中華バルサワダ(大阪・お初天神)
60歳を過ぎた両親は、都会に出るとしても実家に近い関西にと望み、父親が1LDKのマンションを持っていた、京都市内の市中病院に勤め始めたのがこの4月のことだ。しかし、タイミングは悪く、世間は感染症のパンデミックが騒がれていた。外科の自分には関係ないと思ったが、コロナ受け入れも行っている大病院ではそんなことは言っていられず、そこそこ疲弊した。
5月の終わりから、週に一度、非番の日に淀屋橋のクリニックにアルバイトで来ているが、逆にそれが息抜きになっている。そして今日は、今月の始め、大阪の専門商社で働く耕平と飲んだ時に出会ったレミと、ようやく約束を取り付けることができた。
「お疲れ様!今日こっちで仕事やったんやろ?なかなか予定合わずでごめんな。梅田、迷ったやろ?慣れんとムズいよな」
持ち物や大人びた雰囲気から、さすがに20代前半には見えないが、自分より年下といっても通用するだろう。夏の始めに麻のセットアップが似合っていた。第一印象は、「働く都会の女」で、今まで自分の身の回りにはいなかったタイプだ。
若者で賑わうお初天神のメイン通りを抜けて、いくつかの飲食店がテラスを出して立ち並ぶ、細い通りに入った。一応、自分が予約した店だが、結局迷ってしまいレミに頼る形になった。こういうところが、まだ自分は田舎の男なんだろうと情けなくなる。
日本一自殺率の高いといわれる大学と、その大学病院での研修を終えて、29歳にしてようやく自由になれると思った。関東とは言え片田舎の国立大学は、3Sと言われていて、それはスタディー、スポーツ、セックス。二浪して入った医学部を留年せずに卒業し、国家資格に難なく合格できたのは、まさにそれしかすることのない環境だったからだと言えるかもしれない。
とりあえず、青島ビールと前菜の盛り合わせで乾杯する。レミは、何度かこの店に来たことがあるらしく、「杏仁豆腐がめちゃくちゃ美味しいから最後に絶対食べて!あと、もともとここは星付きのシェフが出した店なんよ。そっちは仕事でしか行ったことないねんけど。ここは入りやすいし何でも美味しいから嬉しいわ」と言われた。
あの日、友人に合わせて付いてきただけで、そんなに乗り気でなさそうでなかった彼女と、まさか二度目があるなんて思ってもみなかった。「とりあえず、そっちが大阪来るとき予定合ったら飲もか!」なんて曖昧な約束は、言った本人も忘れているものかと思った。社会に出てからの年月は彼女よりずっと浅いが、一応医者だという立場を使って、「美味しいものが食べたかったらいつでも呼んで」とLINEしたら思ったより反応が良く、こうして会うことができた。
続いて、麻婆豆腐が運ばれてくる。レミが選んだクリスピーチキンは、本家でも出している看板メニューらしい。それにしてもよく食べるなあ、と感心する。
その後も、黒酢酢豚、よだれどりなど、中華を満喫し、締めに食べた杏仁豆腐は確かに絶品だった。そしてそれよりも、美味しそうに食べる目の前の女性が可愛くて、都会に出てよかったな、と月並みなことを考える。
「美味しかったわ。ありがとう。またなんか食べに行こうな」。
年下だが誘った側だ。2人で15000円弱の会計は、自分が払った。田舎にいたときは、普段の食事には使わない額だったが、大人の都会の女性の前ではそんなことは悟られたくないし、確かに4月から収入は格段に増え、使いどころに困っていたのだ。
レミは、ここから歩いていけるところに住んでいるらしいが、「明日朝早いから」と、一軒で帰っていった。三度目があることを期待しつつ、阪急列車の改札に向かう。東通りは、広島にも茨城にも京都にもいなかったタイプの若者たちで溢れていた。
お店情報
中華バルサワダ
大阪梅田・お初天神
中華料理
中華バル サワダ - 東梅田/中華料理/ネット予約可 | 食べログ (tabelog.com)