【短編】ある晴れた日の午後9
「あすか。ちゃんと見て、お父さんの事。これが最後なんだからね。」
祖母は私の背中をさすりながら、そう諭した。しっかりしなきゃいけないのは私の方なのにな。
おばあちゃん、ごめんね。
父の最後の姿を、私は知らなければならないし、見届けなければならない。恐る恐る視線を移して父がまだ父として保たれている状態を確認しようとした。
少し白髪の交じる髭剃り後や、閉じたまぶたのまつげ、手を組んだ指先の深爪しそうな爪の大きさ、小学生の時、近所の子供に「王子様みたい」と言わしめたすらりとした体つき、父は、確かにここに居る。
父の隣りで一晩明かすと言う父の弟と、祖母の弟と一緒にスーパードライを開けようと冷蔵庫を探した。
歩くと少し軋むカラフルな床材を眺めながら、台所の明かりをつける。台所の棚には、昨年他界した祖父のお椀とお茶碗、そして父のもの、祖母のもの、少し離れてわたしのものも並べられている。
その他の棚の食器も4枚もしくは5枚ずつ積み重なっていた。
この家で過ごしてきた家族の分だけ、それらは変わらずそこにあり続けている事を知った。
祖母や父の弟、祖母の弟と話したり、父への手紙を書いてその日は過ごした。
翌日には本当にお別れしなければならない。
眠いようで眠れない様な夜だったけど、気づいたら眠っていた。その日の夢は、覚えていなかった。
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