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#9 春を迎えられなかった恋

バンドの音合わせは月に2、3回しかできないから、ライブまで、できても6回しか無かった。

僕がよく行くカラオケ屋さんの一階が小さなライブハウスみたいになっていた。1時間1500円で借りれる。ライブハウスといってもドラムセットとギター用のアンプが2種類、ベース用のアンプが1種類、特に性能の良いものではなく、2、3個調整つまみがあるくらいのスピーカーにちょっと毛が生えたようなもんだった。部屋は夜になるとライブでもやるのか、バーカウンターも一応あった。

土曜日、この日は初めての3人での演奏だ。

先輩達のライブを見には行ったことがあるが実際に自分達で演奏するのはは初めての経験だった。

ベースにケーブルをつけるがアンプから音が出ない。ギター用のマルチエフェクター(足元に置いて踏んで、音を変化させる機械)も反応しない等、最初からトラブルだらけ。ドラムセットの自分は特にセッティングがなかったから(調整なんて分からなかった)2人の音出しの手伝い。

30分以上かけてなんとか音も出るようになったけど一体どうやって始めたらいいか誰も分からず、とりあえず沈黙。

するとベースのやつが「最初のイントロからやってみるか」普段は無口な彼からの意外な提案から練習は始まった。

1日目は皆自分の演奏に精一杯で、テンポが早くなってるとか遅くなってるとか分からなかったし、三曲やる予定なのに二曲しか練習できなかったり、全体の流れが頭に入っていなかったりで完全に、ダメだこりゃ、だった。

ギターのやつが「ヤベーな、これ」

ベースのやつも「どうする?練習増やす?」

なんとか皆の予定を合わせて、残りの5日間全部入るよう調整した。これでも間に合うのか?本番まで、あと2カ月しかない。

学校では、同じクラスだったのが功を奏した、休み時間になると3人で一緒に同じ曲を聴き楽器は無いがタイミングを合わせたり、MCの内容なんかも考えた。いっぱいいっぱいだったけど、だんだんとできるようになってきて楽しかった。クラスのやつとこんなに長く時間過ごしたことも無かったから新鮮だったし、何より中条さんの事はすっかり頭から抜けていた。

昼休みの廊下で長谷川さんに会った。「部長にはそれとなく伝えておいたから、もお大丈夫だと思うよ」と教えてくれた。良かった、いや部長的には全然良くないだろうな。

「長谷川さんもごめんね。気を使わせて」

「いーよ、私は大丈夫。それよりさ、バンドやるの?」

意外な人から聞かれたからビックリだった。バンドとか興味無さそうなのに。長谷川さんは運動とかバンドとか熱くるしそうなことより、どちらかというと本とか吹奏楽とか静かな事が好きそうなタイプだった。

「そーそー。あれ?どーして知ってるの?」

「一個下の後輩から聞いたの、地元同じ子で、その子もバンドやるみたいだから、今回出る子達のこと教えてもらったの、そしたら加藤君も出るって聞いたからビックリしたんだー」

へーそうなんだ、どの子だろ?分かんなかったけど、自分が出るのを知ってくれている人がいて嬉しかった。

「こないだ初めて練習したけど、ダメダメでさ、どうしよっかって感じ 笑」

「えー、大丈夫じゃない?まだ2ヶ月あるんでしょ?」

「そーなんだけど、中々皆の都合合わせれないからなぁ、間に合うかどうか…」

「練習ちゃんとやってるんでしょ?じゃあきっと大丈夫だよー」

少し気分が晴れてきた、長谷川さんは前向きに話してくれる。全く予想外の人からの応援に凄く励まされた。

「楽しみにしてるねー、あ、でもたまには部活にも出てよ。あ!もう休み時間終わっちゃう、そろそろ行くねー」

パタパタとスカートを揺らしながら走っていく、後ろ姿がなんとなく可愛いかった。


楽しみに…って見にくるのか?長谷川さんが?

まさか、…流石にそれはないかな。ちょっとネガティブな思考の僕を励まそうとして言ってくれただけだ。変な期待はやめよう。

あーしかし、本当に間に合うのだろうか。

* 

夏の暑さは終わり、随分涼しくなってきた。青々しかった山の色は段々と黄色や赤の色に染まってきていた。もうすぐ本番、11月だ。



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さとう じゅんいち
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