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#26春を迎えられなかった恋 -最終回-

鏡の前で、いつもより入念にセットをする。今日は3年生の卒業式で、彼女に久しぶりに会える。晴れた日だった。よくある表現だと、ほんとに雲1つない。

部室と教室がある棟は離れている。その棟は文化部だけしか用事がないと来ないから普段なら静かなんだけど、今日に限って3年生の教室の方から騒がしい声がしていた。彼らの高校生活は今日で最後だ、皆なかなか帰らない

僕が部室に入ると彼女は、大きなホワイトボードの前に立っていた

何週間ぶりだか、分からなかった。

こっちを向いた彼女がいつか見た時のように、とても綺麗に僕には見えた

今日は眼鏡をかけていない

胸の所に卒業生が付ける赤い小さな造花がワンポイントで可愛らしい

僕は彼女が笑顔でいると思っていたが、振り向いた彼女は真剣な面持ちだった

僕はそっと彼女に近づき、教壇1つ挟んで立つ


「来てくれてありがと、ごめんね」

何がごめんねなのか、よくわからないけど

「んーん、全然。それより、卒業おめでとう」

「うん、ありがと」

それだけ言って、沈黙が続く…

どちらから話を切り出していいのか、分からず二人とも向き合っていた。

ただ、彼女は僕に目を合わせてくれない。伏し目がちに机の方を見ている

たまらず僕が喋り出す。僕は沢山彼女と喋りたかった

「受験勉強長かったね、お疲れ様!

おれ何回も電話とメールしそうになったよ 笑 アカネちゃんも頑張ってたけど、実はおれも…いやー我ながらよく頑張ったよー」

「うん…」

彼女の表情は変わらない

「でも、もお大学合格も決まったようなもんだし、これから前みたいに会えるし、メールも電話もできるから全然平気だけどねー!いやー2ヶ月なんてあっという間だねー」

「…うん」

「アカネちゃんは大学生かー、いいなぁ、なんか大人って感じだよね。高校生とはなんか雰囲気違うっていうかさ」

「シュンあのね…」

「いやー、でもそうか。遠距離になるんだよね、これから俺たち。でも、大阪なら近い方だよね?電車で3時間か4時間くらい?多分それ…」

(もお、なんとなく彼女の言いたいことは、分かってる)

「シュン、聞いて…」

僕は話を途切れさせたくなかった

「…くらいなら、すぐ行けるよ!バイトも増やしてさ、小遣い貯めていっぱい行くよ!ほら大阪のたこ焼きって美味しいんだよね?おれ、行ったことないから…

彼女は少し大きな声で

「あのね、シュン聞いて欲しいの。私達、別れましょ」

初めて聞くその声は少しだけ震えていた

僕は沈黙して

彼女はそれから、少しだけ冷たい声で続けた

「大阪だからとかじゃなくて、私が遠距離って絶対無理だから。それに絶対…他に好きな人もできると思うの。だから…別れましょ」

僕の頭の中はとにかく必死に彼女を引き止める理由を探していた

(…待ってよ)

だってあんなにお互い好きだったのに、こんなに我慢したのに、まだまだ君のこと知らないことだらけで…

頭が追いつかない

(…嫌だ)

なんとか振り絞るように僕は色々な御託を並べたと思う。…距離がダメなの?毎日メールも電話もできるよ?おれのこと嫌いになったの?とにかくなんでもいいから糸口を見つけることに必死で、なんとか彼女を繋ぎとめようとした

僕の話を聞いている彼女は途中から後ろを振り返り。頷くことしかしなくなった

なんで後ろを向かれたのかも、分からない…僕の頭の中は真っ白だった

僕の抵抗はすぐに力尽きそうになる。

それでもなんとか、話を続けようとした時

「もお無理だから!!」

彼女の声が部室に響いた

僕は黙って彼女の後ろ姿を見つめていた。

彼女はそのまま、ゆっくり部室を出ていった

僕は部室の中でただ、座り込むしかなかった


目の前のホワイトボードには在校生から卒業生へ沢山お祝いのメッセージを描いてあった

色とりどりの明るいペンで3年生へのメッセージ、イラストや似顔絵が沢山描いてある


そこに書かれた彼女はいつもの笑顔だった


桜が咲いた。今年はなかなか散らないらしい。

僕も3年生になり、教室の外のベンチから上の教室を見上げて

「お花が満開だなぁ。いいねぇ、この景色最高だな!」

と、一緒にバンドをやったクラスのやつと話していた

「加藤…お前そんなことする必要ねーだろ、彼女いるんだから!彼女にチクるぞ!」

僕は笑って誤魔化した

あの日から、連絡は取っていない。

一度だけ、メールを送ってみたが。エラーになって返ってきた。それを確認して、電話帳の登録を僕は消した。

不思議と悲しさが無かった。別れた日からずっと。何かが止まってしまったみたいだった。

時々学校の中で、彼女を探してしまう自分がいたけど

どこか冷めていて、どーせいないから。と、マンガや携帯小説ばかり読んで

部活もまた、最初の頃のように、たまにしか顔を出さなくなる。あんまりあの場所には行きたくなかった

バイト漬けの日がまた、始まった。バイト終わりに友達と遊んで、休みの日もとにかく友達の家に入り浸る

一人でいる時間を減らした。それでも夜になると、眠れない。気にしていないはずなのに

就職先も地元の、なんとなく学校の先生が進めてくれた所を受けることになっていたから特に焦りもなく。

1学期はそんな毎日で終わった。

今年の夏も暑いらしい。

気象予報士がテレビで言うには、地球の温暖化が進んでいるとかいないとか

夏休みもだいぶ過ぎたある日、すごく暑くて、久しぶりにエアコンでもつけようかなーと考えていた午後だった。

僕は自分の部屋にいた

今日は誰も捕まらなかった上に、バイトも店が休み。暇だなぁと思ってゴロゴロ、ワンピースの単行本を読んでいた。

ふと、TSUTAYAで買ったCDのことを思い出した

BUMP OF CHICKENのCDだった。

買ってから聞くのをすっかり忘れていた。

僕は暇過ぎて、まあ今聴かなくていいんだけど。どーせ暇だし、聴いてみよーくらいに

CDプレイヤーへCDを入れる



扇風機の風が顔に当たったり、離れたりしながら

布団に寝転がって、白い塗装の天井から吊り下げられた電球をぼんやりと見上げていた

随分静かに始まるその曲は冬の曲だった。

ギターのか細い音から始まる


1番を、聴き終わると

僕は気が付く、泣いていた

冬が寒くて本当によかった                         君の冷えた左手を僕の右ポケットにお招きする為ためのこの上ないほどの理由になるから  「雪が降ればいい」と口を尖らせた             思い通りにはいかないさ                            落ち葉を蹴飛ばすなよ今にまた転ぶぞ          なんで怒ってるのに楽しそうなの?             まだキレイなままの雪の絨毯に                                     2人で刻む足跡の平行線                    そんな夢物語叶わなくたって笑顔はこぼれてくる 雪のない道に                                     2人で歩くには少しコツがいる                     君の歩幅は狭い                                         できるだけ時間をかけて景色を見ておくよ     振り返る君のいる景色を                                  まだ乾いたままの空のカーテンに2人で鳴らす足音のオーケストラ                                  ほら夢物語叶わなくたって笑顔は君がくれる      そんなのわかってる…



途中から何でか分からないけど、涙が止まらなくなって。声を出して泣いた。生まれて初めて布団に埋もれて。大声で泣いた



僕の恋は冬の間に終わっていた。

どうやら僕はこの時やっと向き合えたみたいで



彼女と二人で迎えるつもりでいた春はとっくに過ぎていた



おわり



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