よの14 宇宙人
こんな人を見かけたことありませんか?
見た目はいたって普通の地球人。
なのに何か違う独特な雰囲気を持っている。
何気なく街で歩いていて、ふと目の前に現れる。
まるで私を知っているかのように。
にやにやとこちらを見ている。
その目は違う世界の目。
もしかすると、
その特徴は宇宙人・・
なのかもしれません。
昨年新しく職場に入った前田さん。
寡黙で目立たない、ごく普通の会社員だが、
何か人とは違う独特な雰囲気を持っているのだ。
行動はいたって普通で、
他の人と変わったところもなさそうなのに、何か不思議な雰囲気を感じさせることが不思議なのだ。
それは。
まるで地球人ではないかのような。
先月のある日、デスクで仕事中にふと視線を感じた方向を見ると、前田さんがこちらを見ていた。
その目はこちらを見ているようないないような、別の世界を見ているかのような、吸いこまれそうな不思議な目だった。
もしかして。
と私は思った。
ある日曜日の休みに、近所を散歩していると偶然前田さんに出くわした。特に親しいわけでもないので、お互い言葉も交わさず軽く会釈をして通り過ぎた。
一瞬、前田さんは隣りの県に住んでいるので何でこんなところに?
と思って振り返ると、
あれ?
何故かそこに前田さんの姿はなかった。
もしかして。
と私はさらに強く思った。
以来、なぜか仕事場で頻繁に前田さんと出くわす場面が増えた。
もともと親しい仲ではなかったが、日々を追うごとに前田さんに対する何か親近感のようなものが生まれてきた。
それにしても。
前田さんは不思議な人だ。
独特な雰囲気があるのに色がまったくないのだ。
性格も仕事もいたって普通。
すごくできるわけでもなく、全くできないわけでもない。
控えめで気配も薄く、どこにいるか分からないような人なのに、やたら独特な雰囲気だけはあるのだ。
前田さんは煙草は吸わない。
打ち上げで酒は飲むが酔った顔を見たことがない。
女性にもいたって興味がないという感じだ。
そして前田さんは声が高い。
耳は少しだけ大きい。
そして前田さんは記憶力が異常に良い。
なのになぜか一般常識を知らなすぎる。
そのたびに先輩に注意されるのだ。
まるで、はじめて地球に来たかのように。
最近前田さんと仕事をする機会が増えた。
その仕事中、
時折前田さんの口から、一瞬、何語か分からない言葉が出る。
一瞬手を止め耳を疑うが、何事もなかったように作業に戻る。
しかし私は聞き逃さなかった。
これはもう、あきらかに。
・・である。
私は確信した。
そしてその日以来その確証をつかむため、日々注意を凝らして前田さんを観察し始めた。
だがしかし。
頻繁に前田さんと接触できていたにも関わらす、
それ以上の確証をつかむような出来事は起こらなかった。
*******
諦めかけていた頃、たまたま前田さんと二人きりで食事をする機会があった。
以前より親近感が増してきたせいか、前田さんも私には心を許してきているようで、会話はいつもより続いた。
そして。
前田さんは少しの沈黙の後、ぽつりと言った。
「じつは、私宇宙人なんです」
あまりの唐突な発言に、何を言っているのか、一瞬意味をつかめなかった。
まさか前田さんの口からそんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかったので、私はうろたえた。
背筋がぞーっとなった。
宇宙人が宇宙人ですと告白する?
しかし冗談を言っているようにも思えない。
そもそも冗談を言うような人ではないのだ。
前田さんが宇宙人。
やっぱり、そうだったのか。
という思い。
と同時に本当に宇宙人がいたんだということで今一度衝撃を受けた。
そして。
私は今宇宙人と食事をしているのだ。
この初宇宙人の告白に完全に戸惑いながら、
「え?そうなの?」
と、あ、そうだったんだ、やっぱり。みたいな感じで軽く受け答えしていた。
正直戸惑いすぎて、その時にどんな会話をしたかも覚えていない。
*******
その日以来、私の前田さんの見る目が変わった。
私は宇宙人と仕事をしているのだ。
そして前田さんが宇宙人だと知っているのは私だけなのだ。
前田さんが地球に来た目的は、地球人として生活し庶民の生活を観察することだそうだ。
だから、前田さんは地球人として就職し仕事をしているのだ。
普段の生活はいたって普通だ。
会社の打ち上げにも参加するし、カラオケにも行く。スーパーに買い物にも行くし、料理も作る。
食材はオーガニック嗜好だ。
体にも気をつけているらしい。
前田さんの故郷の星については、
当然ながら情報の多くは公言できないそうだ。
当然文明は3000年くらい進んでいて、凄い技術も沢山ある。その一部を教えてもらったが、当然地球の環境下では使えないのだ。
それでも私は宇宙人から直接話しが聞ける幸運に、ちょっとした優越感を感じながら日々を送った。
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そして半年後。
前田さんが宇宙人だということに慣れ、優越感も無くなって来た頃、ある疑問がふと頭をよぎった。
前田さんは本当に宇宙人なのだろうか?
本人が言うのだから間違いないとは思うが。
そもそも宇宙人かどうか、どうやって判断できるのだろうか?
前田さんは何度か故郷の星のことを話してくれた。
だが、それが本当かどうか、どうやって分かるのだろうか?
素晴らしく進んだ技術の話にしたって結局地球の環境下では使えないのだ。
本当かどうかをどうやって証明できるだろう。
どこかの本で読んだ情報なのかもしれない。
すっかり地球の生活に溶け込んでいるようにみえる前田さんは、宇宙人が地球人の振りをしているとも見えるし、逆に、ただの地球人とも見える。
結局宇宙人とも言えるし地球人とも言えるのだ。
その境目はどこで判断するのだろうか?
何だかよく分からなくなりかけた頃、
再び私は前田さんに食事に誘われた。
その食事の席で前田さんの友人を紹介された。
そしてその友人も実は宇宙人なのだと告げられた。
宇宙人が2人。
目の前にいる。
私は固唾を飲んだ。
それにしても、どうして突然友人を紹介してきたのか。
もしかすると、私の疑いを察したのかもしれない。
背筋に緊張感が走った。
一体どんな会話が飛び出すのだろうか。
私は宇宙人達の言葉ひとつひとつを注意深く聞いた。
しかし。
会話はいたって普通だった。
最近のプロ野球だとか芸能界だとか、正直どうでもいいし、わざわざそんな話しを聞きにきたのかと思うと、すっかり拍子抜けしてしまった。
結局、宇宙人らしいことは何一つ聞き出せないまま、
来月3人で巨人戦を観にいきましょうという結論で終わった。
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翌日私は自宅で朝食を食べながら、昨日はいったい全体何だったのか?と反芻した。
まてよ。
ふと、ある疑問が脳裏に浮かんだ。
昨日も。そしてこの間も。
何だか、どんな会話をしたのか、ところどころ内容を覚えていないような気がする。
もしかして。
記憶を消されてるいるのではないだろうか?
宇宙人達と目を合わせたときのあの吸い込まれるような不思議な感覚。
不都合な記憶を消しているのかもしれない。
そうだ。
彼らが地球に来た目的は地球人として暮らすこと。そして地球人を観察すること。
宇宙人らしくみえないのは、彼らが任務を全うしているからなのだ。
やっぱり、彼らは宇宙人だったのだ。
私は少し興奮気味に朝食のパンを噛みしめた。
しかし。
しかしながら。
まてよ。
彼らが宇宙人だったとしても、宇宙人じゃなかったとしても、ただ普通の地球人として生活をしているわけだから、結局のところ私には何も関係ないし、どうでもいいことなのではないだろうか?
まったくもって私の生活は何も変わらないのだから。
つまり。
結果それはどうでもいいことなのだ。
そう気づいてしまった私はコーヒーを飲み干し、
久しぶりに解放された晴れ晴れとした気分で会社に向かった。
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こんな人があなたの職場にもいませんか?
見た目はいたって普通の地球人。
なのに何か違う独特な雰囲気を持っている。
もしかして、それは・・。
もっとも、いたとしても何かある、
というわけではありませんが。
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kawawano