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『近代家族の変遷』 Vol1/私たちの「家族」はいつ生まれたのか?-社会と対峙する新しい共同体の正体-

 「近代家族の発見」というテーマは、社会学や歴史学の分野でよく取り上げられる概念であり、特に19世紀から20世紀のヨーロッパにかけて顕著になった家族構造の変化に焦点が当てられています。近代家族は、工業化、都市化、経済の変化、教育の普及、ジェンダー役割の変容などの影響を受け、自給自足的な伝統的共同体よりも、資本主義経済下における都市部での生活様式に最適化した共同体であると言えます。



-近代家族の主要な特徴-


1. 核家族化

 近代家族の最も顕著な特徴は、家族が夫婦とその未成年の子供から構成される『核家族』であるという点です。工業化に伴い、都市部での仕事を求めて農村部から移住した人々によって少しづつ核家族が形成され、夫婦とその子供を中心とする独立した家庭が基本的な単位となっています。しかし、近代家族が形成される過渡期は、家政婦の役割が非常に重要だったという事実があります。ヨーロッパで完全な核家族が形成されるのは19世紀の後半から20世紀初期であり、その背景には資本主義社会の発展が不可欠でした。

2. 家庭の私的領域化

近代家族は、家族共同体が公共の場から切り離され、家庭がプライベートな空間として強調されるようになりました。家族は経済的な生産単位というよりも、愛情や教育、道徳的な支援を提供する場として機能します。これによって家族と他人という線引きが明確になり、非家族が家庭空間から排除されることになりました。

3. ジェンダー役割の変化

 近代化によって、男性が外で働き、女性が家政を担うという明確な役割分担が誕生しました。公私が一体化していた伝統的な生活様式から、公私の分離を前提とした近代的な生活様式への移行が大きな影響を与えています。また近代家族の過渡期においては家政婦の存在が確認され、主婦の管理のもと家庭内労働に従事しました。

4. 親子関係の変化

 近代以前では、家族は経済的な共同体としての側面が強く、子供も重要な労働力として期待されていました。しかし、近代化の過程で啓蒙主義や人権思想が少しずつ広まり、子供は「小さな大人」だとという認識が薄れ、愛情の対象として再認識されるようになりました。子供は次第に教育や成長に重点が置かれる存在となり、大人たち、とりわけ母親にとって重要な役割を与える存在になっていきます。

5. 子ども中心主義

 親子関係の変化を受け、子供は家庭内で特別な存在として尊重されます。近代家族では、子供が愛情を受け、育てられる対象として特別な位置を獲得し、子供の教育や成長に対する親の関与が深まっていきました。次第に、子供に対して行われる経済的な支援(教育投資、生活環境の充足など)は愛情表現として認識されるようになり、多くの親たちがこぞって子供に対する消費を行うようになりました。

6. 家族内の愛情と感情の強調

 近代家族は、家族間の愛情や個人の幸福を追求する場として認知され、多くの人々に支持されました。経済的・生産的な関係としての家族から、感情的な支援や愛情に基づく関係へとシフトしたことで、愛情表現と消費活動が密接な関係を持つようになり、資本主義経済はさらなる進展を遂げました。

『室内で 2 人の子供を持つ女性の肖像画』
(アルフレッド・エドワード・シャロン、1815)



このような家族の変化は、特に西洋社会を中心に論じられていますが、日本を含む他の地域でも、近代化の過程で同様の現象が確認されています。近代家族は、産業革命、都市化の進展、資本主義社会の勃興、民主主義社会の成立など、近代化というダイナミクスの中で形成された新しい家族の形態であり、ある時代の歴史的な社会現象として理解されています。このテーマに関しては、歴史家の『フィリップ・アリエス』、『エドワード・ショーター』、『タマラ・ハレブン』などが多くの研究成果を残しています。




-近代家族の成立過程-

 近代家族の成立過程は、主に18世紀後半から19世紀にかけての社会的・経済的な変化と密接に関連しています。産業革命や都市化、啓蒙思想の普及などが家族構造に大きな影響を与え、従来の伝統的な農村社会に根ざした生活様式から、より小規模で感情的な結びつきを重視する核家族へと移行しました。この過程は複数の要因が絡み合いながら進展しています。

1. 産業構造の変化

 18世紀後半から始まった産業革命により産業構造が急速に変化しました。工場労働が中心となり、都市への人口集中が進むにつれて、農村部での地縁を中心とした共同体が少しずつ崩壊しました。そして都市部に移住した人々が小規模な家族を形成したことで核家族が主流の社会へと変化していきました。次第に家族は生産単位としての役割を失い、経済活動は家庭外の仕事場で行われるようになります。また家族から生産機能が失われたことで、ジェンダー役割も大きな影響を受けました。職場と家庭の分離は、男性が外で働き、女性が家庭内で子供を育て、家政を担うという役割分担を明確にしたのです。これは「別れた領域モデル」「大黒柱、内助の巧システム」などと呼ばれ、家族の経済活動と家庭内活動が明確に分離された時代を象徴しています。ただし、20世紀後半にはこの役割分担も再び変化し、男女平等や女性の社会進出が進む中で再編成されています。

『素材市場 』
(ジュール・トレイヤー )


2. 都市化・市場化

産業革命と並行して急速に進行した都市化によって人々の生活様式は大きく変化しました。自給自足や地産地消を中心とする農村部と市場での消費行為を前提とした都市部での生活では、人々の行動原理が大きく異なります。異なる属性を持つ人々が都市に密集したことで、消費による競争が激化し、市民層の間でも経済活動が活発に行われるようになりました。こうした消費への欲求の高まりは恋愛、結婚、子育ての価値観にも影響を与え、家族が個人の幸福を追求する私的な空間として変容する動機を生み出しました。

『市場の日』
(ウィリアム・フランク・カルデロ、1907年)


3. 啓蒙思想と人権の進展

この時代の社会変化に影響を与えたのは経済だけではありません。17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで広がった啓蒙思想は、人権、自由、平等などを訴え、個人の尊厳や幸福が重視される社会的気風を生み出しました。啓蒙思想の影響は家族関係にも及び、家族は伝統的な共同体や宗教的な制度、さらには支配的な主従関係から脱却し、個人が幸福を追求するための感情的な場として再定義されるようになりました。このような啓蒙思想に基づく人権の進展は、特に西洋社会において近代家族の形成に大きく影響を与えました。また、これらの思想は子供に対する価値観を変容させ、近代教育の普及にも貢献しました。以前は労働力の一部と見なされていた子供たちが、近代以降は育てるべき存在であり、愛情の対象として認知されるようになりました。しかし、義務教育の普及に伴い、子供の教育が家庭の重要な役割となったことで、親たち、とりわけ母親が子供の成長と発達に対して大きな責任を負うようになりました。こうして子供中心の家族観が強まったことで、親子関係も感情的なつながりが重視されるようになったのです。

『クレードルを準備する若い女性』
(ピーター・デ・ホーチ)




-総括-

 近代家族概念の生みの親である西欧家族史では1960年代から1980年代にかけ、近代家族の定義をめぐり様々な議論が行われてきました。その中で代表的な諸説を紹介すると、P・アリエスは「世界から自らを切り離した親子からなる孤立集団が社会に対峙し、子供の成長を手助けすることに集団の全エネルギーを費やしている。」と論じています。また、E・ショーターは「男女関係(ロマンティック・ラブ)、母子関係(母性愛)、周囲の共同体と一線を画するものとしての家族(家庭愛)の3つの分野における感情の高まりが、近代家族を誕生させた。」と論じています。さらにT・ハレブンは「家族機能の縮小と家族生活の私秘化が近代家族の誕生を画した。家族は、社交性とコミュニティへの統合を犠牲にして、核家族となり、凝縮力を高め、内向的になり、子供中心になった。」と論じています。

 これらの議論をまとめると、近代家族には家内性(domesticity)、私秘性(privacy)、親密性(intimacy)が存在し、社会という公的領域に対する避難所としての機能を備えていたということになります。加えて、集団としての規模が縮小したことで家族一人当たりの価値が大きくなり、夫婦関係や親子関係にも影響を与えたと考えられます。つまり、近代家族とは「公私の分離によって情緒性が強化された小規模集団」だと定義することができます。


Vol1近代家族の発見-19世紀から20世紀のヨーロッパにかけて顕著になった家族構造の変化-

ー終ー


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