cinepedia:「PERFECT DAYS」平山をプロファイリング
「映画について考えることは幸せである」ーーー以下、ネタバレあり。あくまでも個人的妄想です。
来歴
神奈川県鎌倉市に生まれ育つ。父は元国会議員。母は大手食品メーカーの令嬢。平山は長男であり妹がひとりいる。
父は平山を将来地盤を引き継ぎ政治家となることを期待していたが、父親の権威気質と女癖の悪さを嫌い、中学時代から反発。70年代のオルタナティブなロックミュージックと文学に傾倒、大学時代に親の反対を押し切って同棲結婚し、一女を授かる。
音楽と文学に傾倒
生活のために大学を休学することもあったが、母の支援もあり卒業。母の口利きで一般企業に就職するも数年で退職。会社員が馴染めず、妻子を養うので精一杯で音楽と文学を楽しめないことが苦痛だった。その後、大学時代の友人のライブハウスを手伝うようになるが、教員となった妻よりも収入は少なかった。
一方、母には姉がふたりいたが、いずれも子宝に恵まれなかったことから、一家の継承者として平山の妹が指名された。妹は両親の勧めるままに大学に進み、卒業後同じ大学の研究医と結婚。夫は研究に没頭し、事業家としての素質は皆無だったので、平山の妹が食品メーカーの代表となった。
経営者の道へ
平山はライブハウスの仕事で満足していたが、団地住まいの平山の暮らしを母が不憫に思い、資金を出し平山に自らのライブハウスを持たせた。平山はライブハウス一つでじゅうぶんに満足していたが、父との和解を期待する母が、事業家として平山に成功してほしいとの思いで、銀行とかけあい、音楽教育事業をプラスすることでライブハウスを全国展開する会社を設立し、平山を社長に据えた。
会社は順調に売り上げを伸ばし、事業が成長する一方、現場から離れ、経営に専念しなければならない平山の心は虚ろだった。妻は現場を離れることなく教員を続け、娘も順調に成長した。北鎌倉の実家の近くに一軒家を構え、佐島に別荘とクルーザーを持つまでになった。父は与党の要職に就き、いまだに女遊びを辞めず、実家に寄り付くことはなかった。
音楽祭での衝撃
平山が50歳の時、サンタフェの音楽祭があるから行かないかと知人に誘われ、渡米した。音楽祭のあいだに知人の案内でネイティブ・インディアンのセミナーに参加した。砂漠の荒野、日が暮れる中、焚火を囲んで瞑想し、葉っぱを回し飲む。平山はそこで何も感じなかった。
翌日、音楽祭の最終日、10組のアーチストが出演するステージの3番目に、眼鏡をかけ、黒いTシャツと黒いスリムジーンズ姿の初老の男がひとり立った。男は使い慣れたエピフォンのセミアコギターで弦をアルペジオすると「PERFACT DAY」を弾き語り始めた。
会場はざわついており、ステージに注目するものはすくなかった。午後の日が眩しい時間帯で音楽に集中するには明るすぎた。しかし平山が彼がルー・リードであることを知り、けしてうまくないギターの伴奏でリズムも音程も不安定で不明瞭な発音で唄うルー・リードの「PERFECT DAY」が平山の心を打った。
すべてを放り出し
平山は帰国すると社長を辞め、離婚を切り出した。妻にも娘にも母にも父にも妹にも反対されたが平山は財産は一切いらない、ただひとりになりたいと譲らなかった。平山は家を出た。それから十余年、平山はスカイツリーが見える場所にある風呂なしアパートにひとりで済み、渋谷区のトイレ清掃員として働き、静かに暮らしている。質素だが満たされた日々を。
人物像・日常
平山は江東区のアパートから軽自動車で渋谷区まで向かい、主に7つのトイレを巡回して清掃している。担当しているのは、槇文彦の恵比寿東公園トイレ、隈研吾の鍋島松濤公園トイレ、片山正道の恵比寿公園トイレ、坂茂の代々木深町小公園トイレ・はるのおがわコニュニティパークトイレ、安藤忠雄の神宮通公園トイレ、伊東豊雄の代々木八幡トイレである。
勤務日
平山は朝5時15分に起床。身支度をして5時30分にアパートを出る。敷地内の自動販売機でBOSSカフェオレを1缶買い、愛車に乗る。運転しながらBOSSを飲む。これが朝食。6時に恵比寿東公園に到着。事務所には寄らず現場へ直行。トイレ掃除をいくつか巡回し、代々木八幡トイレの清掃を終えると、近くのローソン元代々木店で買ったサンドウィッチと牛乳を持って代々木八幡宮の杜で昼食をとる。杜では胸のポケットから愛用のオリンパスXRを取り出し、木漏れ日をファインダーを覗かずに撮影。
昼食をすますと愛車で帰宅。着替えて自転車で電気湯へ。15時の開店と同時に入り、体を洗い、自転車で一旦帰宅。休憩ののち、着替えてアパートから自転車で東武浅草駅へ。地下にある銀座線6番出口直結の浅草地下商店街の大衆酒場・福ちゃんでチューハイを飲み、簡単な夕食を済ませ、自転車でアパートへ戻る。浅草と墨東への往復には桜橋を利用する。帰宅した平山では布団に横になりながら眠りに落ちるまで本を読む。
公休日
勤務日よりゆっくり寝る。日が昇ってから起き、洗濯物を使い古したトートバッグに入れ、アパートを出る。すぐ近くの江東天祖神社で参拝してから自転車で浅草へ。コインランドリーさくらゆで洗濯物を洗う。墨東にもどり、文房具屋・十字屋でフィルムを現像に出し、現像した写真を受け取り、フィルムを交換する。
アパートに戻ってから住まいの掃除。畳部屋の掃除は、新聞紙を水に濡らせて、ちぎり投げ、江戸箒で掃いた新聞紙をはりみの塵取ですくうという昭和なスタイル。掃除を終えると現像した写真を仕分けし、出来のいいものはアルミ缶に入れ、押入れに月ごとにラベリングしてしまう。終えるとラジカセでカセットテープの音楽を聴きながら昼寝。
お午後になると自転車で浅草に出る。伝法院通り商店街にある古本屋・地球堂書店に入り、100円コーナーの本棚を物色。一冊だけ買い、自転車でスナック・紅の灯ノヴへ。贔屓のママからお通しを余分にもらい、常連客の嫉妬を集めながらチューハイを飲む。暗くなってからライトアップで美しい桜橋を自転車で墨東へ。帰宅し本を読みながら眠りにつく。
生活の収支
収入
清掃員としては一日7時間、隔週で週休二日。5日勤務の週と6日勤務の週があり、月に平均24日出勤。そのうち平日が20日で土日祝日が4日とする。
東京サニテイションの公園清掃員の、平日の時給は1,428円、土日祝は1,714円。計算すると月給は247,912円(総支給額、交通費を除く)。社会保険料を差し引くと手取りがざっと20万円。パート社員なのでボーナスはない。公園のトイレ清掃は365日行われるので、年末年始やGWなどの休みもなく、月平均して同じ労働時間。年収は300万前後。
平山はパート雇用社員。社会保険はすべてつく。働きぶりから正社員への登用を度々打診されているが、固辞している。したがって賞与はない。有給は社員同様。人材不足ゆえ消化できるかは別問題。
年金に関しては、非正規雇用期間も長く、また経営者であったことから、国民年金受給額は満額とは言えず、半分程度、月に3万円ほどを65歳から受給開始。手をつけず貯蓄している。
支出
アパートの賃料が駐車代込みで6万円。平山の住まいは、メゾネットタイプで1階に台所とトイレ、ほぼ物置になっている洋間。二階に六畳と三畳の和室。築年50年以上の古いアパートだが、専有面積が30平米以上ある。水道ガス電気の光熱費は最低1万円。
風呂がないので銭湯に通っている。東京都の銭湯代は1回520円。週6で火曜と1万3,000円。勤務日は朝食に缶コーヒーを飲む。1本120円を24日で2,880円。昼食のサンドウィッチと牛乳はローソンで買うので450円。24日で1万800円。以上で9万6,680円。ここまででざっと10万は毎月かかる。
平山は頻繁に大衆酒場・福ちゃんに通っている。福ちゃんはサワー系は350円、焼きそばも350円、つまみは冷奴の200円からある。毎回チューハイ2杯とつまみとやきそばなどを食べるので、1回1,350円。週4で通うと月に17日として2万2,950円。公休日にはスナック・紅の灯ノヴへ通う。ママに贔屓されているので1回3,000円。公休日は月に6回だから1万8,000円。飲み代でざっと4万円。
公休日の支出として欠かせないのが洗濯代。極めて洗濯物が少ないにせよ1回300円で月に1,800円。趣味の写真撮影がモノクロ・フィルムで、現像・印刷・フィルム1巻で3,300円。月に1万9,800円。100円の古本を休みのたびに1冊買うので600円。
以上を合計すると16万2,200円。この他に飲みに行かない日の夕食代を含めた雑費を合わせると17万円を支出している。
収支のまとめ
手取りが20万と年金3万で23万。毎月の支出が17万。毎月6万余る計算だが、愛車の維持費、医療費などを考えると余裕はない。66歳の平山が70歳以降も月に24日も働き続けるとは考えにくい。
エピソード
服装には気を使わないように思われるが、本人しかわからないこだわりがある。寝る時には半袖Tシャツとステテコ。Tシャツはグレーのヘンリーネックで胸ポケット付。ステテコはユニクロのエアリズムで色はネイビー。ステテコにパンツは履かない。
寝起きにTシャツとステテコを着替えることなく、出勤日にはそのままThe TOKYO TOILETのロゴが白字で印刷された青色のつなぎを着る。靴下を履き、作業靴は白にグレーのジャーマン・トレーナー。
仕事から戻るとつなぎを脱いでユニクロのレギュラーフィットチノを履き、Tシャツの上からフランネルシャツを羽織る。色は焦げ茶で柄は無地。ボタンダウンカラーのボタンは外したままで前のボタンも締めず、羽織のように着る。
銭湯に行く際は、サンダル履き。天候が怪しい時はおしゃれ長靴を履き、フード付きの茶色いオーバーコートを羽織る。コートはブロックテック地で防水加工。
休みの日は、ヘンリーネックTシャツの上に、デニムシャツを着る。前のボタンはやはり締めない。サイズはオーバー気味が好み。勤務日にはしない腕時計をし、ニューバランス996のグレーを好んで履く。
カセットテープを収納する棚には70年代のロックミュージックに混ざって、古今亭志ん生のテープもある。文庫本であふれた本棚には新潮文庫の青表紙・村上春樹の小説も積んである。最近読んだのはフォークナー「野生の棕櫚」、幸田文「木」で、パトリシア・ハイスミス「11の物語」を読み始めた。
気がむしゃくしゃした時はサントリーの角ハイボール缶を買って桜橋のたもとで飲むことがある。若いころにはピースを吸っていた。現在は一口吸うだけで激しく咳き込む。
清掃員をしているだけあって住まいも小まめに清掃し、モノは極めてすくなく、小ぎれいにしているが、1階の洋間は物置状態で足の踏み場もない。ダンボールに平山の過去を封印したまま断捨離することもできずにいる。
口数少なくだれに対しても必要以上に喋らないが、困っている人に対しては親切である。姪に対しては自分の娘に対するかのようにやさしい口調になる。日々のささやかな軋轢に対しては、木漏れ日などの光の反射を見つけることでやり過ごす。
代々木八幡宮の神主とは旧知で、神社の杜でかえでの苗木を見つけると許可を得て持ち帰る。住まい2階の一間はそうして持ち帰った苗を鉢植えにして、日々大切に育てている。
じつは酒を飲むグラスにもこだわりが。チューハイを飲むにあたり、取っ手付の中ジョッキは好まない。東洋佐々木ガラスの、435mlタンブラーグラスを自ら用意して、福ちゃんと紅の灯ノヴに置いてもらっている。けして高価なものではなく、6個で2,649円(アマゾン価格、2024年2月15日現在)。
甘党でもあり、鎌倉紅谷のクルミッ子が好物。浅草に頻繁に行くことから時々浅草演芸ホールに入り落語を聴く。好きな噺家は、志ん生、馬生、志ん朝、喜多八。みな逝ってしまったので今は贔屓はなく、正楽とアサダ二世を目当てに寄席にふらっと入る。
外部リンク
映画「PERFECT DAYS」公式サイト
ウィム・ベンダース 公式サイトー監督・脚本
高崎卓馬 X(旧ツイッター)ー共同脚本・プロデュース
柳井康治 ー企画・プロデュース
役所広司オフィシャルサイトー主演・エグゼクティブプロデューサー
The TOKYO TOILET
東京サニテイション株式会社