遅れてきた春
「え?あれ?その彼は二週間前に話していた方とはまだ別の?」
学生の頃、親に反対され勘当され、それでもついて行く!と駆け落ち同然で結婚したという彼女。その後二人の子供に恵まれて事業も成功し順風満帆に人目には映っていた。
ある年の暮れに話があると呼び出されて聞かされた話は離婚話だった。正直、そんな素振りは全く感じられなかったので驚いた。自分は結構、人の様子の変化には敏感な方だと思っていたが、いい加減なものだと確認した。
それから一年ほど経った頃、久しぶりに会うと別人のような彼女が現れた。人は、何かから解放されるとこれほどまでに美しくなれるのか!と驚きを隠せなかった。大人しく、おっとりとしていて地味な印象だった彼女はどこへやら。肌艶は良く、いかにも軽快で真っ赤なブラウスがひらひらと揺れ、彼女の美しさを際立てた。彼女は誰かの妻でも誰かの母親でもなく、女だった。
それから会うたび会うたびに彼女は若返っていくようだった。わずか一年の間に何人の彼氏ができただろうか…。
「初恋が結婚相手だったから、恋愛をしていないの。だから、楽しい!」
と、数字だけを見れば半世紀を迎えようとする、もう決して若くない女が肩をすくめて笑う。更にすごいところは、強く念じれば、自分で思い描くように事が進んでいくのだというのだ。それは、彼女のその美貌ゆえのあるべくしての結果なのだと思うのだが…。自分の思い通りのゴールを迎えれた途端、恋も終わり、もう相手に興味がなくなってしまうという。そして、次の新しい恋へとスタートを切るのだ。彼女の遅れてきた春はゲームのように続く。まるでまだ女でいられるのか…と自分の魅力を確認していくかのようだ。彼女の原動力は間違いなく恋愛なのだ。
独りになったのだから、自由だ。会いたいときに会い、先のことは考えなくてもいい。今だけを楽しめればいいのだ。羽を伸ばして、本来の彼女を大いに取り戻せばいい。この年にして人生を女を謳歌しているとは実にあっぱれだ!。そう思って彼女の恋話に耳を傾けるのだが、目をつむっていると女子高生の話にしか聞こえない。どこか夢心地で自分の気持ちが最優先の若者の恋の話。この人はこんなに幼い人だったろうか…?恋愛は人の本質が出やすい。段々と疑問符が浮かんでくる。
遅れてきた春ではなく、季節外れの狂い咲きか?
何が何でも咲いてやる!私は女だ。私の魅力にハマらない男はいない。私は。私は。迫りくるような狂気さえ感じてしまう。幼さの中にある狂気。これは本当の女子高生にはないだろう…。
また少し経てば、咲くべき季節に咲くだろうか。人というのは興味深い。特に女は興味深い。