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【連載小説】ライトブルー・バード<4>sideマナカ
↓前回までのお話です。
↓別垢で書いたマナカとヒロキのお話はコチラ
「新しいバイトの子が決まったんだって」
その情報を耳にした時、今泉マナカの心に生じたのは完全な喪失感だった。
誰かの不在をより強く実感するのは『その人自身の姿が見えなくなること』ではなく、『代わりの誰かが現れたとき』の方ではないか?…そんな仮説がマナカの感情を支配する。
片思いの相手である荒川ヒロキが退職してから約1ヶ月。もう戻ることはない…と解ってはいても、彼の居場所が知らない誰かに取られてしまったように思えて仕方なかった。
去って行ったスタッフは新たな募集で補う…それは当然の話だが、自分はその新人に対して複雑な感情を持ってしまうかもしれないと心配するマナカ…。
しかし店長から紹介された少年を見た瞬間、そんな感情はどこかに吹っ飛んでしまった。
「今泉さん、彼、星名リュウヘイ君っていうんだ。同じ学校で学年も一緒。色々教えてあげてね」
高校生にしては小柄で、チワワのような顔をしたこの男子を忘れるわけがない。
(先週、ストロベリーパイを10個買った男の子だ!!)
そして同学年と聞いて更に驚いてしまった。あの時、同じ学校の生徒だというのは制服ですぐに分かったが、おそらく1年生だろうと勝手に思っていたからだ。マンモス校で同学年全員を把握するのはさすがに難しい。
「ほ、ほ…星名リュウヘイです!今泉さん、よろしくお願いします!!」
☆
あれから1ヶ月…。
リュウヘイは素直で元気はあるが、少々シャイな性格らしかった。今はかなり打ち解けてきたが、最初の頃はなかなか自分の目を見て話してくれなかったことをマナカは思い出す。
そして 仕事においてはかなり不器用でおっちょこちょいなのが少々気になるところ。ベテランパート女性の『クマさん』こと熊田から未だにしごかれているのを見るとこちらの方がハラハラしてしまう。
何事もそつなくこなしていたヒロキとつい比べてしまうこともあるが、結論だけ述べれば、ここに来たのがリュウヘイで良かったかもしれない…とマナカは思っている。
(だからと言って『荒川さんロス』がなくなったわけではないけれどね…)
マナカは今、スタッフルームで頬杖をついていた。この部屋には彼女の他には誰もいない。そんな時に考えてしまうのはやはりヒロキのことだ。
(…会いたいな)
彼女持ちのヒロキをこのまま好きでいていいのだろうか?…と悩んだこともあった。間違っても彼女から奪おうなんて思ったことはない。ただ自分の気持ちに素直でありたいだけなのだ。
思い切って友人の井原サトシに相談したこともある…。
「俺は彼女いたことないからわかんねーけど、想うのは自由じゃね?」…と答えたサトシ。
その時に彼は「俺も好きなヤツいるけど、ソイツは別の男子に片思いしている」と教えてくれた。
あのサトシでさえ、恋に悩んでいる。
(人を好きになるって大変だ…)
マナカは思わずテーブルの上に顔を突っ伏してしまった。
「お疲れー!!あれっ? マナカじゃん。今日はシフト入っていたんだっけ?」
スタッフルームのドアが開き、一人の女性が入ってきたので慌てて顔を起こすマナカ。
「あ、サヨコさんお疲れ様です!! はい、あと15分でインですよ」
彼女の名前は小暮サヨコ。この店の敏腕マネージャーだ。小学生の女の子を一人で育てているだけあって、パワフルな性格の持ち主。そして「いつ再婚するかわからないから、ワタシのことは名前呼びしてね~」と公言している。
「マナカぁぁ! 今、ヒロキのこと考えていたでしょ? 」
サヨコはニヤニヤしながらマナカの肩に手をかける。
「え? え? やだなぁ、からかわないで下さいよ」
「だって顔に書いてあるぞぉ!」
サヨコはマナカの片思いを理解し、彼女を温かく見守っている唯一のスタッフだ。当人はヒロキが退職してからの態度でバレたと思っていたが、実はとっくの昔から気付いていたらしい。
「ヒロキが辞めた後、マナカも辞めるんじゃないか…って心配したけど、取り越し苦労でホッとしてるよ。それに最近、明るさが戻ってきたし…」
「そうですか? あ、もしかしたら星名くんのおかげかも」
「リュウヘイの?」
「はい、クマさんとのやり取りを見ていると感傷に浸っている場合じゃないかもって…。それに…星名くん…似ているんです。『マモル』に」
「『マモル』って?」
「…あ、ウチで飼ってるチワワです。星名くんの顔、何か癒されますよね」
その言葉が終わるか終わらないうちにサヨコの笑い声がスタッフルーム中に響いた。
「アハハハハ!!! お、おかしい! やめてよマナカ!明日からリュウヘイの顔、まともに見られない。…そうそう、その『チワワ少年』、さっきもクマさんに大目玉喰らっていたぞ」
「…そうですか」と苦笑いするマナカ。「確かに荒川さんとは正反対ですけど、星名くんは良いところいっぱいありますから大丈夫だと思います」
「正反対…ねぇ」
サヨコがちょっと首を傾げていると、またドアが開いた。「お疲れさーん」と入ってきたのは噂をしていた熊田。見た目からベテランオーラを醸し出していて、初対面ではビビってしまいそうな印象だ。
「おー!クマさん!お疲れ様。チワワ…じゃない、リュウヘイはどうした?」
「さすがに凹んでいたけど、すぐに立ち直ってぼちぼち頑張ってますよ。全くアイツは焦ると周りが見えなくなってさー…」
リュウヘイのダメ出しをしている割には熊田はどこか楽しそうだ。不思議に思ったが、時間が来たのでマナカは立ち上がる。
「では私、仕事に入ります。サヨコさん、クマさんお疲れ様でした」
一礼して部屋を出るマナカ。ドアが閉まる音を確認した後でサヨコは笑いを堪えながら熊田に視線を向ける。
「クマさん、今、リュウヘイのことをヒロキとオーバラップさせたんでしょ?」
「あ、分かります? 星名が昔の荒川にそっくりで…」
「だよねー!!」
2人は大爆笑…。
「ヒロキのヤツ、後半は涼しい顔して仕事こなしていたけど、アイツも最初はひどかったもんなー」
「そうそう、どれだけ私に雷を落とされたことか…。サヨコさん、星名は今あんな感じですけど、素直で真面目だしきっと伸びますね。久しぶりに鍛えがいのある子が入ってきて、私、うずうずしていますよ」
「私もそう思う」
再び大爆笑する2人。その脳裏には昔のヒロキの姿が浮かんでいた。
「ねぇクマさん、前にも言ったと思うけど、ヒロキの過去は若いみんなには内緒だよ。ヤツのプライドが許さないだろうし、それに…」
「それに?」
「あ、何でもない」
サヨコはペロッと舌を出すと、心の中でセリフを続けた。
それに…ヒロキはマナカの前では特にカッコつけたいハズだからね。
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<4.5> に続きます↓