小学生の頃の「読む」楽しみを、教科書から思い出す
小学生のころに使っていた国語の教科書って覚えていますか?
簡単に検索できるんですって。
ーとのこと。
月日は適当でも年度さえ間違わなければ良い。調べてみたら、懐かしい表紙とタイトルが次々出てきて楽しかった。
7歳の頃、帰国してすぐに小学校の校長室で、使っていた教科書について話したのを覚えている。
当時、漢字を自信満々でまちがう兄が「ヒカムラ書店でした」と、やはり堂々と言ってのけた。
アラやだ。あれはミツムラって読むのよ。母が笑って言うのを聞いて、兄が自分で爆笑している。その二人の笑っている様子に、一年生だった私も「さてはまたまちがえたまま覚えたな」と気づき、三人で大笑いした。
校長先生と教頭先生は笑ってくれていなかったけど。
三人でなんとなく気まずくなって、そのうち黙って下を向いた。
「ミツムラをヒカムラってまちがえたよね」帰宅後、三人で話してまた大笑いした。
そんな下らなくて楽しかった記憶のおかげで、今回すぐに「光村書店」と思い出せた。
何十年も思い出さなかった表紙なのに、見るとしみじみ懐かしい。
帰国して最初に読んだのが下巻の「くじらぐも」。国語は楽しいと思えた最初の話。
3年生の「つりばしわたれ」を5回音読が面倒くさくて「つつつつつ、りりりりり、ばばばばば、ししししし、わわわわわ……」と読み始めたら「ダメよそんなの」と母に笑われた。
「つばきの木から」を音読している私の声を、母に「可愛いから」と録音され、やたらに照れながら読んだのも覚えている。
6年生の時のをほとんど覚えていないのは、受験勉強にいそしんでいたからだろうか。
全部を含めて懐かしいなと見ていたら「わらぐつのなかの神様」の題で止まった。
あれっ。このタイトル、めちゃくちゃ覚えがあるぞ。
タイトルだけで胸いっぱいになる気がする。
なのに、内容を全然覚えていない!
「確か私、この話がすごく好きだった」とだけ強烈に覚えている。
なんでそんなに好きだったのだろう。
何が好きだったのか思い出したくて探して買い、読んでいると当時の自分の心境を思い出して少し恥ずかしくなった。
日々、青年にわらぐつを買ってもらえてはいるけど、自分のつくり方がマズいのではと思うおみつさんの気持ちがわかるなあ。心配しちゃうよね。
おみつさんの取り越し苦労をムフフと笑っては気分良く、くり返し読んだものだった。
小学5年生の私が、こんな展開にキュンとしたんだな。
でも私が何よりも好きだったのは、わらぐつや、わらぐつに入れた新聞紙の描写。新聞紙のカサカサする音やそれをぎゅうぎゅう詰める様子が頭の中に思いうかんで温かさを感じたのだった。
きっとここで覚えた言葉や表現があったとも思い出す。
雪が「しんしんと」ふったり、「迷信」や「あかぎれ」の意味。
「迷信」が注釈読んでも調べてもピンと来なくて、その後、言い伝えのようなことを聞く度に「それって迷信?」と母たちに聞いたのを思い出す。
今なら当たり前に使っていても、小学生の頃って、初めて出会う言葉がたくさんある。
初めて知る言葉は注釈を見たり、近くにいる母に聞いたり。母の説明する言葉の中にさらに知らない言葉が出てきちゃって。どんどん深堀りし過ぎて迷走を始めてしまうのも今となっては笑える。
わからない言葉だらけなのに、本や文を読む楽しさが子供の頃の私にはあったのだな。
そう言えば、蟻の行列とかカブトガニの歴史とか、そんな説明文が退屈だと思っていたはずなのに、今その内容を覚えている。
きっと当時の私にとって新鮮な知識だったのだ。
「知る面白さ」にワクワクした当時を思い出し懐かしく、幼い自分が愛おしいじゃないかと胸いっぱいに。