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ビシソワーズは癒しの味

ちょうど30歳になる年、私は父が倒れててんやわんやの日々を過ごしていた。辛い気持ちが沸き起こる間もないくらいの必死な日々だった。

そんな時、学生の頃の友人から結婚式をするので出てくれないかと連絡があった。どんどんみんなに先越されていく寂しさと、うらましさと。今の自分の置かれた状況を改めて把握するといろんな思いが沸々と湧いてきた。だけど、私は彼女が大好きだった。だから、そんな思いはすぐに祝福モードに切り替え、喜んで出席する!と伝えたのだった。

彼女は裕福なお家の娘だった。家族旅行はいつもフランス。だからか、彼女の佇まいは日本にいる日本人なのにパリジェンヌのようだった。透き通るような白い肌にぷっくりとした唇。きゅっと結った長い髪。着る服は黒か白。洗練された彼女にいつも憧れた。でも、彼女にはどこか影があった。学生生活の間に不幸が続いたせいだ。立て続けに兄を失くし、父を失くした。すごく辛かったはずなのだけれど、いつも優しく笑顔が絶えなかった。彼女が優しく笑うから、私や周りはもっと優しく、もっと笑顔になっていた。

結婚式の当日、ステンドグラスが美しい古い教会で式を挙げた後、華やかだけれど小さな一軒家のような会場で披露宴が始まった。彼女の人柄と同じやさしくて洗練された時間だった。次々と運ばれる美しいお料理たちと拍手や笑い声。てんやわんやの日々が嘘だと思えるほど、一瞬だけその一日だけは別世界の中にいた。

背の高いカクテルグラスが運ばれてきた。簡単に折れてしまいそうなほど細い脚が支えるガラスのカップには真っ白なスープが注がれていた。一口、口へと運んで、それがビシソワーズだと分かった。冷たく冷やされたジャガイモのスープ。下の方まで深くスプーンを入れると、そこにはコンソメのジュレがあった。ジュレとスープが合わさってビシソワーズが完成する。なんて美味しんだろう。ゆっくり味わいながらも手が止まらなかった。ビシソワーズなんてそうそう食べたことが無かった私は、その美味しさに心が弾んだ。ごめんなさい、シェフ。メインのお料理より、ビシソワーズが記憶に残ってしまっている。

彼女の幸せそうな笑顔と華やかな空間で、ふと、大分無理して走り続けてるみたいだ…と気づかされた。彼女の素敵な結婚式なんだけれど、同時に自分の為の慰労の時間のようにも感じた不思議な結婚式だった。今でも、ビシソワーズが出てくると彼女と彼女の結婚式を思い出す。あれから、ビシソワーズはレストランで頼むけど、あれほど美味しく感じたビシソワーズには会っていない。人の味覚はその時の心の動きも関係するのだろうか…?

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