『月の落とし子』(早川書房)穂波 了 著
マルチバース、つまり私たちが住む世界とそっくりな世界は他にも存在するのでは。
そして『月の落とし子』作者である穂波さんはどちらも自由に行き来出来るのでは──本書を読みながら次第に私はそんな妄想に取り憑かれていった。
もし、COVID-19が世界中で猛威を振るっていない2020年があるとして。
だとしたら、その後は平和な日々が待っているのかと言われると、そうではない気がしてしまう。SF映画などの設定でありがちだが、歴史上で重大な事件は阻止しようとしても別の形で必ず降り掛かってくるものだ。結局人々は混乱の渦中にあるのでは、とネガティブな方に考えてしまう。
つまり、COVID-19が猛威を振るわなかったもう一つの我々の世界、それがバイオハザードミステリー小説『月の落とし子』なのではないだろうか、などと考えてしまう。
物語は、太陽光が届かぬ永久影、マイナス190℃の月面クレーターから始まる。宇宙飛行士である工藤 晃は仲間と共にオリオン3号に搭乗し、調査のため月へ訪れていた。しかし、クレーター内で採掘作業をしていたエドガー船長とフレッド副船長が突如もがき苦しみ、そして吐血する。
晃達はエドガーらを船内に連れ戻すが、すでに2人は息絶えていた。その後、船長達を襲ったのは、月面に潜んでいたウイルスだと知る。しかし、感染症対策医療器具の無い船内では為す術もなく、他の船員達も犠牲となっていく。地球に帰還しなければこのまま全滅は免れない。戻ろうとする彼らに、NASAは待ったをかける。アメリカ大統領の着陸許可がおりないのだ。未知のウイルスを連れての帰還は容易には許可できないのは当然だろう。そんな中、JAXAは医療用シェルターを準備しているので日本へ着陸するよう晃へ伝える。だが、不幸は続く。船のオートパイロット機能が切れてしまうのだ。
そうして悲劇は起きる。
船橋市のタワーマンションに落下した宇宙船。炎と巨大な黒煙に包まれるマンション、落下する巨大な瓦礫。しかしそれだけで無い。この船には殺人ウイルスが潜んでいるのだ──。
パンデミック、これは我々が今まさに経験していることだ。残念ながら2020年11月現在、私たちは混乱の最中におり、終息の目処はたっていない。正直、この状況に疲れ切っている人も多いだろう。私はもうくたくたで、正直精神的にもつのかどうか分からない。
見えない未来と、確実な経済的不安だけしかない状況で、どうやってそれでも明日も生きていこうと思えば良いのか。
だが、私は今も生きている。完全に希望が潰えたとは思いたくない。こんな風に言えるのは、書籍の力が大きいだろう。今回のパンデミックでは、自分が読書好きであることに相当救われている。当然『月の落とし子』もその中のひとつであり、明日を見る気力をどれだけ貰ったことか。
とは言え、読んできた書籍たち全てが成功例のハッピーエンドばかりでは無い。ただ、人は失敗から学ぶことが出来る。いや、失敗例から学ぶことはかなり多いと言える。
さて、『月の落とし子』は成功例か失敗例か。いずれにせよ、得られるものは非常に多いと確実に言える。暗いニュースばかりを眺め、意気消沈しても現状は変わらない。しかし、小説の世界ならページをめくれば変わりゆく世界が待っている。
さぁ、あなたももう一つの世界がどうなっているのか是非確かめてみませんか。
本書を読んだ時点であなたの世界も『変化』は始まる、そう、あなたは自分の世界を変えることが出来るのだから。