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期待を好まない人がいないならば

 期待を裏切るのは辛いことだ。それは、期待を裏切られたらイヤだからである。自分がイヤなことは他人にもしないのは、子供でも分かる道理だが、子供ならばすぐに破ってしまう約束でもある。そして大人といえば、結局、それをわざと裏切ろうとする。なぜならそうしたほうがかっこいいからだ、「あえて」することは素人にはできない、だからかっこいい。そんなふうに。

 でも、私たちは誰も「裏切り」を望んでいない。だってイヤな気持ちになるからだ。そんな気持ちになったことは、1度や2度ではないはずだ。取り返しのつかない思い出に後悔することもある。それくらい、期待に応えないことは重たいことだと私たちは知っている。
 その一方で「期待」はお金になる。それは煽ることでお金を出させる動機を作るからだ。私たちは期待を大切にしているからこそ、お金を払う価値も見出す。そして同時に、私たちは他人へそのことを利用してお金を出させる。期待を煽ることで。煽るとは裏切るかもしれないということだ。期待させて、させて、そして、満足させてくれるかは分からない。
 そんなことが当たり前の世の中で、それでもなお期待は裏切られたくないものだ。その気持ちを忘れてはならない。忘れては、すぐに裏切る方へ向いてしまう。その方が利益になるし、楽だからだ。

 せっかく誰かを期待させたのなら、それを裏切ることではなく、その期待に応えることを第1に考えたい。私たちは皆、期待することが好きだし、それが満足することがもっと好きで、楽しい。その気持ちを考えれば、誰かの期待に応えることもまた、大切なことだと感じられる。

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