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風の世界の童話|わたしはここで待っている 【連作短編】

私は、産まれた

重たくて重たくて、いつも泣いていた。
明るい昼間は、穏やかな空気の中で、安心して眠ることができた。
でも重い夜は泣いていた。

私は1人のようだった。
しかし、私は共にある存在を知っていた。
それに毎日手紙を書いた。

ある日水面を見つめ、そこにたくさんの命がいることを知った。
私は手紙を書くことをやめ、毎日水面を見つめた。いく日もいく日も見つめた。いつかその中で過ごすことを夢見た。

私も泳ぎたい、と思ったが、私は入ることができなかった。陸上にいるものは、親切ではあったが時折水の中に入りそして、泳いでってしまうのだった。
水面を一生懸命見つめても、わたしは1人だった

私はいつもそこにいた、決して入ることはできなかった。


ある日、悲しい目をした命に出会った。彼らは、陸に上がった時、わたしに教えてくれた。
水の中の生き方を、泳ぎ方を。

しかし私はどうしても入ることができなかった。

悲しい目をした命は、それでも
私に教えてくれた。

私は泳げなかったが、彼らに倣い、陸上で過ごす彼らのように振る舞った。

彼らは私のことを、「あなたは違う生き物よ」と言った。違うものだと分かっていても、とても親切だった。私は彼らが好きだった

彼らは、水の中で生きることを選ぶ時
とても悲しい目をしていた。

彼らの真似をしていると
水の中の生き物たちも私のことが見えるようだった。

ある日水の奥から、「あなたは私の仲間だよ」と言うものがあらわれた。
私はとても嬉しかった。

でも私は泳げなかった。
彼らと話すために水面にいくと、
その重たさに沈んでしまいそうで、
私はまた元の場所に戻って行った。

やがて私は彼らに手を振るだけになり
そしてまた1人になった。

1人の夜は寂しくて
幾晩も私は泣いた。

私は1人だった。
幾晩も涙を流し
枕を濡らし
眠れぬ夜を過ごした。

ある日、私は気がついた。
自分の中にずっとある景色。消えそうなその景色を思い出した。
手紙を書いていたそれは、
色鮮やかでやさしく母のようなそれは、
いつも私と共にあった。私は1人ではなかった。

それは私と約束したのだった。
成し遂げる私と、いつも共にあると。

そして、成すために
悲しい目をした、いのちを呼び起こし、
本来のちからを、本来のいのちを、
取り戻すことを、私は思い出した。

私は、力の限り叫んだ。かつて泳ぎ方を教えてくれたみんなに伝わるように。
でもそれはもう、彼らにはどどかなかった。

さみしくても辛くても
時には嫌われたとしても、私はやると決めた。

私は、微かに聞こえる音やかおる香りや、微かに思い出す景色を心に、オカリナをふいた。 

その音色はまるで
精霊のように
軽やかで、花が風にそよいだ。

私はとても嬉しくなった。

オカリナを吹いてこの音が、
悲しい目をした いのち に届くようにと願った。

彼らは一人一人とやってきた。

彼らのことが好きな他のいのちも、水面に集まってきた。悲しい目をした命と、私は何日も語り合った。

彼らは時に水の中に入ってしまい、声が聞こえなくなったが、それでも、毎日語り合った。
時に、怒りに震え、もうあなたとは話したくない、と言われても私はここで待っていた。

ある日、1人が言った
「飛びたい」と。

私は喜んだ。

飛びたい、と言った彼のために
私は特別な花束を作った。

飛びたい、と言った彼を
応援する者はいなかった。

仲間ですら、それは辛いよ、と悲しい目をして言った。
無理だよ、と水の中のみんなに言われた。

しかし彼は飛びたかった。

彼は、ある日、思い切り飛び立った。
何度も戻りそうになるのを堪えながら、泣きながら飛んだ。

私も泣いた。

こちらの世界に踏み出したらもう2度と戻れないことを私は知っていた。その孤独も悲しみも私は知っていた。だから泣いた。

でも私は言った。

一緒に変えよう、この世界を。
大いなるこの存在と共に。
いつか来る仲間のために。
次世代の仲間たちのために。



この作品はPodcastで朗読配信をしています


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