読書感想文「1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊」マイケル・ルイス (著), 小林啓倫 (翻訳)
心底、金融とは恐ろしいと思う。しかも、半端なギークの集まりじゃなく数学や物理のギフテッドたちがアルゴリズムとデータを駆使して、間抜けな他のトレーダーやアルゴリズムを突くのだ。天上界の人々がロジックと数式と統計でもって、コンピューターサイエンスを駆使して戦っている。モノやサービスの提供とは違う世界なのだ。中途半端な者も小金持ちぐらいにはさせてくれるが、本質的な退屈を抱えた者が本格的に思考を金融に振ったときに、マネーの女神はしっかりウィンクを返してくれる。
しかし、混沌である。なぜ、そんな状態が生じたか。サムの思考のスピードが現実を追い越したからだろう。ITも通信手段を介した信号のやり取りができてこそ「仕事」となる。つまり、こちらとあちらのやり取りであるうちは、互いのハードの性能が上限となる。一方、思考とは、無限に早くすることが可能だ。音声や手書きなどに表現する場合には物理的限界に達するが、脳内で考えているうちは速度は出したい放題だ。
結局、盗んだ男とは、盗まれた男だろうし、うっかりお金を追えなくなったに過ぎない男の話しなのだ。いま、この瞬間にもマネーの速度は増し続け、セキュリティをめぐる競争は激化し、また、効果的利他主義者の振る舞いは若者にいっそう魅力的に映り、着々とその根を広げていることだろう。