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「痩せている=スタイルが良い」は卒業しよう

突然の告白ですが、私は長年自分の体型にコンプレックスを持っていました。最近気づいたのですが、恐らくBDDの一種だと思います。

BDD(Body Dysmorphic Disorder)は、身体醜形障害を意味し、Wikipediaによると「極度の低い自己価値感に関連して、自分の身体や美醜に極度にこだわる症状」と定義されています。

私は学生の頃から他人と比較することが多く、特に体型に関しては下半身が太い、肩幅が大きい、手が大きい、と挙げたらきりがないほどのコンプレックスを抱えていました。

しかし不思議なもので10年も経つと、様々な気づきを経て「ありのままの自分」を受け入れられるようになっていました。

その気づきを得るまでに大分かかりましたが(笑)私の体験談をシェアすることで誰かの心が軽くなったら良いな、そう思いnoteを書いています。

「私は太っている」という自己暗示

自分と周囲の華奢な女の子達や雑誌モデルを比較して、いつしか「痩せている=スタイルが良い」と勘違いするようになった私。そのため、炭水化物抜きダイエット、グレープフルーツダイエット、痩せるお茶など、ありとあらゆるダイエットを試しました。そして最終的に辿り着いたのは、日々の食事と体重を記録するレコーディングダイエット。

最初は自分の食生活を可視化することが楽しく、しっかり効果にも現れたのですが、次第に体重への執着心が高まり「今日は500gしか痩せなかったな」「今夜は餃子を5個も食べちゃった」と罪悪感に苛まれるように。

そこからでした、体重計に乗ることが怖くなり、自分の体型が心底嫌いになったのは。体重計や全身鏡を避け、洋服を選ぶ基準は「自分に似合うから」や「可愛くなりたいから」ではなく、「いかに細く見えるかどうか」に変わっていました。

社会人になると自然と痩せることもありましたが、それでもSNSで目にするモデル体型のインフルエンサー達や周囲のキラキラ女子達と自分を比較しては「私は太っている」と自己暗示のように思い続け、体重計に乗るのは怖いことでした。

理想体型から得た絶望感

私は以前、約3年ほどニュージーランドに住んでいました。痩せることに対して最初に疑問を持つようになったのは、日本に一時帰国した時。空港まで迎えに来てくれた母が、ゲートで再会した時に青ざめてこう口にしました。

「あら・・・どうしたの、そんなにやつれて」

え〜何言ってるの!と笑い飛ばし、この時は気に留めることなく一緒に帰宅しますが、次の日念のため体重を測ると、なんと6kg減っていたのです。

目標としていた理想体重をきっていました。

鏡の中の自分をまじまじと見ると、シャープになった顎、くっきり浮き出た鎖骨、細くなった腕や脚が目に入る。嬉しいと思う反面、自然と痩せたことに疑問を感じました。しかし、その謎はすぐに解けました。

当時私には、ニュージーランドで同棲していた彼がいたのですが、あまりうまくいっていませんでした。暴言を浴びさせられ、喧嘩をしてはどちらかが出ていく、金銭的な余裕がないことから偏った食生活を送っていました。その上、彼の私への執着心は異常で、逃げ場がない状態でした。

そうか、ストレスで痩せたんだ。

鏡の前にいる「理想体型を手に入れた私」は、描いていたようなキラキラした姿ではなく、疲れ果てギスギスした姿をしていました。この頃からです、「痩せていること」と「スタイルが良いこと」がイコールではないと気づいたのは。

フラとの出合い。コンプレックス呪縛からの解放

間も無く日本に戻った私は、外資系の会社に転職をしました。仕事でハワイに出張した際、本場のフラを観る機会があったのですが、私は地元のフラガール達の踊りを見て驚愕しました。

動きはしなやかなのに迫力がとにかくすごい。ゆったり踊るフラのイメージが一気に覆された瞬間でした。帰国後はオフィス付近にあるフラスタジオで体験レッスンに参加し、予想以上に面白かったのですぐに申し込みました。

そう、自分の体を好きになったきっかけは、このフラだったのです。

フラは、中腰の状態で上半身と下半身を動かすので体幹が鍛えられます。個人差もありますが、私は比較的体に出やすいようで数ヶ月もしたら体の変化を感じることができました。

ふくらはぎや足首が引き締まり、腹筋がつくように。体重の変化はなくても(むしろ筋力で体重が増えたりします)、見た目は以前よりも断然良い!そこからでした、体重への執着がなくなったのは。

自分のスタイルが良いかどうかを体重で決めるのは、もうやめよう。

そう思うようになりました。体重ではなくボディライン、痩せるではなく引き締める、そんな風に自分の意識を変えるだけで、「コンプレックス呪縛」から解放されたようでした。

Body Activistから学んだ美の定義

最後のきっかけは、ある女性との出会い。(出会いといっても実際に会っているのではなくオンラインで見つけただけ)モデル/起業家/Body ActivistのAshley Grahamです。

ある時、たまたまYoutubeで見つけたAshleyのキーノートスピーチを観て、大きな衝撃を受けました。

スピーチでは、プラスサイズモデルの彼女がこれまで歩んできた険しい道のり、そして困難を乗り越えた先に見出した美の定義について話します。

・洋服のサイズで美を定義するのはおかしい
・多様性は国籍やジェンダーだけではなく、ボディにもあるべき
・ありのままの自分を受け入れた時、人ははじめて自信を持てるようになる

そう訴える彼女の言葉はすっと私の心に入り、清々しい気持ちになりました。これまで、スタイルが良い、綺麗、セクシーと思う女性は皆モデル体型でしたが、彼女の話を聞いて美の定義が180度変りました。

自信に満ち溢れた彼女がとにかく綺麗で、かっこいい、そして何より私も彼女のようにありのままの自分を好きでいたい、そう思ったのです。

体重を全ての指標にすることは、もうやめた

そして現在。上記で挙げた気づきを経て、ようやくありのままの自分を受け入れられるようになりました。10年以上かかった長いプロジェクトでした(笑)

これまでの経験から得たプチ教訓
・「痩せる」のではなく「引き締める」
・極度なダイエットはストレスとリバウンドのもと(本当に!)
・食べたいものは食べる!その分体を動かす
・洋服や下着は自分の体にフィットするものを
・コンプレックスに感じる部分は隠さず、あえて強調する
・体型の比較対象はモデルや周囲の女性ではなく、過去の自分に

「華奢な体」に憧れていた私は、いつしか「程よくお肉がつき、引き締まったカッコいい体」を目指すようになっていました。

体重を全ての指標にすることをやめると、一気に心が軽くなるものです。

今は体の歪み矯正に関心があるので、まずは骨盤矯正のストレッチからはじめてみようと思います。自分の体をもっともっと好きになるためにも。

Thumbnail: Photo by Jernej Graj 

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