ゴインゴイン
友達に「エッセイを書いた方がいいよ」と言われたので、しばらく実験的に投下してみることにする。
今回は敬愛するさくらももこ先生に倣い家族、その中でも父母のコミカルな面にフォーカスしてみようと思う。なぜならば父はかなり厳格かつ神経質で、キビキビと働くエリートサラリーマンであるからである。多面性は面白い。だから父と、その伴侶である母について書く。
父がどれくらい厳しいかというと、姉が買ってきた迷彩柄の服を「軍人が着る服だから」という理由で捨てたり、染髪禁止(銭湯みたいだ)、ピアスもちろん禁止、門限は10時、食事は必ず正座、肘をつこうものなら檄が飛び、私の就職活動が難航していれば深夜の1時から3時間ほどお叱りを受けるといった具合である(他にも書けないことが沢山ある)。
一言で言えばイカれているレベルである。本人も辛くないのだろうかと思う。
そんな父はまさに九州男児といった人間である。先述の通り九州で生まれ育ち九州のエリート街道を爆進してきた。そうなると必然的に九州の中でだけ生活、人生を送ることになる。従って我々扶養家族も九州の中で人生を送ることになった。中心となる都市は福岡である。私は福岡で生まれ、九州内をうろちょろしながら育ち、思春期の頃には完全に福岡に定住することになった。
そんな福岡にはかつて日本一巨大な観覧車があった。現在は台湾に移設されているらしい、Sky Dream Fukuokaという観覧車である。マリノアシティというアウトレットモールに設置されていたのだが、場所にイマイチセンスがないと思う。名前もダサい。
それでも結構人気があって、観光客や家族連れで結構賑わっていたと思う。
私は子どもだったので観覧車に乗れるというだけで嬉しかったし、親戚が来たりイベントがあったりした時に乗ることが多かったので、父が不機嫌になることも少なくてそれも嬉しかった。父は責任感が強いので家族サービスも怠らない(家族が喜んでいるかは二の次である。彼の中ではしているかしていないかが問題である)。安息の日曜日、砂漠のオアシス、ここでちょっとブレイク、戦場のメリークリスマスといった感じである。
ここで少し父のパーソナルな部分に焦点を戻す。前述の通り非常に神経質かつ完璧主義な彼だが、言い換えればナイーブなのである。つまり、ビビリなのだ。どれくらいビビリかというと、私と瓜二つの叔母(母の妹)を私と思い込み近づいて、叔母であることに気づくと絶叫するという感じである。しかも同じ日の朝に2度絶叫していた。アホなのかと思った。彼はビビリなので完璧主義なのだ。均衡を破られるのが怖くて堪らないようである。これも彼の多面性の一つだ。リバーシブルなのである。
そんな人間が絶え間なく動き続ける、つまり均衡を保つことのない観覧車に乗るとどうなるのか。
その日は前述の叔母家族が遊びに来ていて、野球観戦したり観光をしたりして楽しんでいた。そしてお決まりのように巨大観覧車に乗ることになった。
その時は父と母、私、姉、いとこ数人で乗っていたと思う(メンバーはあまり覚えていない)。そして父は案の定ソワソワと落ち着きのない感じで「出来るだけ動かんで座っとらんか」などというのだ。ここらへんに家族サービスに対する義務感と自己満足感が丸出しになっている。
一方、ここで目をギラリと光らせた強者がいた。母である。特に何を言うわけではないが、明らかに面白がってニヤついている。彼女もまた彼の多面性をよく知っているのである。
ここで母についても触れる。お嬢様育ちで安穏と専業主婦として暮らしてきた。父と関係を構築し、今日まで維持している点は非常に素晴らしいと思う。多分他人なら無理である。それが可能だったのは彼女がファンタジスタだったからだ。
何のファンタジスタではない、本当にファンタジーな人間なのだ。私に対して「本当にパステルピンクが似合うよね💕(母以外に言われたことがない)」「そんなこと言うなら知らないもんねっ、ぷんっ!(もちろん口に出している)」みたいなことを日常的に言ってくる。昼はロマンス小説を読むかお昼寝をし、夜はご飯を作ってデザートを食べ、深夜はこれまたロマンティックなヨーロッパ旅行などのテレビ番組などを見て過ごしている。火垂るの墓は母が泣くので我が家では上映禁止である(ちなみに父方の祖母も泣く。父はマザコンなのだろう)。彼女の脳はキルトとリボンと手編みのレースで作られているに違いない。父と母は正反対と言っても過言ではないのだ。
ファンタジスタは現実が見えていないのでたまに度肝を抜くような豪胆なことを行う。母の強みである。行動を起こしたのがまさにフロアの最高潮、観覧車の頂上である。
母はこっそり私に耳打ちしてきた。「お父さん、怖そうだね。もっと怖がるかな」そう言うや否やスッと立ち上がった。実に無邪気な物言いである。無邪気さは時として残酷である。「何かやるな」私はそう思った。そして、頂上ともなると見栄っ張りの父も流石にビビりが頂点に達していた。そんな場面で、立ち上がった母が突然巨体をフルに使って我々が乗っていたワゴンをゴインゴインと揺らし始めたのだ。しかも、超いい笑顔で。
福満しげゆき先生の妻で想像いただくとわかりやすく面白い気がする。ゴインゴインである。子どもも乗っているのに。普通に危ないのに。それでもゴインゴインなのだ。だって夫の反応がおもしろそうだから。しかも今日なら怒られないから。だからゴインゴインなのである。母の笑顔は子どものそれによく似ていて、実際子どもたちは案外楽しんでいたのだが一人だけ恐れおののいている人間がいた。そう、父である。
そう広くはないワゴンの中で中年男性の絶叫が響く!「おいっ!おいっ!やめんか!おっ…おいっ!」ゴインゴイン!「やめんか!!!」ゴインゴイン!!!母、満面の笑みである。結局ゴインゴインは観覧車の中腹に落ち着くまで続いた。母はツヤツヤして出ていったが、父は憔悴していた。帰りの運転は父である。
これ以降父がこの観覧車に同乗することは無くなった。
このようにかわいそうでナイーブな一面もある父である。そしてそれを振り回す母はやっぱり強い。この夫婦、実は母の方が強いのかもしれない。これも家族の多面性である。