モンゴルときもの旅日記⑥~モンゴルで『月刊 岩ときもの』*遊牧民のお宅で着物の着付けをやってみた(3)~
モンゴルで『月刊 岩ときもの』(※)の撮影に協力してくれる現役美容師のツォルモンゲレル(Tsolmongerel)さんと、モデルの専門学校に通うアルワン(Arban)ちゃんの着付けが無事に完了し、カメラと三脚を抱えてゲルの外に出ると、辺りは薄暗くなっていた。
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日の入り寸前の空。徐々に暗くなっていく。
これで写真が撮れなければ、何のためにモンゴルまでやってきたのか分からなくなる。
これはやばい、やばいぞ・・・
ドギマギしながらカメラと三脚を持ってゲルから出、どんな感じで撮ろうかとオロオロしていたら、ゲルのご主人のDashtseren Tseegii(ツェギー)さんが、「馬を準備しておいたよー」と声をかけてくれた。
ボルガーが「カメラマンりょーこさん、指示出して!」とはっぱをかける。
まもなく日が暮れる。もたもたしている暇はないのだ。ここは腹をくくるしかない。
「よし!では、どちらかが馬に乗って、どちらかがたずなを引いて!」
と指示をして、ツォルモンゲレルさんが馬に乗って、アルワンちゃんが手綱を引いてくれた写真が無事撮れた。
ここで言い訳をしておこう。この撮影で使った着物は、化学繊維の反物で仕立てられた洗える着物である。おてんばな行動をしても、後で洗濯機で洗えるようにと思って持ってきた。
「お着物をそんな風に扱うなんて許せない!」というお考えの方は、この先の展開は危険すぎるので、ページをそっと閉じていただきたい。
「あっちの小屋に今、山羊と羊がたくさんいるよ」と家畜小屋に連れていかれた。そこでツォルモンゲレルさんとアルワンちゃんが真っ先に取った行動は、山羊・羊を捕えることだった。
着物を着ていて足さばきが悪いだろうに、まずは、と山羊と羊を捕まえたのである。条件反射としかいいようのない素早さだ。
これは、この撮影のためになされた行動なのだろうか?
いや、そうではないかもしれない。
子供のころに家畜の世話をしたことのあるモンゴル人あるある、なのではないか?
なぜそう考えたのかを、以下に記してみる。
零下30度を下回る日も少なくない極寒の冬のモンゴルでは、遊牧民はゲルの中で生活し、家畜からの搾乳(乳しぼり)はほとんど行わない。春の出産に備えて草を多く食ませ、出来るだけ家畜を太らせる。
その冬の間は家畜をさばき、肉をメインにした食事をする。遊牧民の長い歴史の中、定住して作物を植える習慣がほとんどなかった。このため冬は、人間に必要な栄養素のビタミンCが不足する。それを取得するためには、春から夏にかけて茂った草原の草を食んで、ふくふくと育った家畜から乳を搾り飲食する。直接か馬乳酒として飲む、チーズ、アーロールと呼ばれる菓子として食べるなど、モンゴルの遊牧民にはそういう食習慣がある。
夏は貴重なビタミン源を摂取するために、家畜の乳しぼりが盛んにおこなわれる。搾乳は、効率よくたくさんの乳を搾ることに慣れた女性の仕事である。一家のお母さんやお姉さんがその仕事を担う。搾ろうとする度に都度都度捕まえていては効率がよろしくないので、まずは家畜を一か所に集める。
そこで夏休み中の子供たちの出番がやって来る。
モンゴルの夏休みは基本、6月~8月の3ヵ月だ。
長い長い夏休み、乳しぼりのために家畜を一か所に集める子供たちの手伝いが、生きるための一助となる。
捕まえるのは楽しいし、家畜を追うことで機敏な動きが出来るようになる。子供の身体の成長に必要な筋力やバランス、瞬発力などが鍛えられ、丈夫な身体が作られる。
こういう経験を重ねたであろう二人は、条件反射的に柵内にいる家畜を捕まえたのではないであろうか。
着物で山羊と羊と戯れる時間もそこそこに、本来の目的「月刊 岩ときもの」の写真を撮影することにした。
しかし今回は、近くに岩らしい岩は見当たらない。
この撮影の後、大きな岩とゲルを売りにした観光地に向かう予定なので、そこで本来の目的を果たすとして、ここでは遠くに見える岩山を背景にして写真を撮ってみる。
日本語の「やま」の音は、モンゴル語の山羊の「Ямаа(ヤマー)」の音と似ているから、今回の表紙は、山とЯмаа(ヤマー)をかけて、「ヤマーときもの」としてイケるんじゃないか?
ということで、撮ってみた。
そして、遊牧民の移動式住居「ゲルと着物」もしっかり記録した。
「りょーこさん、例のクマの毛皮も使って、写真を撮ったらどう?」
と、ボルガーが新たな撮影アイデアをくれた。
モンゴルの1月下旬は、気温がマイナス30度以下になることも珍しくない。それを想定して、私は日本からクマの毛のコートを持ってきていた。(この日の気温はマイナス24度)
「そうだ!毛皮と着物も撮ろう。セレブな感じで!」
日が沈んだことも忘れ、着物での撮影会は続いた。
撮影が落ち着いてきたところでボルガーが、「りょーこさんの写真、撮ってないから、二人を入れて撮りましょう」と言ってくれた。どこまでもボルガー頼りで撮影が進む。ありがたや~
そして、撮ってくれた写真がこれだ。
日本からやってきた上品な着付師のつもりで挑んだ写真だが、モンゴルの美女を侍らせる成金趣味のおいさんのような絵面になってしまった。
頭に巻いている日本手ぬぐいを、なぜそのままにして写真に写ってしまったのか。後悔先に立たずとはこういうことである。
(つづく)
※『月刊 岩ときもの』とは、着物を着て岩場に行き写真を撮り、それを雑誌の表紙風に加工してインターネット上にアップするという活動です。紙媒体はなく、インターネット上でしか見られない雑誌で(しかも表紙ばかりがたくさん!)、コアなファンの方々からは「幻のエア雑誌」と呼ばれています。
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