#12春を迎えられなかった恋
心臓の音がお客さんに聞こえてしまうんじゃないかってくらい、バクバクしてたと思う。
演奏が始まって、少しはマシになってくるかと思ったけど、全然ダメだ。頭の中は余裕ゼロ。目の前には体を動かしながら弾くベース、マイクに何とか食らいつくギター。僕はとにかく間違えないようにするので精一杯だった。
一曲目が終わるまでに汗をビショビショにかいていた。ライブ会場は人がいっぱいでとにかく暑い。秋なのに、本番前は冷房がガンガンにかかっていた。そういうことか。
僕らの演奏はちゃんと届いているのだろうか?そんなことをサビに来る前に考えた。途端に
一曲目のサビからモッシュが始まる。客同士が踊り、体をぶつけ合いもみくちゃになるのだ。そんな光景初めて見た。楽しそうに同級生も先輩も男も女ももみくちゃになっていた。
演奏しながら「スゲー、なんだこれ」と口にしたのを覚えている。
ギターの歌に合わせてお客さんも歌ってくれた。
(ちゃんと届いてるんだ。すごい)
長谷川さんと部長は隅っこの一段高くなっているところに腰掛けて聴いてくれていた。あそこならきっと巻き込まれる事はないから大丈夫。誘っておいて何かあったら大変だ
そうこうしてる内に一曲目が終わり、すぐ間を空けずに二曲目が始まった。
練習より数倍疲れる。予想しなかった自分の疲弊具合と連動するようにギターとベースも同じ様子だった。Tシャツの色はすっかり変わっていた。
若さというのもあるんだろう、体力には自信があった。だけど、空間が全く違う。人が集まってステージに意識が向かうだけで、こんなに熱量を浴びるなんて考えもしなかったのだ
なんて楽しいんだ。
二曲目が終わる頃にはベースもギターも自分も笑顔になっていた。長谷川さんと目が合った、笑ってくれてる
ステージの前に向かって拳をあげる人や、柵からギターやベースに触ろうとする人。そこにはどんな感情が渦巻いいるのか、不思議だった。
ドラムの位置からでもお客さんに手が届きそうだった。
*
あと一曲だ。少しMCを入れることになっていたからここで休憩できる。僕らは一旦ペットボトルの水を飲む。この時、生きてきた人生で1番水が美味かったと思う(はは、疲れたけど超水うめー)
ギター「えー早いもので、あと一曲です」
えー!はや〜い、と観客から声が上がる、お世辞だとしてもめちゃくちゃ嬉しかった
「まだまだ、ほかにスゲーカッコいいバンドがいっぱい出てきます!皆さん今日は楽しみましょー!!」
ステージに立つとそんな言葉は自然と出てくる
自分達が事前に用意してたMCなんて全然言わなかった。でも、それで良いんだと思った。
めちゃくちゃ楽しかったから
ステージに立つ自分達も、もっとやりたいと思っていた
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