「モンストロマン」2-5

 入り口近くのロビーから、建物の二階に上がり、そこから繋がる廊下を奥に行くとまた部屋があった。位置的に考えて、真下にはメイチスの部屋がある。一階と二階で建物が同じ間取りをしているようだ。ジャックは部屋の前に立ち、ドアをノックした。
「どうぞ」
 中から、牧師長の声がした。ドアノブに手をかけて引く。中に入ると、やはりメイチスの部屋と同じような造りになっている。違うのは内装だけで、ベッドがなく、本棚がメイチスの部屋の倍ある。生活に使用する部屋というよりは、応接室として使われているような印象を受ける。
「そちらの椅子にどうぞ」
 牧師長が指し示した椅子にジャックは座る。牧師長は立派なマホガニーの机を挟んで対面にある、自分の椅子に座っていた。
「子供たちは?」ジャックが尋ねる。
「別の者に任せてきました。いまは施設についての説明を受けているはずです」牧師長が答える。
「そうか……、しかし、まえからこんな活動を?」
「こんな活動とは?」
「孤児院だ。わざわざ札幌で慈善事業をやる人間は珍しい」
「最近になって始めたことですよ」牧師長は微笑む。「元は教会を建てる事業計画が本国で持ち上がったのですがね。最近になって孤児を救済するための予算が支給されたのです」
「アメリカはまだ、ここを文明化しようとしてるのか」ジャックは笑った。
「おかしいですか?」
「いいや、あなた方の活動は立派だよ、それを笑ったわけじゃない。こんな無法の地にもいずれ法がしかれて、政府なんかも建つのだろう。自由なフロンティア、悪党の楽園はこの世から消え失せるわけだ」
「あなたはそれを喜べませんか? 無意味に傷つく人々を助けることができます」牧師長が質問する。
「正直、分からないよ。本当なら、喜ぶべきことかもしれない。けどここは、世界中のどこにも居場所がない人間たちが集まってできた場所だ。そんな場所を綺麗に掃除したら、どうなってしまうのか、とね」ジャックは目を閉じて、少し黙ったあと、もう一度言葉を続ける。「僕にはあなた方が持っているような善性がない。だから、平和を喜ぶことは絶対にできない」
「子供たちから聞きましたが、あなたは彼らを助けたのでしょう?」牧師長はジャックの目をまっすぐに見た。「それはあなたの善性から生まれた行動ではないのですか?」
「違う」ジャックはすぐに答えた。「あのときは情報を手に入れる目的があった。トラブルが起きたとき、ソーヤ……、つまりは協力者に頼まれなければ見殺しにしていた」
「それでも、結果的には善い行いを、あなたはしてくれました」
 ジャックは牧師長の言葉を聞いて、顔をしかめる。他人が勝手に、自分を印象づけるのは構わない、だが、それを面と向かって押しつけられるのは気分が悪い。
「やめよう、こんな話は。お互いに無意味だ。もともと、あなたから情報を聞くのがメイチスとの約束だ」
「そうでしたね。私は何をお話すればよいのでしょうか」
「子供たちの失踪は知っているか?」
「ええ、メイチスや他の牧師から報告を受けています」
「今回の件で子供たちを囲っていた人間。『パパ』と呼ばれていた男だが、奴はとある組織に子供を売り渡していたらしい」
「ひどい話です」さすがに牧師長も表情が険しくなる。
「奴によると、取引相手は自らを教団、と自称していたらしい。この考えは安直かもしれないけど、何かのカルトが関わっているのかもしれない」
「宗教家なら、何か心当たりがあるかもしれないと?」
「まあ、メイチスの提案だが。何か知っていれば教えてほしい」
 牧師長は首を横に振った。ノー、という意味だ。
「ただの噂でも良い」ジャックが言う。
「この土地で何か宗教的な組織があるという話を、私は聞いたことがありません」
「そうか」ジャックは肩をすくめた後で、席を立とうとする。
「教団というのは本当の宗教ではなく、その人物が比喩で使った表現かもしれません」牧師長は、ジャックが座りなおしたのを見てから続けた。「企業、あるいは犯罪組織が、厳しい戒律の元で。何かの目標をもって活動する場合。それは教団とも言えるのではないでしょうか」
「比喩か。そういった考えもあると、覚えておく」ジャックは立ち上がる。「牧師、ところで時間を聞いても良いかな」
 牧師は袖をまくって、腕時計を見た。
「十六時、の少し前ですね。なにかご予定が?」
「大事な約束があってね。牧師、あなたには感謝する。面白い意見だった」
「いいえ、あなたにはメイチスが助けられましたから。また、いずれ子供たちの様子を見に来てくださいね」
 ジャックは牧師長の部屋を後にする。階段を下りた先、ロビーでソーヤを見かけた。かれの方に手を振ると、ソーヤは深くお辞儀をした。成り行きで助けただけの話であって、感謝されるほどのことはしていない、そのはずだった。
 ロビーを出て、庭園を歩く。門に辿りつくまでの道でジャックは、キティが今頃どうしているか、それだけを考えることにした。

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