魂のなきあと~前職:VTuber~
「高宮さんっの前職って……あのルリアだったんですか…っ?」
「はい」
高宮は面接に来ていた。
スーパーの、レジ打ちのアルバイトの。
履歴書を受け取った店長が目を止めたのは、高宮の職歴だった。
前職:VTuber。
それだけならまだ珍しくはない。
けれど高宮の前職は、トップVTuberと呼ばれたルリアだった。
店長の言葉と瞳に熱が籠もり始める。
「え、ちょと待って下さい…じゃあ…えと…2代目?」
「……初代です」
「ええ~?! 初代! 僕、リアルタイムでは観た事ないんです!」
年齢で言えば、高宮は店長よりもひと世代は上。
高宮が現役のルリアだった頃、店長はまだ小学生だった。
そして、高宮が引退した今もルリアはトップに君臨している。
「懐かしいな…僕は3代目世代ですけど、ウチの娘は今5代目世代ですからね~」
「そうですね。頑張ってますね、ルリアちゃん」
「そっかぁ~、初代かぁ~……じゃあアレですよね、灯篭流し。あの伝説の………僕も三代目の灯篭流しには参列しましたけど…」
「はい。あの景色は今でも忘れられないですね」
器と魂。
2Dもしくは3Dモデルと言うVTuberの『器』。
その『器』に宿る『魂』。それは担当声優とも言う。
高宮はルリアの魂だった。
ルリアの魂として活動して8年。
高宮はルリアとして、その魂が入れ替わる事を発表した。
当時は他のVTuberにおいても、突然の魂変更でファンに動揺が広がり、そこから炎上に発展する事が多かった。
ルリアはその現状を憂いていた。
故に、魂の交代を事前に正式公表した。
勿論、その発表に対しては大きな波紋が広がった。
不安、悲しみ、失望、怒り…様々な感情が渦巻いた。
その状況に対し、ルリアは自身の言葉をファンに伝え続けた。
器であるルリアは人ではないが、魂である高宮は人。
いつまでもVTuberを続けられる訳ではない。
別れの時は必ずやって来る。
けれどその別れが、突然訪れて良い訳はない。
なんの発表もないまま魂が入れ替わるなんて、それほどファンを悲しませる事はない。
器と魂は別の存在。
それはファンだって理解している筈。
高宮は魂として引退するけれど、ルリアは新たな魂を迎え入れ、今後もファンと共に存在し続ける。
VTuberにとって本当に必要な『魂』は担当声優ではなく、VTuberを応援してくれるファン自身。
どんなに優れた担当声優が居た所ところで、ファンが居てくれなければVTuberは存在し続ける事は出来ない。
応援してくれるファンが居てくれる限り、ルリアの『魂』は不滅。
ファンの皆なら、それを理解ってくれる筈。
高宮は、ルリアとしてファンの魂の在り方を信じた。
真の『魂』であるファンを大切にする事。
それこそがルリアと言う『器』が存続する道。
別れと出会いを繰り返し、ルリアは今後も存在し続ける。
ルリアは、魂の引退配信をすると公表した。
ルリアの魂引退の日。
集まってくれた、今まで応援してくれたファンの名前を一人でも多く呼んで、一つでも多くの感謝を伝えたい。
その為に、単にルリアは雑談配信をする予定だった。
だがそこには、ルリアが名前を呼び続ける事が出来ない程の大量のコメントが流れ続けた。
今までありがとう。
そんな感謝を表すコメントと共に、色とりどりの、様々な金額を表す投げ銭が流れ続けた。
その日だけで収益が2000万に到達したとさえ言われている。
結局金稼ぎかよ。
俺らの感動を食い物にしやがって。
そんな意見も当然あった。
感謝も、怒りも、悲しみも、妬みも、笑いも、僻みも、何もかも。
あらゆる感情を乗せて流れていくその光景を、誰かが『灯篭流しのようだ』と言った。
死者の魂を弔うため、火を灯した灯篭を川に流す灯篭流し。
そこに込められた祈りは、灯篭の数だけ在って良い。
皆の想いは、電子の海に流れて行った。
「今じゃ灯篭流しはVの退職金稼ぎの場ですもんね」
「そんなつもりはなかったんですよ? 本当に、ただ、ルリアちゃんを認めてくれて、楽しい時間を一緒に過ごしてくれた皆に感謝を伝えたいだけ、だったのに…」
「でも今や灯篭流しは、業界の立派なビジネスモデルのひとつですもんね。それは、高宮さんが、僕たちファンの魂の在り方を変えてくれたからだと思ってます……とかなんとか言って、別に僕は当時その場に居た訳でもなんでもないんですけど…」
「いえ。その時その場に居なかった人達にも、ルリアちゃんって言う存在を届ける事が、私が本当に望む未来でしたから。それで良いんです。ルリアちゃんを好きで居てくれて、ありがとうございます」
「…それで。あの時のお金って結局どうなったんです?」
「ナイショです……と言うか、今この面接に来てるって時点で察して下さいよ。私今、お金に困ってるんですから」
「…ああ、そうか。それは確かに……すごい人ですね、高宮さんは」
「いえ、そんな」
「でもどうしてウチみたいな、しかもレジ打ちの募集に? 高宮さんの前職なら、幾らだって働き口なんてあるでしょうに」
「それは―――」
面接からの帰り道。
夏の盛りを告げる蝉の音が聞こえる。
高宮は、ふと公園の前で足を止める。
蝉の抜け殻を見付けて嬉しそうに拾い上げる子供の姿。
毎日を大切に、懸命に生きさえすれば。
魂の無き後も、その器は人を喜ばせる事が出来る。
そんな器を残して、魂は次の舞台に飛び立つ。
そこで命の限り鳴き続け、魂を次の世代へとつなげていく。
高宮は、頬をひと撫でする。
それはルリアの魂の泣き跡。
今でも魂はつながり続けてそこに在ると言う、しるし。
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