目を閉じて意識を澄ます
〜人間性の回復を求めて音で旅する〜
「世の中には情報が溢れすぎている。」
こんなことが言われ始めたのは情報化社会と言われ始めてからなので随分と時が経った。
急速なネットインフラが整備されSNSの加速度的な普及。そして次から次へとやってくる新しい技術、サービス。
その中には一様に情報が詰め込まれ、経済活動にダイレクトに繋がり多くを得るものと消費を加速するものと分かれる。
どこにいても情報がやって来て、その場を動くことなく欲しいモノはクリックひとつでやってくる。
時々、私も頭がグルグルと回り出しそのループから出られなくなる。
そしてそれはいつしか頭痛となって思考を止めてくれたりする。
身体が警鐘を鳴らしてくれるのだ。
それほどに我々は情報の洪水の中に住んでいる。
ウィズコロナならぬウィズインフォメーションだ。
僕らを蝕んでいるのはcovid19ではなく、そこに付随する情報の洪水だ。
感染症とは何か。
感染者とは?
陽性者数とは?
様々なファクターが絡み合って情報が滝のようにやってくる。
そしてその波は毎日のように繰り返す。
もちろん感染症だけの話ではない。
気候変動は何をもたらすのか。
毎年のようにやってくる水害や風速が肥大し続ける台風。
政治、経済、戦争。
少し情報を遮断出来ないだろうか。
いつもと違う場所に身を置いてみるのが良い。
そしてデジタルから離れた場所に身を置いてみるといい。
旅がいい。
そして大自然の中に身を置いてみるといい。
風が気持ちいい。
そして空の鮮やかな青さと木々の力強い緑と。
海があるといい。
そんな場所に身を置いて。
景色に情報を感じたら目を閉じて欲しい。
そしたら今度は耳に届いてくる。
風の音や蝉の音、鈴虫の音、波の音。
こんなに生活に音があることに気付く。
何かを遮断しておかないと入らない様々なものが届いてくる。
目を閉じ、耳を塞いでも今度は強烈に潮の香りがしてくる木々の香りが届いてくる。
風は土地の香りを運んでくる。
そうやって意識を澄ますと濁りのない何かがより鮮明にやってくる。
この感覚に持っていくことが実は「人間性の回復」にとって大切なことなのではないかと私は考えている。
以前に私が書いたこちらの記事も併せてご覧ください ↓
私はホテルを中心とする空間に体験を作る仕事をしている。
体験とは何かという「問い」を常に持つようにしている。
先日、私のテーマである”くまもとの音”を探しに行った。
自然の中に身を置いて感じたのはこれだった。
情報を遮断することで対象の純度が高まっていく。
耳だけに集中すると自然の中にある音はなんと豊かなのかと。
私は土地が持つ音を聞きにいく、あるいは探しにいく旅があって良いと思う。
もちろんそれは音でなくて良い。
香りでも肌触りでも良い。
旅の目的は多様で良い。
私は心地の良い音を探す旅にBGM Tourismと名付けることにする。
音で旅する。
こんな提案が出来れば良いと思っている。
【音で旅する】石畳の道|熊本【BGM tourism】