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君を撮るためにカメラを買ったんだよ。

 火事になった直後、日常を撮ろうと思った。3週間会社を休んで家族と過ごした。それが落ち着くと今度はSTAY HOMEが始まり、会社にもほとんど行かず、半径5メートルの世界に閉じこもる毎日が続いた。変わらぬ日常もカメラを手に、目を凝らせばドラマチックだ。花を撮れば、色の鮮やかさに目を奪われる。空を撮れば、雲の広がりにワクワクする。雨の日は憂鬱な気持ちが写真に滲み出る。天気が違えば、光が変わり、撮れる写真も変わる。

 カメラは、ただ記録するための道具ではない。火事の後、肌身離さずカメラを持ち歩き、がむしゃらに撮り続けてきたが、そもそも僕はプロではないし技術は圧倒的に未熟だ。撮りたいと思ったものを感じたままに写すのは難しい。でもそれが奇跡的に叶う瞬間がある。いい写真には、気持ちが写っている。

 僕が、カメラに興味を持つきっかけを作ってくれたひとりが、EKIDEN NEWSの西本武司さん。彼は数年前に、陸上競技の写真を撮ると決め、Laicaを買った。その時のエピソードが僕は好きだ。

 念願のカメラを西本さんは妻に黙って買った。なぜカメラを買ったのか、と妻に訊かれた西本さんはすかさずこう答えた。

「僕は、君を撮るために、このカメラを買ったんだよ」

 そして、西本さんはその場でシャッターを切った。その時の写真を見せてもらったことがある。西本さんの妻への愛情が映り込んだ、素敵な写真だった。以来ずっと西本さんは、彼の妻やこどもたちの、かけがえのない姿を記録し続けている。もともと陸上競技を撮ろうとカメラを買った西本さんの、その咄嗟の言葉は、適当な返しともとれる。でも本音だったのだと思う。陸上競技も、家族との日常も、西本さんにとっては、愛おしいものなのだ。

 ほぼ日の糸井重里さんは、かつて「視線は愛情」だといった。カメラで撮影をするということは、ちゃんとその対象を見ることだ。カメラマンのワタナベアニさんは「カメラは愛すべきものを、自分の方法で愛するための道具」だという。

 火事がきっかけで、僕は日常を記録するようになった。人生は何があるかわからない。当たり前だったものが突然なくなることもあるし、大切な人を失うこともある。だからこそ僕は、後悔しないよう愛おしい日常を見つめたい。

 写真は、まだ外出自粛が始まる前に、新宿に出かけた時に撮った僕の妻。


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河瀬大作
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