黒歴史の活かし方


人生の中で消し去ってしまいたい出来事と言うのはあります。黒歴史などと言ったりしますね。思い出したくもない。嫌な記憶はよみがえりますし、よみがえるたびに心を傷つけていく実に厄介なものです。消し去ることができればどんなにいいことでしょうか。

私がキャリアコンサルタントの養成所に通っていた時のことです。昼休みに休憩室で他のクラスの女性と一緒になりました。彼女はまだ入りたてだったため受講するための勝手がいろいろとわからないでいました。私のクラスはすでに半分以上進んでいましたから、自分が知っていることを教えているうちに話が弾むようになりました。相手の気持に寄り添うこと。相手の心に触れて悩みを受け入れること。だからキャリアコンサルタントは素晴らしい。と、そんな話をしながら互いに自分のバックグラウンドを紹介し合うようになったのです。

そのうち次第に彼女の表情が曇り始ました。そしてぽつりぽつりと自分の事情を話し始めたのです。彼女は養成所に入る前まで保険の販売員をしていたそうです。夫ががんにかかり働けなくなったために自分が働きに出たという経緯でした。

闘病中は大変な日々ではありましたが夫婦として互いに支え合うことに喜びを感じていたそうです。結局、夫は長い闘病の末に亡くなってしまいます。

ところがその後、夫に愛人がいたことがわかったというのです。遺品を整理すると、関係を示す記録物が次々の出てきました。彼女はいきなりどん底に突き落とされました。

その気持ちはとても言葉で表せません。そして耐えられるものではありませんでした。黒歴史どころの話ではなかったでしょう。夫婦として過ごしてきた日々が偽物だった知って耐えられる人などいるでしょうか。

私もその話を聞いていて動転してしまいた。こんなことを聞いていいものなのだろうか。そもそも初対面の私に話すものなのか。いろいろな疑問が私の頭をめぐりました。

彼女の心情を考えてみました。誰かに助けて欲しい。けれど誰にも助けられないことも分かっている。自分で抱えるのがあまりに負担で、キャリアコンサルタントの卵である私に一気に語ってしまったというところかと思いました。そして彼女は思いつめた表情でこう言ったのです。このことを忘れてしまいたい。その願いに対し私はこう答えました。

「忘れることは無理だと思います。その記憶は一生抱え続けるこ途になってしまうかもしれまん。けれどその経験は悪いことだけでしょうか。ただのマイナスでしかないのでしょうか。どこかに意義はないものでしょうか。

もしかするとその経験を得た分、人の気持ちがわかるようになっているのかもしれない。だとすれば同じ気持ちになっている人の相談に乗ってあげることができるようになったんだと思います。キャリアコンサルタントとはそういう職業ではないでしょうか。

コンサルの現場ではマイナスの経験が活きるはずです。自分にとって黒歴史でしかなかったことが人のために役立たせることができる。素晴らしい職業だと思うし、あなたは今その仕事に就こうとしているのです。」

およそこんなことを言いました。そして曇っていた彼女の顔が明るくなったのです。「そうですね。本当にその通りですね。」それは心からの同意だったと思います。

その時の会話で私自身も確信しました。私自身のキャリアも黒歴史だらけなのですがそれをすべてプラスに変えることができる。キャリアコンサルタントとはそういう職業なのだと。今、私はプロのコンサルタントとして毎日相談業務をこなしています。そして養成所時代のあの日の会話が支えとなっています。

                    了


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