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小田川クソ小説 第5話 「図書館占領」

 会社を定年退職し、それでもまだ働きたいと思い、街の図書館に勤める事になった。図書館には沢山の利用者が居るが、一番よく使っているのは、近くの高校に通っている順子ちゃんだ。

 彼女は下校の時間になると、殆どの平日は、ここで日が暮れるまで時間を潰していた。会話も増え、次第に『順子ちゃん』『ジュンちゃん』と呼ぶようになっていた。

 そんなジュンちゃんも高校3年生。卒業するともうこの街にジュンちゃんは来なくなっちゃう。私は時の流れを感じつつ、少し寂しい気持ちになった。

 「おばちゃん、色々親切にしてくれてありがとう」と最後の日は子袋に詰めたキャンディを私にくれた。しっかりしてるなぁと思い、笑顔で「ありがとう、またね」と言った。

 …

 それから5年後、仕事に慣れ、図書館の仕事をそつなくこなすようになっていた。新しく入ってきた人に対して仕事を教えていると、「こんにちは、覚えてますか?」と話しかけられた。

 大人になったジュンちゃんだった。

 思わず嬉しくなって声色が高くなった。話を聞くと、学校で経営学を学び、今月からこの街で書庫カフェを開いているらしい。そこで気になった本があったので中身を確認しに図書館へ赴いたらしい。

 ジュンちゃんは昔みたいに10冊本を借りて帰っていった。私は昔を思い出して少し嬉しかった。
 
 あれから毎週、ジュンちゃんは本を10冊返して、10冊借りる様になった。それに最近、10冊借りるお客さんが増えた様な気がしてきた。まぁ夏も終わって、秋になるから本を読む人が増えたのかなぁと思ったが、次第にどんどん貸出冊数は増えていった。

 そしてとうとう貸出冊数は合計10,000冊を超えてしまった。

 ジュンちゃんとの会話は次第に挨拶まで減り、とうとう無言で借りる様になった。どうしたのだろうかと私は不安になったが、余計なお世話だと思い、何も言わなかった。

 それに毎日、何百冊の貸し出しと返却のスキャン、元の定位置に戻す仕事のせいで、とてもじゃないが話せたとしても、気を掛けることは難しいと思った。

 20,000…30,000、毎週どんどん増えていく。この人たち本当に読んでいるの??

 先の見えない重労働の日々に、眠れなくなっていた。



 朝起きると、テレビのトピックで私の街の特集が組まれていた。それを見ていると、ジュンちゃんのカフェが紹介されていた。

 「こんな広い敷地に8階建て!?凄いカフェですね!!どこからこんなに本を集めてきたのですか?!」

え?? …どう見てもそれは私たちが貸し出した本であった。最近妙に海外留学生の方が、10冊こぞって、ジャンルもばらばらに借りていくなぁと思っていた。店がだんだん大きくなって、最初は数人だったが、それが何十人、何百人も雇って、何万冊も借りたり返したりして、店のレイアウトに使っていたのであった。

 連勤も激しくなった。一日数千冊の返却に従業員が絶えれなくなり、どんどん辞めていってしまったからだ。利用者もいなくなり、私は完全にジュンちゃんの傀儡となっていた。

 今日も出勤すると、朝8時にもかかわらず、IKEAの袋を持った海外留学生の子達が何百人も並んでいた。先頭にジュンちゃんが並んでいた。

 図書館の本は当初と比べ、2割しか残っていなかった。

 図書館を開ける前にジュンちゃんと話がしたいと思い、開館5分前にジュンちゃんと二人、中で話した。

 「ジュンちゃん…これはいったいどういうつもり?おばあちゃん疲れちゃったよ。図書館はみんなで本を読む場所だよね…?ジュンちゃんたちがこんな事するせいで皆居なくなっちゃったよ…?ねえ、もうやめようよ。本を返して、お店の為に1冊ずつ、買って大切にした方が良いと思うよ。おばあちゃん疲れちゃったよ」

 ジュンちゃんは無表情のまま、ピクともしなかった。

 「いい加減にしてよ!!ねぇ!!お願いジュンちゃん!!元のジュンちゃんに戻ってよ!!」

 私はすべての力を振り絞って大きな声で叫んだ。

 「私は正常です。」

 ジュンちゃんは言った。

 時刻は10時になった。一斉に海外留学生が1,000人近く入って来て、本を大量にカウンターに置いていったり、本棚に向かって歩き、大量に本を敷き詰め、外にいる学生は、IKEAのバッグでバケツリレーの準備をしていた。

 私は無言で涙を流しながら、終了まで一人受付をした。その様子を見て見ぬふりをするかのように、順子は現場の人間に、指示を大声で出し続けていた。

 …

 営業時間が終了した。でもまだ終わりじゃない。私は一人、貸し出された本の整理や、図書館内の掃除、新規利用者の受付、本の修繕、クレーム

 「………あああああああああああああ!!!!」

 もう睡眠時間どころか、まともに家に帰る時間も無くなってしまった。

 …

 結果、図書館はしばらく休館となった。この事態を認知した市長は、1ヶ月間、図書館をどうするか?という会議を行った。

 会議の結果、『前の建物を取り壊し、図書館の本をすべて順子さんに譲渡する』という事になった。つまり私が務めていた図書館は取り壊され、私はクビになったという事だ。

 私はもう二度と外に出て人と会話する事はなかった。

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