星の航海〜過去と未来の交差点
結婚相手によって、見える景色がガラッと変わることがある。
私の場合がまさにそうだった。
私の元夫は事業家だった。会社員でも公務員でもない、事業家という人種をまぢかで見たのは、人生で彼が初めてだった。
彼と出会ったとき、私は会社員だったし、私の実家や親族にも、これまで私の世界には事業家はいなかった。
新鮮だった。元夫の友人や取引先はみんな事業家ばかり。1日15時間働いて、目が開いている間はもちろん眠っている間さえ夢の中でも仕事モード。休みの日も仕事のことが常に頭の片隅にはあって、完全にオフになることはない。
私は彼の仕事を手伝いながら、経営感覚というものを少しずつ身に着けていった。
はじめて見る血気盛んな人たち。
あるとき、事業家はいがいと占いやスピリチュアルに傾倒している人が多いようだと気づいた。
やはりトップは孤独なんだろうか。
中小企業であれ大企業であれ、会社の責任を負って自分で舵取りしていかなければいけない立場で、リスクと隣り合わせでもある経営者のストレスはいかばかりなのか。レーガン大統領が重要なことは占星術師に相談して決めていた、という話は笑えないように思う。
経営者は占には頼らなくても、ビジネスコーチやコンサルなど参謀が必ずついているものだ。
元夫の取引先の社長は、風水、占い、清掃、神社参拝、夫婦円満など商売に御利益のあるものは何でも試して実践していた。
私の周りを見渡してみたところ、身分の安定した会社員、公務員より、不安定を受け入れた経営者のほうが占いを信じて実践している傾向がつよいように思う。
むかしの船乗りたちが、北極星を指針として航海したようなものであろう。
自分の現在地を知り、戦略をたてて、最善の未来を創造するために、占いは彼らにとって不可欠なツールのかもしれない。
私が西洋占星術をかじり始めたのは、人生と宇宙の仕組みを知りたいと思うようになってからである。
若い頃は当たってないし怪しいと、すこし敬遠していた。あの頃はまだ、人生の大海原にほんとうの意味では漕ぎ出していなかった。まだ、ほんとうの困難を知らなかった。
星読みで、さいきん面白いなあと思うのは、ドラゴンヘッドとドラゴンテイルだ。
ドラゴンヘッド、ドラゴンテイルは、太陽の軌道(黄道)と、月の軌道(白道)が交差する二つのポイントのこと。
その二つの点うち、黄道に対して月が登っていくポイントがドラゴンヘッド。黄道に対して月が降りていくポイントがドラゴンテイル。
その意味することはこうだ。
ドラゴンヘッドは、今世での開運ポイント。
ドラゴンテイルは、前世で得意だった技能、才能、魂のクセ、という。
まさに、ドラゴンヘッド、ドラゴンテイルは過去と未来の交差点なのである。
例えば、私のホロスコープでは、ドラゴンヘッドは蠍座、ドラゴンテイルは牡牛座になっている。
蠍座は、精神世界と神秘の探究。
牡牛座は、美と五感と物質の追求。
真逆の性質をもつ二つの星座。
じっさいに私には、この異なった二つの性質が同居している。
振り返れば、20代、30代は牡牛座的に生きてきた。美食と共にあった。事業家の元夫が経営コンサルをしていたレストランでフードコーディネーター(料理人)をやらしてもらったことがあったし、いずれはセラピストになりたい、なるのなら「おむすびの祈り」の著者、佐藤初女さんみたいな、ご飯を食べさせるセラピストになりたい、などと考えていた。食べる喜びが私と世界をつなぐ架け橋のように思えた。
四十代になってから、自らの悩みの根源をなんとか解き明かしたいと心理学をはじめ、おもにユングやシュタイナー、トランスパーソナル心理学など神秘系のフィールドを猟歩した。さらに、そこから派生して芸術療法、こころとカラダの探究、精神世界…まるで深い森に迷い込んでいくようでワクワクドキドキする。
心理の世界には終わりがなく、一生、退屈しないだろう。まさに蠍座的。
まさにホロスコープのとおりを生きている。
さいきん人生の舵取りに星の視点をとり入れてみるようになってから、この人間界と天体の動きは、なるほどシンクロしている、ということに遅ればせながら気づき始めた。
古代から伝わり廃れないものには、やはりナニかある。
もっと早く知っておけば、まわり道しなくて済んだのに、と思うことが少なからずある。
これからは、龍の頭と龍の尾に聞いてみよう。
きっと教えてくれるし、航海の導き手になってくれる。
自分という、世界でたった一人の人生をぞんぶんに生ききるために。
今からでも遅くない。