おばあちゃんとおにぎり (1800字小説)
僕には一緒に住んでいるおばあちゃんがいた。やさしくて大好きだった。おばあちゃんは僕を「しんちゃん」と呼んでかわいがってくれた。
おばあちゃんは僕が小学校の頃、遠足の日におにぎりを作ってくれた。だけど、握っているときに、おばあちゃんの爪の中に黒いアカが詰まっているのが見えた。お昼になって、おにぎりを食べようとした時、その映像が頭にちらついて、僕はどうしても食べることができなかった。僕は気持ち悪くて食べることができなくて、ほかのおかずは食べれるんだけどおにぎりだけは食べれなくて、残した。家に帰って、理由を聞かれたときに、うまく説明できなくて、「おばあちゃんが汚くて気持ち悪いから食べるの嫌」と言ってしまった。この言葉でおばあちゃんは傷つき、それでおばあちゃんは、悲しくて、お弁当を作らなくなってしまった。その時の心の傷は僕の中にも残り続けた。時々思い出しては心が痛んだ。
その後、弁解できないまま月日は流れた。おばあちゃんとの別れが近づいていた。おばあちゃんは治らない病気になって、あと半年ほどしか生きられないと分かった。僕はあの時のことをおばあちゃんに謝らなければいけないと思った。
僕 「おばあちゃん、遠足の、おにぎりのこと覚えてる?」
祖母「うん、もちろん覚えてるよ」
僕 「あの時は・・・」
祖母「おばあちゃんこそ、あのあと しんちゃんが友達から借りてるゲームを勝手に捨てたりして悪かったね、ごめんね」
僕 「?」
祖母「友達から、遊ぼうって電話がかかってきたときも、『もうウチの子と遊ばないで』って言ってごめんね。あのあと友達とケンカしたって言ってたから、悪いと思ってたの。」
僕 「??」
祖母「お母さんが大事にしてる食器をしんちゃんが割って怒られたことがあったけど、あれはほんとうはおばあちゃんが割ったんだよ。ごまかそうとして、ごはんつぶでくっつけたのをしんちゃんが触っていて、お母さんはしんちゃんが割ったと勘違いして・・・」
僕 「???」
祖母「おばあちゃんも人間だから、腹も立つし、ずるいこともしてしまうの。死ぬ前に言えてよかった。」
僕 「・・・・」
許せなかった。ゲームがなくなった時、僕は泥棒扱いされクラスの仲間外れになった。それから、唯一仲良くしてくれた友達がある日突然よそよそしくなり、僕から離れていったことがあった。僕は大事な友達を失った。お母さんの食器を割ったとき、お母さんは「お前に私の痛みが分かってたまるか!」と言って、僕を引きずり回し、食器の破片で僕の全身に傷をつけた。いちばん大きな傷は、今でも寒い日には引きつって痛む。おばあちゃんは大人なのに、僕が謝ろうとするまで自分の罪を認めなかった。
許せない。許せない。
僕は頭に血が上り、かっとなって、おばあちゃんの胸の上あたりを強く叩いた。おばあちゃんはその場にうずくまり、苦しそうに唸っていた。
命に別状はなかったが、その日を境におばあちゃんは元気がなくなり、そして5か月後、亡くなった。
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おばあちゃんが他界してからずいぶん経って、娘が生まれた。子供は残酷だ。娘に食パンを焼いてあげたとき、「パパが触ったパンは食べたくない」と言った。ショックを受けると同時に、おばあちゃんのことを思い出して苦しくなった。私は娘のごはんを作らなくなり、娘が食べるものには、皿にすら一切触らなくなった。
娘が大人になり、あるとき私に言った。あの時の言葉はそういう意味じゃなかった。お父さんの手にちょっと 返り血か何かが付いていて、それが気になって、思ってもない言い方になった。ひどい事言ってごめんなさい。本当はお父さん好きだった、料理も作ってほしい、と。
私と同じだった。ただ私と違うのは、娘は誤解を解くため、私にその話をして謝ってくれたことだった。
その時、私のおばあちゃんへの罪まで一緒に浄化された気がした。私が言えなかったことを娘がおばあちゃんにも代弁してくれたと。
しかしそれは私の都合のいい思い込みで、本当は、おばあちゃんは私を許してなどいなかった。私に叩かれた胸の痛みは、口がきけないので黙殺されただけだ。「おばあちゃん」という響きだけでやさしい善人のイメージを作り上げただけだ。私はそれを分かっている。だが人は辛さや悲しみを忘れなければ生きていけない。自分を美化する。弱い人間ならなおさらだ。弱い人間は自分を守るために、生きるために忘れて、また生きていく。