霊でも匂いは、感じとることができるみたいです。
食事が終わると、ママは、満ち足りた顔つきで、 後片づけをする光太郎の後をついてまわります。ここでも、「ダメっ!そんな洗い方じゃあ。こうなのにっ!」と、ママは力説していますが、光太郎には全く聞こえません。
その様子を見ていると、なんだか、二十年前に戻ったみたいで、冬馬は、懐かしい気持ちになりました。
「じゃあ、父さん、ママ、行ってくるね」 と、冬馬が言うと、
「いってらっしゃい! 気をつけてね」と、ママは、満面の笑みを湛えて、大きく手を振っています。
「冬馬、気をつけてな。ん?ママって、なんだ?ママって?」
こうやって、冬馬と父、光太郎と長い間ひとりぼっちだった、ママの、三人の暮らしが再び始まりました。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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