臓腑(はらわた)の流儀 白狐のお告げ その7

カードを落としたり盗まれたりした記憶はないのか?」
「ないわ。だから不思議でならないのよ!」

「その引き落とされた口座の残額はいくらだい?それから他にクレジットカードだけじゃなく、キャッシュカードから不正に払い出しされていた形跡はなかったか?」
「そうね。この口座はメインバンクのお給料振り込み口座じゃなくて、カード払いと公共料金の支払いだけに使っている口座だったし、幸い今月分の支払いは無事にぜんぶ引き落とされていたわ。
 メインバンクの口座の方は無事よ」

 「それはよかった。でも、まず今すぐカード会社に電話してカードの停止を依頼することだ。大抵のクレジットカード会社は年中無休24時間カードの停止を受け付けているはずだ。
 それから明日にでも警察署に行って被害届けを出すことだな」
「まだ被害かどうかもわからないのに?」
「そうだ。被害届を出しておけば、不正使用が明らかになった場合にはカード会社が被害額を補償してくれる場合があるが、それを怠れば泣き寝入りだ」
「わかったわ!電話は今掛ける。警察は明日ね」
 ヤッコの表情は方針が決まったことで少し朗らかになった。

「それで孝一郎、全体像は掴めたろうか?僕にはさっぱり理解できないけど、やっぱり白狐教団が怪しいのかな?」
 ヤッコが電話を掛けている間に、濃いめの水割りを飲んでいたサムがそう言った。

「そうだなぁ、今んとこそう考えるのが妥当だろう?でもこれはいつぞやの、ケースケとミッキィが巻き込まれた詐欺事件とは趣きが異なっていると思う。
 龍鱗岩事件の時はあくまでケースケを狙った単純な事件だったが、今回は多分もっと普遍的で悪質だと思う」
「孝ちゃん、また一肌脱いであげるのね?」
 そう口を挟んだのはミッキィだった。龍鱗岩事件は夫のケースケを狙ったと言われたが、現実には彼女もその場にいて事件に深く関わったのだった。(臓腑の流儀 龍の鱗 参照)

 「他でもない、サムとヤッコのためだ。協力は惜しまない。でもこれはこちらの仕込みにも時間がかかる。折悪しくも年末だ。準備期間は半月程度は必要だろう。ただ幸運だったのは、ヤッコが俺のことを仄めかしたことだ。三角関係に悩むスケベで陳腐な男としてお狐様にすがりに行くよ。それと、この正月を挟むというタイミングがある意味好都合とも言える。」
「もう何か閃いたのね?私も三角関係の当事者、愛欲に爛れた人妻として参加しなくてもいいのかしら?」
 ミッキィは興味津々である。また、自身の目で事件を確かめたいらしい。

「今回は君はいない方がいい。いや、邪魔というわけではなく、女性はどうしても持ち物が多いから」
「どういうことよ?」
「ナニ、いずれわかるさ。それよりミッキィ、今回も塩田さんを借りたいんが」
「ウチの塩田を?それは私は構わないわ。彼も日中は特に毎日用事もないでしょうし……」

 塩田はミッキィの店「アンバサダー」のピアニストである。音響技師であるキャリアを買われ、孝一郎の開業パーティではビデオカメラマンを務め事件の証拠提起に貢献した経緯があった。(臓腑の流儀 参照)

 「まぁ明日明後日の話ではない。また最後の締めの仕事をお願いしたい。時期が来たら連絡するから伝えておいて」
「わかったわ。お店も明日からお正月休みだから私の方から連絡だけしておく。」
「それとやっぱりアイツの手も煩わさなければならないな?本格的に司法に介入してもらう必要があると思うし……」
「アイツって後藤さん?」

 後藤賢太郎は孝一郎と高校同期の迫館地検の検事である。いくつかの事件で孝一郎に関わって来た。

「弁護士ならともかく探偵に法律行為は許されていない。訴訟社会のアメリカでは探偵も法廷証言を求められることも多く、法律知識は広くもとめられるけどね」
「カナダでは探偵は各州ごとのライセンス制だったはずだ。元来移民が多い国だから、日本とは事情が異なる。だから違う州では探偵活動を行うこともできないはずだし、日本人が行って勝手に調査することもできないと思うよ」
「俺もフィラデルフィアでは助手の扱いだったから……。ただし、今もサムが言ったように、アメリカやカナダは移民が集まって作った国だから、法律上のトラブルを処理するのに弁護士や探偵の活躍する場面はとても多い。それに対して日本を含む東アジアはどうしても地縁、血縁で収めようとする歴史が長く、弁護士でさえ一生に一度も世話にならない場合が多い。
 ましてや探偵や興信所はマイナスイメージでしか見られない社会だったと言える。小説の私立探偵の活躍なんてまさに夢物語だ」
 サムと孝一郎はそれぞれの探偵論を述べたが、それこそヤッコやミッキィにとってはたまたま古くからの友人である孝一郎が探偵業に就いただけであって、それ以外の探偵のイメージといえば、やはり未だに明智小五郎とか金田一耕助、あるいは毛利探偵事務所を経営する毛利小五郎のイメージから脱却することはできなかった。

20代の頃の筆者 松江市郷土館にて。

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