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ギャル男に踏まれて死んだあの娘はヤンキーの彼女になりたかったんだ。
夜勤終わったら迎えに行くね、あの娘とやくそくしたのは数時間前。
不眠症のわたしのお友達は夜に働くリカちゃん。
リカちゃんはピンクのお洋服がよく似合う。
夜勤が終わったリカちゃん、私服であらわになった二の腕に引っ掻き傷のような深い赤が三本入っていた。
「さいきん全然恋愛してない〜てか、彼氏いらない」なんて明るく言う彼女が崩れる瞬間を私は見たことがない。
この小さな唇を歪ませて、腕に刃物をあてたのだろうか。
いつも綺麗で、あかるい彼女の絶望の姿は想像しても、朝方の部屋にあの大きな回転椅子の上で小さくなって…というところまで。
「今日リカちゃん家このまま泊まっていい?」
「いいよー、コンビニで甘いの買ってっていい?」
コンビニの白い蛍光灯の下で浮き上がる二の腕の赤。
お願いよ、リカちゃん泣かないで。リカちゃん痛いことしないで。
泊まるとは言ったもののまずは24時間営業の地元のカラオケに入った。
いつもこうなのだ。
計画していても、楽しいことを見つけたらそれらを優先させる。
それが私たちの過ごし方。
「ねぇ、あやや踊って!」
靴を脱いで、椅子の上に立たされて、「桃色片想い」を歌って踊る。
リカちゃんはしきりに可愛い可愛いと呟きながらケータイで私のビデオを撮っている。
私もテンションが上がってきて、本来の振り付けにないパラパラをしてみたり
大爆笑
リカちゃんはバイトの疲れも相まって、体がバラバラになりそうなくらい笑っている
私も深夜テンションで息が苦しくなるくらい笑っている
リカちゃんはこうやって私の前で笑っている時も絶望しているのだろうか、いったいいつどんな気持ちでどんな顔で自分を傷つけてしまうの?
30分で飽きて、リカちゃんの家に向かった。
リカちゃんが絶望しないように見張っていなきゃ
憂鬱へバリアを張っておかなきゃ
しかし、解散する夕方までリカちゃんは悪口をおもしろおかしく話してくれたり、薄めたシャンプーが臭いと2人で笑ったり
絶望とは程遠い顔して私と居てくれた
リカちゃんのシングルベッドにぎゅうぎゅうで2人で入った
「あー、ヤンキーの彼氏が欲しい」
「なんで?さっき彼氏いらないって言ってなかったっけ?」
カーテンの隙間が淡いブルーに光っている
「だって、なにしても『チョーいいじゃん!』って言ってくれそうだし、アルファードでドライブして2人でケツメイシ歌ったりしたい。ナンパされても守ってくれそう。」
泣きそうになってしまった
そっか、リカちゃんは護られたいのだ。ナンパはただの一例であり、リカちゃんごと護るナイトが欲しいのだ。
「リカちゃん可愛いからいけるって!これからは、いい感じのヤンキーいないか探しながら出かけるから」
ここは、ヤンキーがいない閑静な街であり、わたしもリカちゃんもヤンキーとは無縁の女の子だけれど
本当にナイトになってくれるヤンキーがどこかにいるなら血眼でさがす。
彼女の二の腕の傷が白くなるころにはそんな人が隣にいますように。
流れる涙を背中向けてぬぐう
「なんで、背中向けるの?ひどくない?」
「ごめんごめん、横向いた方が面積取らないかなと思って」
「わたしたちガリガリだから仰向けでもいける!」
伸びたTシャツからあらわになった2人の細い腕は模様違いだった。
リカちゃん。
今どこでなにしていますか?
ヤンキーの彼氏できましたか?
突然連絡取れなくなってさびしいです。
リカちゃん今もピンクのお洋服着ていますか?
リカちゃんの絶望はまだそこにいますか?
あの時より大人になったわたしたちならリカちゃんの絶望少しでもやわらげることができるかもしれません。