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コアラ食堂(大阪・天神橋筋六丁目)

「レミさん!お久しぶりです。さすが良いお店知ってますね!」
学生時代のアルバイト先の先輩であるレミさんは、3歳上ではあったが、同じ大学の同じ学科と言うことで随分と可愛がってもらっていた。彼女が大阪にいたころはよく飲みにいっていたものだが、昨年の春、東京へ行ってからは会う機会がなかった。出張でしばらく滞在すると言うので、今日はレミさんを囲む4人での女子会だ。

相変わらず、センスが良い。あからさまなブランド物などを身に着けるタイプではないが、ブラウスもパンツもアクセサリーも一目で良いものだとわかる。大阪時代は、飲食関係のプロデュースだかの仕事に就いていて、店にも詳しい。今は、私は代が被っていないので良く知らないが、店では伝説になっていたモテ男のタクミさんとともに働いているらしい。事実婚ではあるが公私ともに一緒になっていて、理想でお似合いの2人だと俊介も言っていた。俊介。阪急列車に乗ったのは、俊介と別れた以来、1か月半ぶりだ。

「わー!美味しそう!写真撮って良いですか?」
私より1つ上の、つまり俊介と同期の奈美が言う。今日は俊介との話も聞かれるのだろうかと思うと気が重い。レンコン、カブ、ズッキーニ、添えられているのは塩だろうか?チーズ系のパウダーにも見える。どれも美味しそうだ。
「もちろん!4人分だと圧巻やね~。今日は女子会やしガンガン飲んで食べよ」
レミさんは、姉御肌なところも変わっていない。彼女がいるから大丈夫だろうと思い直す。

サラダに乗ったインカの目覚めが思いのほか温かくて驚く。レミさんが、「これ頼まなきゃね」と言ったとん平焼きの串刺しのヴィジュアルも予想できなかった。美味しいだけでなく、一工夫があって面白い。ただ綺麗なだけではないレミさんらしい店のチョイスだなと思う。
「で、俊介とはどうなん?今日は俊介のとこ泊まるん?だったらみんな大阪やし夜中まで飲めるね」
奈美が聞いてくる。避けては通れないのは当然だ。
「それが、ついこの前別れちゃって。残念ですが今夜も烏丸に帰らなきゃなんです。ご報告できてなくてすみません」
「ああ、そうなんや~。まあそういうこともあるよね。うちも結婚したはいいものの、仕事ばかりで子どもの気配さえないし。忙しい男は大変やで。お姑さんとかもあるし。愛佳ちゃんも仕事してるんやし焦らんでいこう」
そう言えば、女子会には必ず来るのであまり意識していなかったが、奈美も立派な人妻だ。長く独身だったレミさんも、タクミさんというパートナーがいるし、もう1人の参加者である2歳上の千尋は、もう子どもが5歳になったので、優しい旦那さんに任せて飲みに出れるようになったというくらい進んでいる。1番年下とはいえ、私だけ時が止まっているみたいだ。もうすぐ30代になると言うのに。

「まあ飲もうよ!ボトル空けよか」
レミさんがすかさず言う。
「ほんで、他にイイ人はいないの?今、マッチングアプリとかもあるやんか」
千尋が聞いてくる。
「私、アプリとかは苦手で。第一普通の人間で売りもないし」
「そうなん。やってみたらええのになあ。うちの旦那の会社の男の子たちも今どきはアプリで結婚らしいで」
「はあ。ごめんなさい」
「でも、もう同世代って変なのばっかかも。まともな奴は皆結婚してるか長い彼女がいて、なかなかアプリもまともなのおらんって聞くわ」
千尋はいつも辛辣だ。確かに的を射ている意見を言うが、それがグサッとくる。確かに、庁内の同期も普通に恋愛できそうな人たちからどんどん結婚していっている。公務員は安定もしているし転勤もそう多くないので早いだけだと思っていたが、友人の配偶者も大概同世代だ。男性も、独身者はもう少数派なのかもしれない。

ワインは二本目が空き、チーズをつまむ。話題は別方向にそれたが、やはり千尋の発言がひっかかる。
「レミさんも、タクミさんって憧れるなあ。2人、当時から付き合ってると思ってましたもん。それが大人になってまたって素敵」という奈美に、
「そうそう。私も30歳の時は彼氏長いことおらんかったし、仕事ばっかやったわ。奈美の言うように焦らんでええと思うよ」とレミさんが続ける。
「え、レミさんみたいな綺麗な人が。私、チビのお世話に必死で、レミさんのそのころ何も知らないです。何かなかったんですか?」
千尋の言い方は、レミさんの容姿を褒める一方で、私を一段下に見たものだろう。胸が痛むが仕方ない。私とレミさんは違う。同じ30歳独身だったとしても。つくづく美人は得だなと思う。
「あ、そういや年下の医者がおったなあ。付き合ったとかではないんやけどね。結局振って東京に行ったんよね」
「お医者様!流石です。どこで出会わはったんですか?お医者様と社長を天秤にかけるなんて良いなあ」
この女は自分の生活に満足していないのだろうか。若くして結婚して可愛い子どもをもうけて、充分すぎるほどに見えるのに。天秤にかけたなんて言い方、レミさんにも失礼ではないか。

年下。この前食事に行った優樹は、5歳も下だった。
「あ、私もこの前年下の男の子とご飯行きました」
ワインが回ったのだろうか。それとも悔しさから言葉が出たのだろうか。たかが1回の食事だけで、女子会で話すネタなんて何もないのに、私はついそう口走っていた。
「年下。可愛いよな。私も東京行ってなかったらその子と付き合っていたと思うし、若い頃は年下なんか、と思ってたけど、30超えたら逆にいいかも」
最初に切り返してくれたのはレミさんだった。
「可愛い。確かに思いました。でも、うちと同じ田舎出身で、なんか垢抜けないと言うか。まだ新卒1年目なんですよ。あ、歳は25歳なんですけどね」
「25歳か」レミさんが一瞬止まる。
「垢抜けないっていうけど、これからちゃう?確かに俊介は、ザ・イケリーマンって感じやったやろし、物足りないのはわかるけど。逆に何ていうか。育て甲斐があるっていうか。変に何かに染まって無い子なら、同世代と付き合うより楽しいかも」
「確かに、年下ありやと思うわ。同世代はもう売れちゃってるし」と千尋も笑う。

「あ、皆さん締めは何にしますか?せっかくだしエスニック?私ミーゴレンが気になります」
簡単に言ってしまったことを後悔しながらメニューを眺める。
締めのミーゴレンは思ったよりスパイシーで、添えられた卵が優しかった。

コアラ食堂
大阪・天神橋筋六丁目
鉄板焼き
コアラ食堂 - 天神橋筋六丁目/鉄板焼き | 食べログ (tabelog.com)

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