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エッセイ

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 男が絶頂する瞬間の、身体全体の震えを感じるときが一番、せつない。自分が達する時よりせつなく、かなしいようなさびしいような。

 不規則なリズムで小さな痙攣を幾度か刻み、緊張と弛緩を繰り返す男の身体を、わたしの粘膜すべてで包んでやりたくなる。それが望まれていなくても、そうしてやりたい。自分の母性のようなもののボリュームが全開になる。叫びたい衝動が穴という穴から溢れ出しそうになる。

 叫ぶ代わりに

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香水の話

 香水。匂い。五感の中で特にセンシュアルな分野だと勝手に思っている。
 花の香り。金木犀の匂いがあたりに漂えば秋の訪れをいやおうなしに感じるし、冬の朝の乾いた匂い、春の土埃めいた匂い、香りはいつも、記憶と細い糸で繋がっている気がする。

 昔の記憶を辿る時、思い出すのはいつも匂いである。

 五歳の時、母の鏡台にあったシャネルのno.5を身体中に噴霧し、そのまま病院に担ぎ込まれたことがある。あろう

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リノリウムの緑色

 今ではもう大変に健康体(見た目的にも)を誇るわたくしであるが、幼少期は病院と縁が深い体質だった。
 そもそもが八か月の未熟児で生まれ、ひと月ほど保育器の中で過ごした事がすべての発端のような気がする。小さく生まれるというのは、貧弱な肉体で生きねばならないのと同義であった昭和。いまはもう、医療も科学も進歩しているから、そんな事はないのかもしれない。
 十歳までの間に三度の手術を受け、一年に一度は必ず

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煙草をのむ女

 窓ガラスに付いた雨粒に、禍々しいほど鮮やかなネオンの光が反射していた。外は冬の雨で、階下の店からは誰かの歌う下手な歌謡曲が聴こえており、私は二階の六畳間で毛布にくるまっていた。
 騒音とアルコールの匂いが立ち込めるところで、眠りはいつも白昼夢のように細切れに訪れた。眠っては目を覚まし、下の様子に変わりがないことに呆れてまた眠る。
 時折、風変わりな客がやって来て二階に眠る子供へお土産を渡しにやっ

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