君はケニアに行ったことがあるか(後編)
さて、小学校訪問を終え、また別の国立保護区でフィールドワークを行った後は、ナイロビに戻った。
表向きは整備された大都市だが、17時以降に観光客が出歩くととんでもない目に合うという、あのナイロビだ。
ここに至るまで、僕と意中のアイちゃんの仲は全く深まっていなかった。
会話はそれなりにしていたので想いだけは募っていたし、セイコちゃんから「カワグチ、アイちゃんのこと好きなんじゃない??」と言われ「そ/// そんなことねーし!!!」と否定したりもしたので、多分その想いはバレてはいたんだと思う。
ナイロビの宿舎で最年長のムラタさんと同室になった時も、なにも言ってないのに「カワグチくん、受け身はあかんで。攻めな…」と暗にカワグチの恋愛における消極的な姿勢を正されもした。やっぱバレていたんだと思う。
ナイロビの宿舎がエグかった。
今まではなんだかんだ結構豪華なコテージやちゃんとしたホテルに泊まらせてもらったのだが、ナイロビの最終宿舎だけ急に民宿みたいになったのだ。
食事も完全に現地仕様で、味付けのないイモと豆とかだった。
予算のかけ方へたくそか!!!と思ったが、もしかしたら現地住民の暮らしを体験しよう的な企画だったのかもしれない。
宿舎でシャワーを浴びようと蛇口をひねると、シャワーの穴からコバエが大量発生した。どうやら住んでいたらしい。
もっとやばいことに、水道の蛇口からは、あの、例の、あの、口にもしたくない黒いやついるじゃん?あれ。あれがサササッと2・3匹飛び出してきた。今書いてて鳥肌たった。
普段は大の虫嫌い・昆虫のアンチである筆者だが、初日に30cmのマグナムナメクジを見て以来、大自然の中で沢山の虫に出会ってきた。
おまけに今はケニアの民宿で現地の暮らしをやっているところだ。そういう気分になっていたのか、「そりゃー虫も出ますわなあ」と別に慌てなかった。
人の恐怖心って環境が作るらしい。
確かに、キャンプ場にバッタがいても「キモ!」と思うだけだが、家の中でバッタを発見したら多分卒倒すると思う。今書いてて鳥肌たった。
帰国前日の昼間、ナイロビ市内で自由時間があった。
ガイドのゲンさんも別行動で、完全に学生だけの観光だ。
男女6人で歩いていたのだが、最年長ムラタさんとタカハシくんの男子2名がなんかスポーツの話題で盛り上がりながらスタスタ歩き、そこに入れないカワグチは単独で歩いていた。…別にそういうの昔から慣れてるし。
ふと後ろを振り返ると、女子3名が歩いている。
……あれ、すっかりケニア人気分で慣れ始めちゃってたけど、ここって割と危険なんじゃなかったっけ。
そう思い、僕は彼女たちの元に向かって一緒に歩いた。
するとアイちゃんが「よかった~、男子たち先いっちゃうんだもん。なんか私達歩いてるうちに怖くなってきちゃっててさ。気づいてくれてありがとう」と言う。
勝った。
そうだ、サッカーはできなかったが僕には心の優しさという武器があったのだ。昔から通知表に書かれてたじゃないか。「優しく同級生に接してくれます」と。「でももうちょっと自己主張しましょう」と。二つ目きっつ。
心なしか、それをきっかけにアイちゃんの僕への話しかけが多くなった気がした。きてますきてます。ルート入ってます!
2週間近くに及ぶケニア旅行も終わりに差し掛かっている。
このタイミングでのアイちゃんルート入りはちょっと遅かったが、この感じならまた帰国してからでも仲良くできるのではないだろうか。急ぐ必要はない。
その夜、タカハシくんとセイコちゃんに初めて「おれ、アイちゃんが好きだわ」と告げた。二人とも「そうでしょうねえ」という顔をしていた。
帰りに再びインドに寄る。正直街のインパクトでいうとナイロビよりムンバイの方が全然あったのが悔しいところだ。
行きのセイコちゃんのお叱りを思い出し、今度はタクシーの運ちゃんを信用せず、荷物は預けなかった。
僕、成長してます…。旅は男を一皮も二皮もむけさせたのだ。
日本に着き、空港で旅のメンバーと別れることになった。
大学4年のサカガミさん(話の都合上ほぼ登場しなかったが、実際かなり面白い人だった)が、それぞれに一通ずつ手紙を渡してくれた。
タカハシ君とはここでさよならだ。初めは何の接点も見いだせなかった男だが、もう勝手にソウルメイトのような気分でいた。ありがとな。セイコちゃんへの恋、応援するからな。
僕はなんと、セイコちゃんとアイちゃんと3人で帰ることに。
意中の人と、それをサポートしてくれる女子。最高の組み合わせだ。ここで次に会う約束を取り付けるべき場面である。アイちゃんともこの時かなりフランクに話せるようになっていた。
ただ聞いてくださいよ読者の皆さん、筆者はこのときとっっっても疲れていたのだ。
元来、杉並区から一歩出るだけで半分くらいのHPを失ってしまう人間である。この2週間の長旅、テンションでなんとかもっていたが家に近づくにつれドッと疲れが出てきたのだ。
実はアイちゃんは東京の子じゃなくて、この辺の地理にあまり慣れていなかった。電車の中で、「カワグチくん、○○駅ってどこで乗り換えればいい?」と聞いてきた。それに対し僕は、疲れていた僕は、
「わっかんね」
と冷たく答えた。
隣でアイちゃんのため息の音が、確かに聞こえた。
彼女は自分で路線表を見に行き、降りる駅を確認した。
結局同じ乗換駅で、別の電車に乗るということで別れることに。
アイちゃんが僕を見る目はさっきまでとちょっと違っていた。セイコちゃんからの「階段でスーツケース持ってあげなよ!」というアドバイスを受け、僕は彼女のスーツケースを持ち、電車の乗り口で見送った。
それ以降、アイちゃんとは会っていない。
さて、同じあいのりボーイズのタカハシ君はというと、後日しっかりセイコちゃんにメールで約束を取り付け、しっかりご飯にいき、しっかり告白してしっかりフラれたらしい。ドンマイ!!俺たちドンマイ!!!
君はケニアに行ったことがあるか?
僕はある。
ただ、そこでなにを学んできたかは今はもうわからない。
人生観が変わった気も、別にしない。
帰国後、あの鉛筆売りの少年たちのため、なにかボランティアをするぜ!というやる気があったが、2週間くらいで元の怠惰な生活に戻った。
ただ、人生でもう一度、あの地に行ってみたいという気持ちが残った。
杉並区からは出たくないけど、ケニアには行きたい。
30cmのナメクジはもう見たくないけど、ケニアには行きたい。
そう思わせる何かがある国だったのか、あの旅でやり残したことがあったのか、それも今は忘れてしまった。
空港で大学4年のサカガミさんがくれた手紙には、こう書いてあった。
「カワグチ君は出会った中で一番優しい人でした。優しくあり続けることって、とっても難しいことだと思います。」
たしかに、優しくあり続けることは難しかった。それを忘れないように、この手紙は今でも大事にとってある。
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