砕けた指先
ある冬に、僕の悲しみは熔化した。
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久しぶりに外にでも出てみようと思った。思えば僕は長く長く引きこもっていた。露に濡れた窓に指先で何かを描きながら、しんしんと雪の降る窓の外を、まるで初めて見た美しい世界のように感じていた。冬は嫌いではない。寒い時は沢山厚着すれば良いからだ。
人は衝動を持った時、そこに理由はない。好きな物に肉体的に近づきたがる男の本能は、性欲など無い僕にもちゃんとある。まぁ実は、性を知らないだけなのだけど。どんな概念も、それと触れたくなる。それは正に理解であり、今年も僕は雪を知る。
おっとりとした気分になる。目がチカチカする。目の前に、ある女の顔が浮かぶ。それから僕は姿勢よく、流麗に窓辺に佇んでいた。そんな自分の姿を、遠くから見ているように感じた。
美には穢れがない訳では無い。穢れていてもなお、美しいのである。
僕はいつからか、勇気を得た。専ら野性的になった。野性を理性でコントロールするのでは無い。理性が野性を利用している訳だ。動物的であるその追求は、最も人間的に発揮されている。いや、そんな事を自分から言うのは憚られるけれど、理性や野性について考え、それに関する他人の意見等を目にし、僕はそういう強さを持っていると理解するに至ったという事である。
1
まだ秋の頃、僕は唯一外へ出た日があった。母が仕事で居ない日、僕は自分で夕食を作らなければならなかった。買い物に行ったのだけれど、閉じた暮らしの積み重ねで、過敏になった感性は、紅葉をひとつの芸術作品のように捉え、買ったキャベツは、まるで部屋に飾る一輪花のようだった。僕は焼きそばを作り、慣れずに散らかしたキッチンにも、感性が感動していた。
小さな事、良くない事。人はそういうものを時にとても大切に思ってしまう。逆に、大切な事が些細に感じる事もある。
あなたは、こうした感覚の個人差に"普通"を定義できるだろうか?
共感されないものはきっと、共感出来るものに変換して示す必要がある。
僕はそれらの体験をただ心の奥にしまっておいたのである。僕は秋に感動した僕を思い出に閉じ込め、自分の軸にしている。
2
その秋からしばらくした初冬、僕は買った小説を読んでいた。安寧の時間の暇つぶしで、僕はどんどん現実を忘れていった。何もかも現実を忘れ、それでもなお、その本の言葉は、僕の軸を、一本の幹としたとして、大きな大きな木の枝として吸収されていった。僕の心はまるで、冬の、葉がひとつもなく、雪に埋もれた、大きな大きな一本の木を見ているような感じになった。それだけの寂しさ、虚無、感動を得た。安寧の時間は、それを単位として僕の中に記憶されていった。
その小説には、特に引用したくなる言葉は書かれていなかった。物語や口調など、ある小説というひとつのまとまりから感じられる主題のようなものは、言語化されなくとも、心に残っていく。そんな、初冬の小説は、僕をスキルアップさせた。もちろん、精神的に。
3
思えば僕には、異性との出会いが無い。引きこもっているので当然であるけれど、異性に依存したい感情を抱かない訳では無い。全く、欲情はしない。伝わらないと思うが、黄色い感情は抱かない。一本だけ部屋に添えられてちょうど綺麗に美しく映えている花のように、僕がそうありたいという事である。
穀潰しだって、どこかで花でありたい。皮肉な事に、何も悪くない僕の母の花であるのは絶対に嫌なのだ。人間には、他者の下へ独立したい希求のようなものがあるのだと思う。
愛されたいとは言い難い。まるで欠乏してるみたいだからだ。もっと満たしたいのである。生産性に釣り合う消費は人生には必要だ。
僕は男であるから、待つ事しか出来ない。その代わり、野性的である。
世界の常識ははっきり言って狂っている。まるで真逆な事が正しいとされている節はある。
僕は野性的にあなた以外を追求し、結果としてあなたに愛されてしまう。
これはとても難しい話になる。何かを追求し、誰かから愛され、誰かを追求し、他の誰かから愛される。無関心である事は、一つの愛をながびかせる。または、僕の形容を逃れるように、あなたが形を変えていってしまうこと。
僕は誰かから愛される運命と、何かを追求する欲を持つ。本質をつかめぬままに。
4
僕はあの日、雪を見てみようとして、外へ出た。家の前には50cm程の雪が積もっていた。まず僕は、雪に触れてみた。冷たい雪は、手のひらを赤く染めた。僕はそれを首元へあててみる。そして、勇気持って、上着を脱ぎ、上半身を裸にした。その刹那、雪に飛び込んだ。そして、仰向けになった。とても冷たい雪は、心地よかった。この日の感覚は、どのようにも表現出来ない。その年は雪をそのように理解した。きっと、全てを知った。
5
僕の哲学は、その年に多く形成された。冬のうちに準備をし、翌年の春には、桜が咲いた。秋冬の些細な体験は、心を育んだ。
それから何年もすぎたある冬の日、恋人とのデートの日、しわしわになってしまった手で僕が指さした先に、雪が降っていた。彼女は、まだ秋らしい服装で、凍えていた。
僕はこの年齢でもなお、彼女を抱きしめ、僕達を遠くから見ている景色で、じっと目に焼き付けた。
6
彼女は亡くなって、僕は遺骨を拾う。彼女の強さ、姿が思い出され、好きだった手芸品は、遺し方に迷った。
僕達には子供が居ない。
部屋の一室を彼女の遺品で埋めよう。
僕は遺骨を拾う。指のようなものを見つける。泣きながら、祈りながら、不確かにそれを拾うと、なにかのメッセージのように、それは落ち、ちょうど先端が砕けた。ダイアモンドのように光る破片。
僕の精神は、傷によって光が射し、その中で、彼女との出来事が、ダイアモンドのように光っていた。
それが一縷の望みのようで、僕と彼女の本当の一つで、僕は次に神に愛され、追うようにして、春に死んだ。
僕の心象世界よりも広大なあの世が、そこにはあった。
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました!主人公について考察して頂ければとても楽しめると思います!
皆様、良き生を!