材料代よりできあがった製品の方が安い
我が家のポトスがやたら伸びてきました。支柱を立てて上に伸ばすのもありだけど、垂らすほうがいいなーーーと思い、引っ掛けられる植木鉢ホルダーを探してみました。ナチュラル素材で、やさしい雰囲気のマクラメのものがいいなー。
4つセットで10ポンドくらい(1500円くらい)でありました。もう少し調べてみると、2つ作れるマクラメの材料が12ポンドくらい。洋裁でも手芸でも編み物でもそうですが、「材料代よりできあがった製品の方が安い」という現実。
モノより体験重視
ちょっと悔しいけれど、材料を購入しました。モノよりも体験を大切にしたいと思っているからです。
モノは買ったらすぐに使える。でも、モノはいつか壊れたり古くなって使えなくなる。
材料だけ買って「作る」という体験をすると、モノが手に入るだけでなくて、「作った」という体験が残る。材料を買えばいつでもまた作れる技術を手に入れる。ただ作るだけではなくて、この体験の積み重ねで、新しいデザインを作ったり、別のものを創造するときに役立つ。極端な話、無人島に行っても、この体験があれば、自然の蔓とか葉っぱを使って何かを作り出すことだってできる。
体験は私だけの宝物になる。
子どものおもちゃ
息子たちはもう思春期ですが、小さい頃からできあいのおもちゃを買ったことがありません。何かを欲しがったときや必要になったとき、私はものを買うのではなく、一緒に作ることを教えてきたから。
木の切れ端も、布も、紙も、毛糸も、土も、石ころも、なんでも「欲しいモノ」に変身しました。だから、今でも欲しいものがあったらまず作ってみようとするのです。
生きていれば欲しいモノは次々に出てきます。作る力があれば、買わなくても作ることができる。もっといいものを作り出すこともできる。
買う財力があればどんどん買って自分のモノにすることはできる。でも、買うと「誰かが作ったモノを選ぶ」からちょっと気に入らなくても妥協しなきゃいけない。自分で作ったら、自分の欲しいように作れる。
買うための経済力も大事だけど、自分で欲しいものを作れる人材は、生きる力があるということ。生きる力が経済力をつくることはあるけど、経済力があるからといって生きる力があるとは限らないところが人生の難しいところ。
今、息子は、3Dプリンターが欲しいといって、3Dプリンターを作っています。売られている製品は、サイズやスピードや性能など、納得できないらしく。デザインして、購入するできあいの部品も使うけれど、ないものは、自分で金属を切ったりして部品をつくることもしています。
ないものを作る力。それは、人間である印。逞しく生きる人間に育て。