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旬菜ダイニングCosy(大阪・今里)

私の生活する北区と中央区に、21時までの飲食店時短要請が出た。仕事で遅くなる日など、軽く食べて帰れるところもなく、サラリーマンはみな困っているはずだ。そして、先日聞いた会社の状況も、これが追い風となりさらに悪い方向に進んでいくかもしれない。そんな先の見えない日々に嫌気が差していたタイミングで、久々にアンナから連絡があった。

「こっちなら時短出てないし、うちの近くで飲もうよ」と、2人でも何度か行ったことのある今里のイタリアンで落ち合うことにした。ザ・町のイタリアンという雰囲気のその店は、夫婦二人で切り盛りしていて、味、ボリュームに見合わない価格設定に驚かされる。

「耕平君から聞いたけど、サトル君とずっと会うてるんやってな。でも特に進展ないんやろ?あんた何考えてんの」
アンナと会うのは、サトルと出会った半年前のあの夜以来だ。その間、特に大した連絡もしてなかったはずだ。なぜ、サトルとのことを知っているのだろうか。そしてそもそも、耕平、という聞き慣れない名前に戸惑う。

毎回必ず最初にオーダーする前菜盛りをつまみながら、アンナの話に耳を傾ける。ここの前菜盛りは、十種類以上あるのではないかという色とりどりの野菜、肉、魚料理が並べられていて、二人前で1,200円という破格設定だ。東京、いや、大阪でもキタなどでこれを食べようと思うと、倍以上はする。下町のレストランの安心感に、カラフェで頼んだワインも進む。

「耕平って誰やっけ。てか、なんで私がサトル君と会ってるの知ってんの」
「北浜で飲んだ時ナンパしてきた子やんか。覚えてへんの?そのサトル君の連れの子」
「ああ。あの私と同じ学校出身の子な。けど、なんでアンナ。あ、アンナあの子と会うてんの?人妻、怖いわ」
「もちろん、結婚してるってことは言ったよ。けど、あの子うちに夢中みたいやから。まあ適当に遊んだったってるわ」
話を聞くと、あの日、確か4人でLINEを交換して以降、アンナ側ももう一人の男と会っていたらしい。夫と休みが合わないのを良いことに、彼女がたまに別の男と遊んでいるのは、以前から知っていた。ただ、あの日の関係が、そちら側でも続いていたことにまで想像が及んでいなかった。

「ええから食べよ。ほら、レミの好きな白子あんで」
と、アンナが白子のグラタンと、バジル餃子をオーダーする。
「あんま変わらないとは言え、まだ20代よな。耕平君も純粋で可愛いわ。あんま遊び慣れてへん感じがするな。イケメンやけど、ちょっとダサかったやろ?サトル君はどうなん。確か、医者やろ?もう寝たん?いくら仕事が大事なレミちゃんとは言え、逃したらあかんで。しかもあんたああいうタイプ好きやろ」

新卒の22歳の頃から10年近い付き合いのアンナには、すべてお見通しだ。この前、ユウカにも同じことを言われたのを思い出す。こんな好条件な男とたまたま出会って、お互いにある程度好意が見えて、ということはそうそうない。だから逃さず決めるべきだ、と。
正直、私は、サトルの医師免許に惹かれたわけではないし、そもそも人より結婚願望や出産願望が薄い方だと思う。アンナは、今でこそ男を引っかけて遊んでいるが、新卒の頃から毎日「早く結婚したい」と言っていて、24歳、同期で一番の早さで、大学時代の先輩と入籍した。早い段階から子どもを望み、計画的に頑張っていたようだが結果はなかなか実らず、アラサーになって再び遊び歩いているというわけだ。
つまりは、私の遊び仲間と言えど、皆、何かしらのヴィジョンや思いのもとに行動している。色恋の先にあるものをこんなにも漠然としか見ていない女こそ、そうそういないのではないだろうか。

「サトル君も、私には良さようわからんけど、モテないはずはないやろ。あんたももう31なんだから、そろそろ女の幸せ掴むってのもありちゃうかな。まあ、サトル君も奥手よな。耕平君にも、レミの気持ちわからなくて悩んでるって漏らしてたらしいんやけど、ならさっさと行ってまえばええのに。あんたらすれ違いやな」
「あ、余計なこというてしもた。ごめん」
と言いながら、次はカラフェの白を頼む。

サトルとの関係は、正直よくわからない。5か月もの長い間、本当にただの飲み友達だった。ただ、普通に考えれば、本来出会うはずがなかった何も交差しない世界の男女が、そんな長い間何回も二人で食事をしているということ自体が不可解だろう。そして、この前ついに寝てしまった。酔っていたし、たった一度だから実際のところ判断はできないが、普段の言動の慣れていない感じからは想像がつかないほどに良いものだったとは思う。それが決定打になるとは言えないが、向こうも同じように思ったのなら、今後の進展というのも考えられるかもしれない。

「まあ、まだわからんやろ。逆にアンナみたいに結婚してる方が、遊びだって割り切れるけど、30超えた独身女なんてただでさえ重いし、あんまがっつかんとこと思うわ」
と笑うしかなかった。実際の私は、全く重くなんてなく、一度寝ただけで交際やその後を迫ったりする女ではない。サトルの前でも、その辺を勘違いされないように振舞えていると思うし、逆にサトルも拍子抜けしているくらいだろう。ただ、相性が良いだけでは、30代の恋愛はすんなりとは進まない。お互いの将来のビジョンを考えずに、惚れた腫れたで付き合うことほど、時間を消耗していくものはないだろう。それを言ってしまったら、この曖昧な関係を継続していくこと自体が、そもそも大きな時間の無駄だとも言えるが。

箸休めに注文した焼き野菜が届く。ここの野菜は、どこかの農家と契約したものを使っているらしく、とても新鮮で美味しい。
「ま、自立した強い女代表のレミちゃんが、お医者様夫人の専業主婦ってあんま想像つかんけどな。良い報告期待してるで」

「あ、旦那、もう帰ってくるころやわ」
と、アンナが言うので、チェックを頼む。これだけ飲み食いして8000円少しのお会計は、懐に優しい。大阪には、美味しくて安くて、かつ居心地の良い店というのが多くある。独身貴族とはいえ、高級店を日常使いするほどの稼ぎなんてない私にとって、この店のような存在は大変ありがたい。サトルは、見栄を張りたいのか、ちょうど良い店を知らないだけなのか、誰でも知っているような、値段もグルメサイトでの評価も高い店ばかり提案してくる。財布を決して出させない彼とそういう店に行くのは忍びないので、毎回こちらが被せて別の提案をしているが、その辺の感覚の違いというのも、気にならないと言えば嘘になる。

そんなことを考えながら、千日前線に乗り、日本橋で乗り換える。もうとっくに21時を回っているので、ここから先は店は開いていない。最寄り駅のコンビニで、缶チューハイを一本だけ買う。家族も恋人もいない31歳の女の週末の夜は長い。


お店情報
旬菜ダイニングCosy
大阪・今里
イタリアン
旬菜ダイニング Cosy (シュンサイダイニング コージー) - 今里(大阪メトロ)/イタリアン | 食べログ (tabelog.com)



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