臓腑(はらわた)の流儀 忘却の仇花 その7

毒殺?犯人?一体どういうことなの?孝ちゃん説明してよ」
「そうだそうだ孝一郎、出し惜しみはなしだぜ!名探偵らしく派手にやってくれ」
「うるせぇオリハラ!お前が死ななかったことに感謝するんだな」
「な、何を…」
元不良は沈黙した。
「ミッキィ、お前が今一番心配なことは何だ?」
「心配なことって…」
「これが食中毒じゃないかってことと、もしやこの店に責任があるんじゃないか?それがスキャンダルになるんじゃないかってことじゃないのか?」
「ああ、言われてみれば確かにその通りだわ。でもね孝ちゃん、私はこんな時にあなたと違ってそんなふうに冷静には考えられないわ。場数を踏んでるあなたやミッツとは違うのよ!」
「いや、佐賀先生もまんざら冷静ってことでもないかもしれない。なぁミッツ?」
「ああ、クラス会でこんな事が起こるなんてな。まして数十年ぶりに会ったばかりのジンが死んだんだ…」
「会ったのは数十年ぶりだったんだな?」
「もちろんだ。水島、お前とだってそうだろう?聞くところによると2年前から帰って来ていたそうだが、今日までお前とも再会の機会はなかった」
「なるほど。今日までジンと会うことはなかったが、接触はあったんじゃないのか?」
「どういうことだ、お前一体何が言いたい?」
「いや、きちがいじゃが仕方がないってとこか?俺が和尚ならそう言うところだ」
「お前ふざけるなよ!なんだこんな時に」
「そうよ孝ちゃんあなた悪い癖よ。真面目に説明して!」

詰問するミッツもミッキィも目が血走っている。なるほど、小学生だった頃のジンの気持ちが少しはわかった気がする。これで推理に失敗したら、一生冷笑を浴びてジンと同じ立場だ。

「ミッツ、さっき言ったよな、俺たち普通の人間に毒を入手する方法は無いって?」
「ああ。しかし、全くその方法がないわけじゃない。毒物劇物販売の届け出を出した店舗、業者から購入することは可能だ。しかし、確か住所氏名を明らかにして、押印の必要があったはずだが」
「さすがだ。言う事が正確だな。ところで久美子、園芸店や生花店も毒物販売登録業者だったよな?」
「ええっ⁉︎」
一同から驚愕の声が漏れた。そして一同全員が花屋の久美子に眼を転じた。
 突然話を振られた屋敷生花店の戸田久美子は、その視線に戸惑いながら、
「ええ、そうよ。害虫駆除剤は劇物指定よ。それに木材の防腐剤なんかもそうかしら。でも…」
「ああありがとう、やっぱりそうか。けど、自然毒ってのもあるよな。久美子、悪いがもうひとつ。ニラと間違えやすい毒草って何だったっけ?」
「ニラ?」そうつぶやいて視線を久美子からテーブルに落としたのはミッキィだった。さっきの騒動で傾いてすっかり冷えたモツ鍋の縁に、今では干からびて細く黒い線になったニラが数本こびり付いていた。

「ニラとの誤食が危ないのは水仙の葉よ。水仙は毒草なの。悪いことにちょっと目には区別がつかないし実際に事故も多いわ。でも水仙が繁るのは春よ!誤食事故もほとんどが春ね。水仙ばかりじゃない。山菜、野草と毒草の誤食事故は大体が春ね。後は毒キノコの誤食があるけど、これはキノコが育ち、キノコ狩りが盛んになる秋に発生することが多いわ。どちらにしても季節が合わないのよ」
「だから季が違っていると言ったんだ。獄門島と同じさ。となると、二輪草あたりを保存食材にしていたということに落とし込むのが、誰の迷惑にもならないのかなぁ?あれはアイヌの保存食だったしな…」
「でも孝一郎君、二輪車はもっと危ないわ!アレは食べられるけど、何といっても…」
「ありがとう久美子。ゴメンな。一瞬君に皆んなの疑いの目を向けさせることになってしまった。」
「ううん、いいの。私がやっていないことは私が知っている」
「そう言ってもらえると助かる。けど、どっちにしろ、誰かが傷つき、誰かに迷惑がかかることは避けられそうにない」
「おい孝一郎、何間怠っこしい事言ってんだよ!お前わかってるんだったらさっさと言やあいいんじゃねえか⁉︎犯人はいったい誰なんだよ?」
「黙れって言ってんだよオリハラ。なんならお前を犯人に仕立て上げてもいいんだぜ!俺はこの街では警察にも検事にも知り合いがいる。お前が白バイ警官と顔馴染みだったようにな。けど機動交通隊は殺人事件では便宜を図ってはくれないだろうなあ?」

今度こそオリハラはぺしゃんこになってその場に座り込んだ。久美子が隣にしゃがみ込んで、しきりにその肩をさすっている。優しい奴だ。

「そうだワニの豆本だ!ようやく思い出した。アレに全て書いてあったよな…そう、学校のそばの高月書店だった。あそこで俺は見たんだよ。君がそれを買っているのをな…」
もはや誰も俺に口を挟まない。ただ、ミッキィが眼で何かを必死で訴えているのがわかった。
 先を急かしているのだろう。

「こうなったら仕方がない。もう時間もない。
ジンには気の毒だが、死人に口無しで、やっぱり奴が春先に採った二輪草を冷凍保存して持ち込んだってことにするしかないんじゃないかな?相当苦しい説明だが、説明次第ではとりあえずこの場を逃れることはできるだろう。皆んな長々と警察に事情聴取されるなんて迷惑だろうし、ご高齢の木下先生にそんなことはさせられない」
「水島お前、そんな事まで考えたのか?」
「どうだろうミッツ、遵法行為とは言えないどころか、明らかに偽証をすることにはなるが、今皆んなが全てを知るのは本当にいいことなんだろうか?」

「こんな短い時間で、すさまじく頭の回る奴だなぁ!すまん、みくびっていたよ。しょせん浮気調査程度の探偵だって。だが、とんでもない名探偵だったってわけだ!本場アメリカで仕込まれたんだろうな?やっぱり男は外の世界を見ないとダメだってことだ。いつまでも井の中の蛙だよ俺は」

 昔一度も俺に負けたことのない男が言った。しかし、首から聴診器をぶら下げ、両手はパンツのポケットに無造作に突っ込んだまま仁王立ちする不遜な態度は先ほどから変わっていない。出世し、偉くなって身に染みついた癖なんだろう。小学生の頃は気をつけの姿勢がよく似合う優等生だったが。

 「とりあえずは水島に礼を言わねばならないのだろう。ありがとう時間をくれて。感謝している…」

次の瞬間、ミッツは右手をポケットから出すと、それを口許に持って行き、握り込んでいた何かを口中に放り込んだ。そして彼の喉仏が大きく上下動するのが見えた。

 オリハラの横にひざまずいていた久美子が何かを察して不意に立ち上がりミッツのそばに駆け寄った。しかしそれを片手で制したミッツの身体はすでにガクガクと震えており、やがてその場に昏倒した。口の端からは鮮血が流れ出し始め、近づいて来たパトカーのサイレンが窓の外で止まった時には、その身体はもう動かなかった。

 医療法人徳成会病院理事長、市会議員佐賀光顕、殺人犯の最期だった。

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