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自粛生活とSNS。

2回目の投稿、まだまだ模索中ですが頑張ります。

世界は、社会は、まだまだ疲弊し困窮し、もがき苦しんでいる。感染者の数は減少傾向にあるように見えるが、私たちは未だ、出口の見えない真っ暗なトンネルを歩き続けているような感じだ。

そんな中、私の通う大学ではオンライン授業なるものが始まり、会ったこともない教授や学生と画面上で90分間学びの時間を共にする、という奇妙な生活が幕を開けたのだった。

使い慣れないオンラインミーティングアプリの操作に戸惑い、講義連絡や課題を確認するために毎日パソコンの前に張り付かなければならないおかげで、目は疲れ切り、ストレスは最高潮に達している。

そんな時、この不安やストレスや疲れを誰かと共有し合いたい、と思った。友達がほしい。

友達?

同じ高校から一緒に進学する友達はいたものの、
あいにく大学にはまだ2回しか行っておらず、
実際に話してできた新しい友達はあいにくいない。

ならば。

SNSだ。

という訳で、どうにかSNS上で同じ学部の仲間と繋がりたいという思いから、Twitterで“大学垢”とやらを作ってみたのだ。

早速、# 春から〇〇大 でツイート。
程なくして同じ学部と思われるユーザーから次々に「いいね」が付いた。
その人たちを片っ端からフォローしていく。

DMでやりとりをするべきか、するなら自分から行くべきか、ひとこと目は何から始めようか、、
迷っていると新着DMが1件。
その子は軽い自己紹介に続けて、自分も同じ学部だから是非仲良くしようと言ってくれた。

とても嬉しかった。
まだ会ったこともないし、顔もわからないけれど、
これから同じ大学で共に学ぶ仲間と繋がったという事実にその時点では満足していた。
そこから徐々に出身やサークルの話などを始め、私とその子は一気に仲良くなった(ように思えた)。

同じ調子で私は順調にTwitter上で「オトモダチ」を作っていった。多い日で1日に20人くらいからDMが来て、それに一つ一つ返信する、という感じだった。
もう既に自分が沢山の人間と繋がっていると感じられたし、何なら大学内の人気者にでもなったような気分だった。

しかしある時ふと気付いた。

「この人たちは果たして友達と言えるのだろうか???」

話すうちに共通点が見つかり仲が深まったケースもいくつかはあった。でも大半は中身のない会話。

どこ出身?
履修何とるか悩むよね。難しいよね。
サークルとか決めたの?
高校は何してたの?

まだ会ってもいない訳だしそこまで踏み込んだ話はできない。お互いそれを見込んで他愛無い話題を振っていく。そんな中相手への印象を少しでも良くしようと絵文字や!を多用して、明るい性格の子のように取り繕っている自分がいた。相手への返信に5分も10分も考えて文章を売っている自分がいた。

「なんか違うな」

友達の定義とは。辞書には「一緒に何かをしたり遊んだりして気持ちの通い合っている人」とある。

相手のことをよく知らない。
相手も自分のことを知らない。

まだ気持ちが通じ合うはずもない相手を友達とは呼べないなと気付いた。
所詮同じ大学、同じ学部のメンバー。
まだその程度だ。

その時、フォロワーの皆とのやり取りの画面を見て、自分がとても虚しくなった。

このご時世、私のようにSNSで友達作りに励んでいる学生も多いのではないだろうか。
あくまで私の意見だが、SNSだけでは本当の友達はできないと思う。
実際に顔を合わせ、言葉を交わし、文面じゃ伝わらないその人の色んな面を知ることで、本当にその人のことが理解でき、それでこそ本当の友達と言えるのではないか。
中には会ってみて合わないと感じる人もいるかもしれないし、逆にSNSでは気が合わなさそうだと思った人も、会ってみたら意外と話しやすいかもしれない。

また、SNSでの姿はいくらでも自分で作り上げられてしまう。私も無意識のうちに少しでも好かれるようなキャラクターを演じようとしていたが、そのうち自分で自分がしんどくなってきた。結局会えば本当の自分を見られるんだし見栄を張る必要はないと思って、最近はなるべく素の自分で人と接するようにしている。

今焦って友達を作る必要もないじゃないか。
友達がいなくて焦って不安な状況はきっとみんな同じ。

分からないことを共有し合えるような人はいた方が良いと思うけれど、本当の友達は、これから大学に行ってからの方が絶対に見つかると思う。

早く実際に大学で友達と笑い合える日が来ますように。


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