日本遺産No.6 「信長のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜
【戦国時代】【織田信長】
このインパクト相当ではありませんか?
歴史に関心を持つとき、戦国時代を入り口の1つにする場合があります。
まさに、すけがその1人です。
そのため、この事例もNo.3「加賀前田家ゆかりのまち高岡」に引き続きテンションが高めです。
すけです。
よろしくお願いします!
日本遺産事例の概要とイチオシを紹介していきます✨
概要紹介
日本遺産No.6
「信長のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜
織田信長による、おもてなしを背景にした物語です。
織田信長は美濃を手に入れた際、地名を岐阜と名付け「天下布武」を掲げ、岐阜城を拠点として天下統一を目指しました。
岐阜城は魅せる城としておもてなしの空間を生み出しました
金華山・長良川の眺めによる景観や晩餐会による「おもてなし」が存在します。
東京にオリンピックを招致した際の公約でもある「おもてなし」
その400年以上前の姿を見れる物語はいかがでしょうか。
構成文化財
①岐阜城跡と復興天守関連
②長良川と鵜飼関連、鮎鮨
③歴史的な町並みと歴史ある店舗
④寺社
⑤岐阜の大仏、提灯、団扇(うちわ)、和傘
上記などが認定されています。
↑文化庁による詳細ページです。参考にしました。
イチオシ
公式のイチオシ
この事例のイチオシポイントは、、、、、の前に、この事例では公式ホームページにて3つの押しポイントを「信長流おもてなし三つのSHINZUI!」としてまとめています。
そのため、まずはこの3ポイントをお伝えします。
①岐阜城訪問
②長良川の鵜飼い閲覧
③金華山や長良川の美しい自然と景観
上記の3つです。
↑公式ホームページによる3つのポイント
すけのイチオシ
この事例の中ですけがイチオシするのは、「鵜飼」です。
何故なら、長良川の鵜飼を以前から聞いたことがあったものの実際に行けたことがないからです。
鵜飼遊覧は信長がおもてなしとして用いた体験です。
これを信長の亡くなってから、400年以上たった今味わうことが出来るのです。
これに、テンションが上がって、自分がしてみたいと思いオススメします。
「鵜飼の遊覧船はハードルが高いっ」という方には、長良川沿いに長良川うかいミュージアムがあります。ここで、鵜飼文化の紹介をしているため、ここに足を運ぶのも良いと思います。
以上が
Story No.6
「信長のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜
「概要紹介」と「すけのイチオシ」です。
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