【創作小説】姫瞳湖と僕たち(sekimaruさんの朗読付き)
10年前に書いた創作小説
1.【待望の男の子】
オギャー
「男の子ですよ、おめでとうございます」
鳥居 タケル
これが僕に付けられた名前, 父と母 そして、姉が3人、従って、僕は4人目の子供、しかも、待望の男の子
鳥居タケル 14歳
これが、西暦3010年、今の僕だ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「タケル!!行くぞー」
父が、外で僕に呼ぶ
僕と父は、毎週 日曜日 バードウォッチングクラブの会に参加している
母は、日曜日に 独りで過ごすのが 楽しみになっている。姉3人は もう社会人 長い子育て生活から やっと解放され、自分のために 楽しむ時間を持てた という分けだ。
僕も父も そんな母の姿を見るのが 好きだ。
父と過ごすこの時間は、親子から 男同士となっていく 大人へのステップのようで、心が弾む
「母さん今日少し遅くなるから、夕飯は父さんと外でね・・・ヨロピク!!」
かわいい声を出してる母
『わかった、行って来まーす』
僕は、外で待っていた父に駆け寄り、今日の予定表を渡す
「タケル、今日は、お前がリーダーだ。それは、お前が持ってなさい。」
2.【咲との出会い】
僕たちは、姫瞳湖にあるバードウォッチングセンターまで、電車を乗り継いで向かった。
センターに着くと、いつものメンバーが待っていた。
「皆さん、お揃いでしょうか?」
この会の責任者が聞くと、仲間の一人が手を上げた。
『あ、すいません。まだ一人到着が遅れていまして、今、バスでこちらに向かってるそうで、もう、10分ぐらいで着くとさっき電話がありましたので、もう少し待っていただけますか?』
「あ、そうでしたね、山川さんの姪っ子さんが、今日から、参加されるんでしたね」
待つのは慣れてる仲間たち、嫌な顔をするものはいない。鳥が近くに来るのをじっと待つのも人を待つのも楽しみに変えられる人たちだ。
父は、椅子に座りなおして、リュックを床に下ろした。
『山川さんって、この前、入院した人だろ?父さん』
「ああ、何でも重い病気らしい」
しばらくして、ドアが開き
大きな黄色いリュックをしょった若い女性が、息を切らせて入って来た。
「初日から遅れてすいません。山川サキです。よろしくお願いします」
その女性のさわやかな印象に、僕の背筋が ピクッと正しくなった。
「タケル、お前と同じくらいかもな、あの子」
父が、椅子から立って、リュックを肩に掛けながら言った。
『・・かもな』
あえて、ぶっきら棒に答える
グループは、何班かに分かれて出発した。
新メンバーのサキは、タケルと同じ班になった。
タケルの父が、サキに声を掛けようと近づくと、サキの方からさわやかな笑顔で話してきた。
「よろしくお願いします。こんな自然、まだ残っていたんですね。叔父から、この会のお話を聞いて、一度、行って見たいとずっと思っていました。叔父と一緒でないのが残念ですが、本当に来れて良かったです。」
『山川さんの具合は、その後どうですか?』
「はい、叔父は、まだ病院に入院中ですが、いいお医者様に診て貰って、精神的には落ち着いています。病のほうは、私も詳しくは分かりませんが、時間が掛かるようなことを叔母から聞いています。」
『サキさんでしたっけ?』
「はい、花が咲くあの咲くという字を書きます。」
『そうですか、いい字ですね。うちの息子のタケルと、もしかしたら年が近いんじゃないかな』
「え?そうですか? 私は、この春から高校生になりますが、タケルさんは?」
突然の問いかけに、僕は、咲の顔を見ずに、一瞬、息を呑んで答えた。
『 はい、僕は いま、中学2年で・・・』
父が、僕の様子に気付かないまま
『やっぱり、ちょっと上だったんですね、しっかりしてるものなあ』
と、付け足した。
僕もそう思っていた。ハキハキとしっかりした言葉遣いに、年上であって欲しいとなんとなく願っていたのかもしれない。
3.【姫瞳湖の伝説】
「では、この辺で、班ごとに分散し、お昼をとったあとの2時集合としましょう。各班とも、まとまっての行動を お願いします。くれぐれも、先日お伝えしてある危険な場所へは 入らないでください。」
会の責任者の言葉の後、各班は それぞれの割り当てられていた場所に 向かって 別れた
「危険な場所って、この辺には、多んですか?」
と、咲がタケルの父に聞く、僕も初めて聞く話しに聞き耳を立てた。
『そうですね、地形的に危険な場所は少ないんですが、いわゆる霊的な危険な場所ってのが 何個かありましてね』
「霊的な危険?」
驚いて聞き直す 咲
『ええ、この姫瞳湖には、ある伝説がありましてね』
父のその言葉の後、タケルが、シーっと二人を黙らせる仕草をする。タケルたちの周りに、バサバサバサという羽ばたきとともに、何羽かの鳥が木の枝に舞い降りていた。
父とタケルは、一見サングラス風のフィールドグラスを出し、耳に掛ける。咲は、双眼鏡を出してみている。
しばらく、みんな、鳥の観察に集中している
バサバサバサ 鳥が空へ飛んでいく
『これはまた、大変古い型のメガネを持ってこられましたね』
と,父が咲の双眼鏡に気付いて言う
「ええ、とても古いもののようです。亡くなった叔父の兄 つまり、私の父から受け継いだものらしいです。山川家の宝なんでしょうか、とても大事にしていて、叔父が、こちらに来れない代わりに これを持って行くようにと 渡されたんですよ。」
『見せてもらってもいいですか?』
僕は、興味の方が先行して、手まで出していた。
咲は、丁寧に首から紐をはずし、僕に双眼鏡を渡してくれた。
そのとき ちょっとだけ触れた咲の柔らかな手の感触に、危なく双眼鏡を落としそうになった。
『おい、気を付けろよ。今じゃ手に入らないものだからな 』
と、父が心配して言う。
「タケルさんのも、見せてもらっていいですか?」
咲が、ちょっと目を光らせて聞いてきた。
『僕のは、父のお下がりで、最新型じゃないですけど 』
父が、僕の耳から、サングラス風のフィールドグラスを外して、咲の耳に掛けた。
なんだか僕は、少し うれしかった。
僕のサングラスをかけてる咲が、初めて掛けるサングラスにはしゃぐ少女の姿に見えたからだ。
『このフレームのここを軽く叩くとズームに出来て、耳の近くには、音声切り替えも付いてるんです。最近は、この辺の野生の鳥も人間の言葉でしゃべっているのもいるので、本来の鳴き声を聞くのに使うんです。』
僕は、ちょっと年上になった気分で説明していた。
「すごい、こんなに、近くに出来るんですね。」
咲は、相変わらず 小さな少女のように 素直に驚いていた。
『この双眼鏡も、ちょっと重いけど、僕たちのものと違って、目がすっぽりかぶさって、本当にすぐ近くで見てるって実感が出ますね。』
そんな、やりとりしながら、鳥を何羽か見て、お昼の時間になった。僕たちは、姫瞳湖が見渡せる場所で、休むことにした。
「鳥居さん、先ほどおっしゃっていた この姫瞳湖の伝説のつづき、聞かせて貰えますか?」
咲が、お昼のスナックを出して、父に問いかけてきた。
『ああ、いいですよ。ほら、ここから見える姫瞳湖の、ちょうど、あそこ辺りに、大昔、お城が在ったらしい。そこに瞳子というお姫様がいて、なんでも不幸な最期を遂げてなくなったらしく、この湖にその姫の名をつけて、姫の成仏を祈ったそうです。この話は、咲さんの叔父さんのほうが詳しいですよ。なにせ、山川さんは、考古学者なんだからね。』
父は、それ以上詳しくは語らなかった。そして、地図を出して、こう言った。
「この辺りと ここ、タケル、よく見てなさい、地形的に危険ではないが、霊的に危険といわれていて、その場所に迷い込んでしまうと体調を壊したり、酷いときには、気が狂ったりしてしまうそうだから、ま、みんなの後に付いて行けば、入り込む事はないんだがね。」
僕も咲も、怖いもの見たさに興味が湧くのを お互い隠しあうように、互いの目を見ないように努め、表情をこわばらせていた。
4.【咲からのメール】
家に着くまで、僕は、伝説のことが気になっていたが、それよりも、もっと、
咲と交換したメールアドレスが 気になっていた。
『咲さん、なかなか いい子だな、家の娘たちも あんな時が そう言えばあったな・・・』
父は、娘の学生時代の頃を思い出してるかのようだった。
テレテレッテレ・・着メロの音
< サキです! まだ、家に着く途中です。タケルくんもかな? きょう、たのしかった。
お父様にもよろしく。 P.S.こんど、フィールドグラスのお店 紹介してください。>
咲からのメールだった
タケルは、自分からじゃなく咲のほうから、メールが届いたことに、余計なためらいのない彼女のさわやかさに、またしても一本やられた感じがしていた。
『誰からだ? 母さんだったら、風呂沸かしてくれって頼んどいてくれ』
父が、目を開けずにそう告げて、またうとうとし始めた。
「 P.S. 今度、フィールドグラスのお店 紹介してください。」っかぁ・・・・
ちょっと うれしい僕がいた
<タケルです。僕たちも まだ、電車の中です。僕たちも今日は楽しかったです。フィールドグラスのお店の件、OKです。>
と返信した。
彼女の名前を入れたかったが、サキさん、咲、山川さん、なんて書いていいか 分からずにいた。
咲からの返信を気にしながら 僕もウトウトしはじめた。
そして 2年後・・・・・・咲の誕生日
あれから、僕と咲は ときどき 会うようになって、ぼくの受験時期には、勉強を見に家に来てくれたりして、今では、家族公認の仲となっていた。 そして、きょうは、咲と知り合ってから丁度二年目の彼女の誕生日。咲の誕生日を 僕の家で祝うことになった
台所で、誕生会の食事の用意をしている母
「咲ちゃん、イチゴ好きだったわよね。お肉は食べないから、ほうれん草とカリフラワー キッシュでしょ… あと、あ、いけない!タケル! 誕生ケーキお店まで取りに行ってくれない?」
『うん、分かった。』
僕は、自転車で、店に向かった。
「お待ちどうさま、こちらが、ご注文のお品です。」
ケーキには「HAPPY BIRTHDAY SAKI」の字と数字の18が、花の形の飾りに書いて 刺してあった。
『18才なんだな・・・』
僕は、いつまで経っても、やっぱり年上である咲を、そこで確認していた。 家に着くと、咲は、もう家の中にいて、母さんたちと仲良く話していた。
姉たちも揃っていて、父がひとり、話題に入って行けず、ただ、ニコニコしてテーブルに料理を運んでいた。
『咲ちゃん、彼 覚えてるでしょ? 彼。 彼がね、咲ちゃんのこと ずっと、私の妹だと思ってたんですって!』
「すいません」
と 言いながら、姉の彼氏が台所からビール片手に 現われた。
『何だ、圭介さんも来てたんだ。』
僕は、ケーキを隠しながら、みんなの輪に入っていった。
咲の18歳の誕生会は、賑やかに 過ぎていった。
いつものように、咲を家まで送っていく帰り道
「やっぱり、家族っていいね」
と、咲が、羨ましそうに、首を傾げて言う
『 こうやって、何かないと集まらなくなったけど、咲は、もう家族みたいなもんだから、 姉妹って、間違われるくらいだしさ』
両親を亡くして、叔父さんのところで過ごしている咲を僕は気遣っていたのだろうか、そんなこと言ってしまった。本当は、僕の彼女と見られて欲しいくせに・・・
「ありがとう、お姉さんかぁ・・・そうすると、タケルは、私の弟ってことになるんだよね、 ちょっと、さみしいかな・・・・」
『え?』
それから長い沈黙のまま、咲の家まで歩いた。
咲の家の前で、僕は、言いたいことがあるのに なかなか口に出せないでいた。
「タケル君、今度の日曜日、姫瞳湖、一緒に行ってみない?」
『 え? いいけど 』
「よかった、じゃあ。きょうは、どうもありがとう 」
『 あ、咲・・お誕生日おめでとう・・これ 』
口に出た言葉は、頭の中で考えていた言葉の半分しか出せなかった。
「え?プレゼント?」
『ああ、 じゃあ、』
「タケル・・ありがとう!」
どうしてだか 全力で走っていた。
咲の「ありがとう」の声を背中で受けながら 僕は 来年の誕生日には、もっと男らしく 好きだ と 告げようと 決めていた。
5.【二人で姫瞳湖へ】
< テレテレッテレ >
タケルの携帯着メロが鳴る
< あした、いつものところで、9時、いいですか? >
咲からだった
< オーケー! >
返信する僕
そして、次の朝
僕の体に異変が起こった
「なんだこれ?」
いつものように顔を洗って、鏡を見て驚いた。
僕の口が、堅くとがっている。
しばらくすると、元に戻り、今度は、背中が痒くなった。
掻きながら、背中を鏡に映してみると、わずかだが、小さな羽根のようなものが 出ていた。寝ぼけているのだろうか …… 自分でも、どうなってるのか、混乱しながら、とにかく咲との約束の時間に遅れないように支度を進めた。
「タケル君、何か心配事でもあるの?」
姫瞳湖に向かう電車の中で、咲が、僕の顔を覗き込んで聞く
『 いいや、ちょっと、耳鳴りしてただけ 』
朝の異変を 思い起こしていたが、うまく誤魔化した。
朝のことは、やっぱり寝ぼけていたのだと自分に言い聞かせて、僕は、咲とのデートを楽しむことにした。
姫瞳湖には、たくさんのデートスポットがある
いつもは、バードウォッチングが目的で、そういった場所に行くのは、これが初めてだ。
「ここ、私が、きょう行ってみたいところ 」
咲が案内地図を見せてくれた。
『あ、ここなら、分かるよ、僕たちが いつも行ってるところと 逆の方向だけれど、そんなに 大変な道じゃないと思うな』
目的地について、僕は気付いた。
咲と、ここの景色が、いつもと違って見えていることを
咲の唇にうっすらピンクの口紅が付いている。その表情は、年下の女の子だ。
そして、その唇と同じ色に まだ控えめに咲いてる山桜が、僕たちを見下ろしていた。
ぴーちぴーちぴーー
笛が鳴る
『あ、それ、』
「そうよ、タケル君から貰った、誕生日プレゼント。
この笛、鳥を呼ぶためのものでしょ? ありがとう」
『何がいいか迷ったけど、やっぱり、鳥のものがいいかなって、』
そう言い終る間もなく、咲の唇が、僕の口をふさいだ。
・・・・・・キス だ・・・・・
しまった!
またしても 先を越された。
何でもためらいなく素直に気持ちを表現できる咲をいつも羨ましく思っていたが、この瞬間だけは、僕は譲らないと密かに思っていたのに
「ごめん、タケル」
咲が、下を向いて言う
『いや、そうじゃないんだ。ごめん』
咲からのキスに、無反応でいた自分を反省
『僕いや、俺、初めて会ったときから、咲のこと、・・・好きになってた・・』
「私も・・・」
咲が、そう言って、タケルに顔を近づけてきた。
タケルは、咲の両肩に そっと 手を置いて、彼女を静止させると、
桜色した咲の唇を、軽く人差し指で撫でた。
・・・そして、優しく、タケルから口づけをした
『花の香りがする』
「そうね、もうサクラも咲き始めてるし』
『じゃなくて、咲の唇・・・』
「やだ、口紅ちょっと、付けてるから・・・タケル、行こう!」
顔を赤くして、咲が独りで駆け出した。
僕も後を追って、駆け出した。
しばらくして、僕たちは、花の香りと、鳥たちの声に囲まれて お弁当を広げた。
「ねぇ、覚えてる?この湖の伝説の話し」
『ああ、瞳子っていう、お姫さまの話しだろ?』
「見て、これ。叔父から、誕生日のプレゼントに貰ったの」
咲は、黄色いリュックから、きれいにまとめてある一つのファイルを取り出し、僕に見せた。
―姫瞳湖に関する資料―
「 伝説 」 作成:山川朔流
表紙にそう書いてあり、内容はこうだった。
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古来より、この姫瞳湖には、このような伝説が語り継がれている。
この湖の周辺に住む一族の家長に、瞳子という末娘がいた。
娘は、嫁入りの年頃になった頃、湖である若者と出会い、恋に落ちた。
その若者は、実は、この湖の守り神、蛇キンケイという鳥が、姿を変えたものだった。
ある夜、娘の後を付けて来た父親が、その若者の正体を知ることになり、家臣に告げ、若者を殺すように命じた。しかし、その若者も鳥も見つけることは出来なかった。
瞳子は、父に若者の正体を明かされても、なお、若者を慕った。そして、瞳子のお腹にすでに子が宿ってることを知った父は、娘を部屋に監禁してしまった。
そして、臨月を迎えた瞳子は、なんと赤子ではなく、卵を産んだのである。父は、その卵を湖に投げ捨てた。瞳子は、若者のことが忘れられず、とうとう、己の子の後を追うように、湖に身を投げた。
父は、娘を亡くした悲しみが怒りとなって、蛇キンケイだけではなく、すべての鳥も殺すように、毒を持つ蝶を放った。その蝶を食べた鳥たちが次々に死んでいった。
そして、ある日、あざやかに輝く黄金色の蛇キンケイが、瞳子の父の前に姿を見せこう告げた。
「私は、この湖を守る神の使い蛇キンケイである。私は、そなたの娘、瞳子に恋をし、人の姿となって、会うようになった。そして、私は、自然の掟を破り、身篭らせ、瞳子を失った。その罰として、この悲しみから、永遠に抜け出せぬよう不死を命ぜられた。いくら、私を殺そうと企んでも、私は、死にたくても死ねないのだ。どうか、私の仲間たちを無駄に殺すことをやめて欲しい。」
瞳子の父は、こう答えた。『私の悲しみは、もう呪いとなっている、お前が死ねない代わりに私は、お前の仲間を殺し続ける。それを見て、お前は、この私の苦しみを味わうのだ。分かったか』
蛇キンケイは、「ならば、仕方あるまい」そう言い残して去っていった。
それから、湖の周りの何箇所かに、大きな柳の木が現われた。そして、その柳の木の葉から出る雫に触れた人間は、あらゆるものの悲しみに襲われ、直ぐさま狂気の死を遂げるようになり、瞳子の父も、その雫に触れ、亡くなった
そのときから、毒を持った蝶は、姿を見せなくなり、鳥たちは、その数を増やしていった……………………………………………………………………………………………………………..
資料には、そこまで記してあった。
「どう、思う?」
咲が、澄んだ目で僕に聞く。
『うん、伝説だろ?』
「それだけ?、詰まんないな、やっぱり男の子なんだ。 ロマンティックじゃない?」
『ああ、そう言われれば・・・でも、よくある話って感じかも、それよか、お腹すいたな。
咲姫 そろそろ、ここらで一つ、腹ごしらえとは、如何じゃな?』
「仕様がないな」
桜の木の下で僕たちは、たくさん、たくさん笑った。
6.【憧れるもの】
僕は、前から聞こうと思っていた質問を彼女に投げかけた
『咲は、どうして、ホスピスになろうと決めたの?』
咲は、自分の仕事に着々と準備を向けていた。そのことが、僕には、なぜか、理解できなかった。今の世の中で、仕事を進んでするものは少なくなっているからだ。成人をすれば、大人として扱ってくれるが、人口が、昔ほど多くなくなった今は、仕事をして、若い世代が、高齢者を養う義務は必要なくなっているし、自給自足で、エネルギーもすべて、賄えている今は、大人になったら、みんなそれぞれ好きなことをして過ごす。それを、仕事と呼べば、呼べるだろうが、そういう人は少ない。
でも、幾つかの仕事は、公共の仕事として、認可されている。ホスピスもその一つだ。そういった社会の機能に欠かせない最低限のものだけだが、敢えて、それをやりたいと思うものは少ない。時間だけが裂かれて、収入は、あまり得られないからだ。昔のようにお金に価値がなくなってしまったため、お金のために働くものは少ないのだ。そういった仕事は、みんなが、交代にやっているものが多い。その地域でやり方は、違っている。
だから、何故、咲が、仕事に就きたいのか知りたかった。
「私ね、小さいときに、長く入院してたの。自分では、よく覚えていないんだけどね。でもひとつだけ、記憶にちゃんと残ってるものがあるの。白いお花の精がね、やさしく微笑んで、手をとっていてくれてたこと。それが、ホスピスさんだったんだって、大きくなってから、分かったんだけど。あんなに、人をほっとさせる、微笑みの人になりたいって そのときから思ってたんだ。憧れだったんだ。 タケル君は?何か、やりたいことないの? 地球には残るつもり?」
『まだ、決めていない。地球からは一度出てみたい気はするけど、それもまだよく分からない』
「結構、気、長いんだ。好きなこと見つけられるといいね。どこかで」
『親の言う通りに・・・・』と、言い出しそうだった。
僕も、咲みたいなものが欲しい。憧れてみたい。
僕たちは、家に帰り着くまで、今まで互いの気持ちを確認できなくて、話せなかった多くのことを、たくさん話した。僕は、すっかり、咲の虜になっていた。以前より、もっともっと。
彼女といるときの僕は、今まで一番好きな僕でいたからだ。
家に帰って、寝るまで、家族の者たちに、こんなに幸せな自分をさらけ出すのが、もったいなくて、いつもの自分を装うっていた。そして、ベッドに横になって、独りになってから、微笑みが、止まらなかった。こんなに微笑んだのは、生まれて初めてだ。
寝る前に、咲にメールを打った。メールを打とうかどうかなんて悩まない僕だった。
< 咲、これだけ言いたくて、メールする。きょう、俺の中で、咲という花が、満開に咲いた。そして、今も咲き乱れてる。その花は、白くて、僕をほっとさせてるんだ。I LOVE YOU,SAKI >
咲から直ぐに返事が来た。
<タケル君、微笑んでるの私もよ。あなたも私の心に花を咲かせたの 。I LOVE YOU more >
僕は、胸が焼けて溶けそうだ。幸せなのになんで、こんなに苦しいんだろう… 枕を ギューッと抱きしめ、動けなくなってしまった。
7.【体の異変】
次の朝、きのうの幸せが、体の中で漂っているのを確かめて、また、咲の微笑みを思い浮かべているとき、自分の体の異変に気付いた。
ベッドに横になったまま、左手を顔に近づけようとしたとき、手だと思っていたものが羽だった。
驚いて、鏡で自分の体をチェックすると、背中にしっかり羽が生えていた。
なぜ?どうして、なんでだよ
「タケルー、起きてる、学校遅れるよ」
部屋の外から、母の声。背中の羽をなんとかシャツに納めて、上着を肩に掛けて、家を飛び出した。学校の誰も来ない屋上で、独りになった。
空を見上げて、雲を目で追っていると、ある記憶が蘇ってきた。
…… タケルの記憶 ………
病院の診察室の椅子に、座っている2歳のタケル
医者:この薬で、何とか一年で、この羽は、殆どなくなります。毎日欠かさず飲ませるようにしてください。こういう例は、珍しくありません、羽ではなく、発声に後退が出るケースもあるんですよ。その場合は、人間の言葉を話せるようになるのに 可なり時間が掛かります。お子さんの場合、言語が時々本来の鳴き声となるときもありますが、一時的なものですから、根気よく人間の言葉を教えてあげてください。
母:分かりました。ありがとうございます。
3歳の誕生日、ケーキにろうそくを立て、タケルを囲んでる家族、
家族:(誕生日の歌を歌う)…ハッピバースディ トゥ タケル・・・
タケル: キー! キー!
父:タケル、いい子だ、歌は、鳴き声でなく言葉で歌うんだ。いいか、こうだぞ
空を見ていたタケルの記憶は、そこで消えてしまった。
…………………………………………………………………………………..
家に帰る頃、僕の背中の羽は、すっかり消えていた。でも、僕の記憶は、しっかりと残っていた。
夕飯を済ませ、団欒している父と母
「父さん、母さん、僕、聞きたいことがあるんだけど・・・」
『どうした、そんな深刻な顔して。』
「僕のからだ、僕の体が、おかしいんだ。今朝、背中に羽が出てきた。父さん、僕は、もしかしたら、小さいときから普通の子じゃなかったんでしょ?、そうでしょ?お母さん」
『タケル、羽って・・・明日、病院行きましょう・・そんな筈ないんだから 』
「母さん、本当のこと教えて・・父さん、なぜ、僕の背中に羽が生えるか教えて、知ってるんでしょ」
『分かった、この日が来ることは覚悟していたよ。タケル 実は、・・・』
「あなた、私から話すわ。タケル、貴方は、父さんと私の間に生まれた大事な子、それは、どんなことがあっても変わらないの。それだけは覚えといてね。私には、お父さんの前に夫がいたの、あなたの姉さんたちの父親に当たる人よ。彼は、研究者で、あるプロジェクトを研究していたの。それは、動物を人間の姿かたちに変化させるという研究だったの。彼は、鳥を使って、その研究を成功させたのよ。それも、自分のDNAを使ってね。
その鳥が、人間の姿かたち、つまりは、彼そっくりに変化し、研究が成功したときに、彼は、疲労がたたって、心臓発作で亡くなったの。
私は、自分の夫と瓜二つのもう一人の彼の世話をすることになって、そして、・・・」
『それが、私なんだよ・・・私は、母さんに世話してもらいながら、思いを寄せて、世間にばれないように、博士の後釜となったんだ。もちろん研究者としては、続けることは、しなかったが。
そして、お前が産れた。・・・・卵だった。お前は、卵で産れてしまったんだよ。』
「ごめんなさいタケル・・・母さん、あなたをどうしても人間として育てたくて、以前の研究者仲間にお願いして、あなたが人間のまま一生を過ごせるようにとお願いしたんの・・・
『ぼく、ぼくは・・・・化け物?』
「 違うお前は、私たちの子だ!」
慌てて 母が
「明日、診て貰いましょう。大丈夫。きっと成長期で、ホルモンがバランス崩したからだわ。」
父も
『ああ、俺だって、何度かそんな発作的なものがあったんだ。心配は要らない。お前は、人として一生 生きていける。』
「でも、父さん、もし、僕が、結婚して、子供が出来たら,僕みたいな子が産れるってことでしょ?僕みたいに、卵で産れるんでしょ?」
『ごめんね、タケル・・・』
そう言って、母は泣き崩れた。
父にも母にも、僕は攻めることはしなかった。ただ、僕の中に、人以外の鳥の一部が、棲んでいることが、そのことがはっきりしたことに、その事実に向き合うので精一杯だった。
そして、咲、君のことを考えていた・・・
8.【翼】
特別な病院通いが始まった。僕を人間に留めておく処置をするためだ。
僕は、以前よりも頻繁に、咲と会っていた。不安だった、もしかしたら、次の日、鳥になって、もう咲と会えなくなるんじゃないかなんて思ったりしたからだ。
「タケル、もう、何回来たかな、この姫瞳湖・・・」
『う~~ん、咲の歳、越しちゃったかも・・・・俺も咲の歳、いつか越せるといいな。』
「あ、気にしてるんだ・・・年下」
『 うん 少し。だって、咲ってさ、しっかりしてるけど、危なっかしいし、だから、実際の歳も俺が上だったら、もっと頼ってくれるかなって・・・・俺いなくなったら、どうすんだろうって思うよ。』
「いなくなんない。タケルは、いなくならないでしょ? もう誰も私の傍から いなくなって欲しくない。」
『咲・・・・バッカ、俺、消えないよ。咲が、嫌がってもずーっと、くっ付いていよーと・・・蛸みたいにな、ブッチュー!』
咲に、べったり身体をくっつけるタケル
無邪気に笑う咲、二人は、子犬がじゃれ合うように はしゃいだ。そして、弾みで、丘の斜面を組み合ったまま転がりはじめた。
ドサッー、ドテン、転がる途中で、二人は、落とし穴のような、穴にはまって落ちてしまった。
『咲、大丈夫か? 何だよ、誰だよ、こんな大きな落とし穴つくった奴!』
「これ、可なり深くない? 井戸だったのかな・・・」
『かなぁ・・・大丈夫だよ、この辺人よく来るところだし、ちぇ、携帯繋がらないし ……おーい 誰かー、助けてー、誰かー』
「あは、タケルの顔、真っ黒、ほら、ここ、ちょっと待って、今 きれいにしてあげる。」
咲がハンカチで、タケルの顔の泥を取ろうとする。咲の顔が近づくと、タケルは、咲を以前より逞しくなった腕で優しく包み込んだ。タケルにはもう自分の感情を抑える理由が見つからなかった。
どのくらい時間が過ぎただろう・・ 咲が、タケルの腕の中で眠っていた
「あ、ごめん、タケル、ずっとこうしてくれてたんだ。」
『ああ、ずっと、咲の寝顔見てた。』
「でも。もう見えないね。暗くなって、」
タケルも咲も、不安になっていたが、それを押し隠そうと努力した。
「タケル、ここ、見て、この石と石の隙間から、光が漏れてない?」
『ああ、確かに、もしかしたら、抜け道かも』
タケルと咲は、石をどかして、奥に続く小さな穴を見つけ、這いずりながら入っていく
しばらく行くと、鍾乳洞のような洞窟が現われた。
カサカサ、カサカサカサカサ、カサカサ
『何の音だろう・・・』
「見て、タケル あの木」
洞窟の中央に黄金色した大きな木が見えた。
『あれ? あの木、動いてないか?』
「ええ、そういえば、何か・・・・蝶・・蝶々、蝶々が、たくさんとまってるんだわ。」
その木は、何千羽、何万羽かの蝶で、すっかり覆われていた
『この音は、あの蝶たちの羽の音なんだ』
タケルたちとその木の間に、せせらぎのような水が流れていた
タケルたちは、木の傍に近づこうとそのせせらぎを飛び超えた。
その瞬間、蝶の群れが一気に舞い上がり、大きな柳の木が姿を現した。
『 なんて、でかい柳なんだ。』
そうタケルが、声にしたとき、風もないのに柳の枝が大きく揺れ、水しぶきをタケルと咲に浴びせた。
「 なに これ? 柳の葉っぱの露?」
柳の木は、さらに揺れが増し、枝で、タケルたちを鞭打つかのように襲ってきた。
『危ない、咲、逃げろ!』
タケルは、咲をかばいながら せせらぎ沿いに駆け出した。せせらぎの水が増して、タケル達は、いつの間にか、肩まで漬かりながら、進んでいた。
ゴーゴーゴー
「何の音? タケル 何か見える?」
『・・・暗くてよく見えない・・・』
ゴーゴーゴー、ゴーゴーゴー
『咲、俺にしっかりつかまれ!』
月光りで、目の前が明るくなったとき、僕たちは、大きな滝に向かって流されていた。
「タケル!!」
僕たちは、真っ逆さまに、滝に吸い込まれて落ちていった。
『あー!!!』
そのとき、僕の背中が、何かにぶつかったのか、僕は激しい痛みに襲われ気を失いかけた。
「タケル!タケル!!」
咲の声に自分を取り戻し 驚いた。僕は、空を飛んでいた。
地面に舞い降り、しっかり抱いていた咲をゆっくリ下ろした。
『俺、 こうだから・・・』
咲に背を向けるタケル
「タケル、翼のお陰で助かったの、私たち。それでいいじゃない・・・」
タケルの背中に、そっと寄り添う
…………………………………………………………………………………..
あの事があってから、咲と僕は体調を壊し寝込むことが多くなった。
僕たちは、携帯のメールで話す事が多くなっていた。
咲; タケル、今日はどう?少し元気になった?私は、相変わらず、熱が下がらないけど、きょうは、窓から外を見たりしたわ。
タケル;俺は、元気。咲に会いたい。飛んでいこうか、もちろん、翼なしだよ・・・
咲;来て、待ってる。話したいこともあるから
翼は、あれから、一度も出ていない。飛んで行きたいという気持ちから、翼があったらなと複雑な気持ちになる
…咲の家……
「このファイル覚えてる?」
『ああ「姫瞳湖伝説」、叔父さんのファイルだろ。』
「ここ見て」
ファイルのページを開けて見せる咲
・・・・ファイル・・・・・
それから、湖の周りの何箇所かに、大きな柳の木が現われた。そして、その柳の木の葉から出る雫に触れた人間は、あらゆるものの悲しみに襲われ、直ぐさま狂気の死を遂げるようになり、瞳子の父も、その雫に触れ、亡くなった
そのときから、毒を持った蝶は、姿を見せなくなり、鳥たちは、その数を増やしていった。・・・・・・・
『え?どういうこと? もしかして、あの柳の水・・・』
「そう、そうだと思うの・・・私たち、呪いの柳の木の雫を浴びたのよ」
『でも、俺は、こんなに元気に・・・あ、そうか、呪いは、人間に掛けられるんだった。』
「そう、タケルは、きっと 助かるわ」
『そんな、じゃあ、咲は、咲はどうなんだよ』
「タケル、私は、どんどん悪くなるわ。 人の悲しみかどうか分からないけど・・・独りになると悲しみから抜けられなくなってるわ。寝ることさえできないときもあるの。叔父さんに相談してみない?きっと叔父さんなら、何か知ってると思うの。」
『うん、そうしよう。俺が咲の叔父さんに会って、咲が助かる方法を聞いてくる。』
「ありがとう」
咲は、疲れたのか、横になって、目を閉じて、
「タケル、翼、もう一度見てみたい。空飛ぶって、いいよね。あったらいいな、私にも、翼」
『え?』
夢の中へ吸い込まれていくように眠りにつく、咲。 彼女の顔は なぜか穏やかだ。
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病院の中、咲の叔父「山川朔流」の名札を確認して、病室をノックするタケル
『失礼します。はじめまして、咲さんの友達の鳥居タケルです。』
「そうですか、君が、タケルくん、お父様は、お元気ですか?」
『はい、 実は、お伺いしたいことがあって、このファイルに書かれてあることなんですが、』
僕は、ファイルを開けて見せた。
「この話しが何か・・・」
僕は、咲と体験したことを話し、最後に自分の出生の秘密も話した。
「タケル君、君は、私の兄、つまりは、咲の父親のことは聞いたことがあるだろうか?」
『咲のお父さん、いいえ、特には・・・』
山川朔流は、落ち着いた口調で話し始めた。
「私の兄は、あなたのお父さん、いや、研究者であったもう一人の鳥居氏と、同じ研究者だったのだよ。兄は、植物遺伝子学者でね、植物と人間のある研究をしていた。タケル君、もし、この伝説が本当なら、そして、その柳が、呪いの柳であるなら 咲の命は、残り少ないことになる。タケル君も、いつ、症状が重くならないとも限らない。どうだろうか、私の知り合いのところで、一度見てもらって、相談してみては・・・彼は、咲の父親と古い仲の人だ。」
そうして、山川氏は、僕に一枚の名刺を渡した。
村上 天龍 名刺にはそうか書かれてあった。
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僕は、父と母にすべてを話し、協力して貰うことにした。父の付き添いで、咲と僕は、村上天龍氏に会い、そして診断してもらった。
咲は、診断の後、すぐさま、病室に入れられた。
村上天龍氏は、タケルと僕の父を呼び出し、こう告げた。
「タケル君、咲さんは、思ったより重症だ。残念だが… この資料を見たまえ、これは、あの姫瞳湖で柳の葉の汁に触れて、病になった人たちの診療記録だ。症状の進み具合には、可なりの個人差はあるが、共通しているのは、神経的に侵されたあとは、皆、一年以内に亡くなっていることだ。葉の液を調べてみているが、毒らしいものは何一つ見つからない。まったく摩訶不思議だよ。人間にのみ、動物には、まったく何も影響しない。つまりだ、タケル君、もし、君の症状が思わしくなくなり、命に関わってくることがあれば、君を鳥に戻し、命を救うことが可能というわけだ。だが、咲さんは、そういう訳には行かない。あのままでは、一年以内も難しいかもしれない… 」
タケルは、何も言葉がなかった。
村上天龍氏は、続けた。
「一つ、望みがあることはある。しかし、まだ、成功したことがない。咲さんの父上がやり残された研究なんだが 、人を植物に変えてしまう人体変換というのがある … 」
驚いた父が、確かめるように村上天龍氏に聞いた。
『それは、咲ちゃんが植物になって、生き残るということですか?』
村上天龍氏は一言
「そういうことです。」
『嫌だ、そんなこと! 咲は、人間です。僕だって人間でいたい・・・・僕たちは、僕たちは、人間同士で愛し合ってるんです。そうだろ、父さん、僕は、僕は、背中に翼があってもいい、人間の心をもっていたいんだ。咲だってそうだよ、植物や鳥になって生き延びるくらいなら死んだ方がましだ!!!』
僕は、病院を飛び出した。
9.【僕たちの愛し方】
僕の背中に激しい痛みが起きた
足が地上から浮き、僕は、暗い空に向かって飛んでいた。 咲がもう一度見たいと言った僕の翼
「咲に会いたい、咲に会いたい」
僕は、それしか言葉にしていなかった。でも、口から出るのは、『キーキー』という鳴き声だけだった。悲しみで泣くには、この鳴き声がいいのかもしれない・・・思いっきり泣いた。
『キーーー、キーーー』
気付くと、僕は、咲の病室の前にいた。
『咲・・・』
ドアを開け、中に入る、咲が、ゆっくり寝返りを打って、タケルの姿を見る。
「天使さま・・・」
タケルの背中の翼が大きく開いていた。
『僕だ、タケルだ、咲』
翼が消えていく
「タケル… さっき、天使様が来て下さったの。毎晩私の魂を吸い取りに来るあの死神のような人たちじゃなく、天使様が… 私わかったの… 出したの、あのときの白いお花の妖精のこと、やっぱり、本当にいたんだって… あれは、今の私だったって、思い出したの。タケル、私、このために生まれてきたの。全部思い出したわ。」
『咲を独りにしない。僕も一緒に行く。いいだろ?』
「私も、父や母を亡くしたとき、そう思ったわ… タケル、あなたの心も、身体も、あなたが決めれるものは何もないの。でもね、タケル、私達は自由だから。私は、あなたにもなれる、いつでも何処でも。ただ、あなたに身を置くだけで、私は、あなたになれるの。だから、いつも、一緒なの… ね?、あなたも私になって・・・」
咲は、タケルの手をしっかり握った。
「こうやって、私の中に身を置いてみて・・・・・」
握ったタケルの手を頬に近づける咲
『嫌だ、僕、僕は、咲のその柔らかな肌に触れていたい ずっとずっと、離れたくないんだ!
この手で、この僕の手で、君を確かめていたいんだ、消えて欲しくないんだ!咲!』
号泣するタケルに 咲が語り掛ける。
「タケル、もう一つの愛し方してみない? タケルならできるわ」
『もう一つの愛し方・・・?』
「そう、私の身体にふれて確かめる愛じゃなくて… ここ、魂にふれる愛し方。そうすれば、形がなくなっても、ずっと愛していられるでしょ?」
『… ずっと? … 』
「そう、ずっとよ」
咲は、優しくタケルを引き寄せ、頭をなで もう一度『ずっと』と繰り返した。
タケルは、咲の胸に顔をうずめ頷いた。
10.【誤魔化さない決断】
咲は二十歳の誕生日を迎えることなく息を引きとった。そして、咲が逝ったあと不思議なことが姫瞳湖に起きた。
湖の水際に、毎年、白いユリの花が、咲くようになったのだ。そして、その花が咲き始めてから、呪いの柳の露で、命を落とすものはいなくなった。
「タケル、本当にいいんだな。」
『はい、父さん、』
「ごめんなさいね、タケル辛い思いさせて・・・」
『母さん、僕は、選べないんです。僕は、こうなるために、「たまご」で産れたのだから、それを思い出した今は、もう自分を誤魔化して生きていけないんです。では、村上天龍先生お願いします。』
「では、タケル君。この液を注入すると、これまで制御されていた本来の遺伝子が元に戻る。 君が望む、本来の君に戻れるわけだ。いいかね。」
『はい、お願いします。』
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それから間もなくして、姫瞳湖に、もう一つ不思議なことが起きた。
白いユリが咲く間、幻の鳥といわれていた、あの、蛇キンケイという鳥が姿を現し、花の上空を舞うようになったのだ。その姿を見たものは、まるで、白い花と鳥が愛し合ってるかのようだと噂した。
完