小鳥たちのX'MAS⑦ sideナルミ(【連載小説】ライトブルー・バード第2部LAST!)
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冬の景色が陽の光に染まるオレンジ色の時間帯が好きだ。
私……井原ナルミは西の空を見つめながら、コンビニ帰りの道を歩いていた。
目に写るもの全てが眩しい。
寒い季節をそんな風に感じてしまうのは、葉の落ちた木々や枯れ草たちが、冬の乾いた空気を介して、太陽の光を必死で取り込んでいるように見えるからだろう。
「寒っ……」
冷たい風が頬を通り過ぎるが、私は歩くスピードを早めることなく、この澄んだ季節に身を委ねていた。
そして、一昨日のことを思う。
「…………」
クリスマスイブに彼氏と別れた。
……あ、でも私、実はそこまでのダメージを受けていないんだよね。なんていうか『あー、またか』って感じ。
ついでに『あれ? 今回で何人目の元カレが誕生したんだっけ?』なーんてことも思ってしまった。ちなみに即答は難しいかな。3分くらい時間くれれば指使って数えるけど……。
良く言えば『恋多き女』
悪く言えば『ビッチ』
知り合いのほとんどが、私に対して持っている印象は大体こんな感じだ。弟のサトシからも彼氏を替える度に「ナルミ、お前なぁ~」と呆れられる。
もちろん『男の子なら誰でもOK』というワケではない。去る者は追わないけれど、来る者はそれなりに厳選している。特に仔犬っぽいコに告白されると、今度こそ続くかなぁ?って思ってしまうんだよね。
まあ、その結果は……さっき述べた通りなんだけど。
だから仲の悪い女子たちは、私の悪口を陰でコソコソ言いたい放題なのだ。
『ビッチ』なんてワードはまだ可愛い方。だって『井原ナルミは中絶をしたことがある』なんてガセネタを流されたこともあるんだから。事実無根だから動じなかったし、噂の大元を特定して思い切りシメテやったから、もういいんだけどね。
「……………」
こんな私だけど、実は誰にも言っていないヒミツがある。
いや違うか……。
『言ったところで誰も信じてくれないだろうから言わない』の方が正しい。
高校生になってから、私は色々な男の子と付き合ったけれど、どのコとも深い関係になったことはない。せいぜい手を繋いだ程度。そう、私はキスすら未経験なのだ。
◇◇◇◇◇
仔犬だと思っていた男の子は、ある日突然オオカミに変わる。
一昨日別れた元カレもそうだった。
デートの最中に強引にキスをしようとしてきたが、まだそこまでの気持ちになれなかったので、私はNOを突き付けた。
「ナルミ、今まで色んな男と付き合っていたクセにいつまでお高くとまってるんだよ!? クリスマスだよ。ク・リ・ス・マ・ス!」
「はっ!!??」
この暴言によって、自分のスイッチが怒りモードに切り替わったことに気づく。そんなワケで私は、返答する代わりに右手の拳を彼の下腹に向けて思い切り付き出した。
「うっ……」
クリーンヒットによって、その場に座り込む彼。女の力を舐めてもらっては困る。なんたって元カレの一人であるボクシング部長から習得した技なのだから。……とは言っても彼の試合を見た時に、見よう見まねで覚えただけなんだけどね。
そして、まだ立ち上がることが出来ない彼に向かって、仁王立ち状態の私は言葉でトドメを刺した。
「なんで『彼女』っていうだけで、こっちの感情無視して、オマエの発情期に付き合わなきゃいけねーんだよ!? まさかと思うけど『イヤよも好きのうち』なんて都市伝説を鵜呑みにしてんじゃねーだろうな!? バカなの!? 『待て』って言ってキチンと待つ犬の方が、よっぽど利口だわ!!」
「…………」
怒りが頂点に達した時、私は口角を上げながらキレてしまうらしく、その表情は相手にかなりのトラウマを植え付けそうなレベルだと、前にサトシが言っていた。
その表情を自分で確認することは不可能なので何とも言えないが、同じように口角を上げて怒る弟を見た時に「あぁ、なるほどね」とは思った。つまり今回もまた『井原ナルミの元カレ』という名の憐れな犠牲者が誕生してしまったワケなのだ。
「…………はぁ」
溜め息が白い蒸気に変わる。
相変わらずゆっくりと歩いていたが、小さな橋を渡っている途中で私は足を止めた。そして欄干に両肘を預け、そのまま眼下の川を見下ろす。
枯れ草とススキに挟まれた小さな川は、所々に光を取り入れながら、静かに流れていた。
「…………」
少なくとも『嫌ではない』と思って付き合った相手なのだから、キスを許した方が良かったのかな?……と少しは思う。ほんの少しだけね。
「…………」
いや……、無理だ。やっぱり今は無理!!
「……う~ん」
私がこんなに悩んでいるのは、
全部キミのせいなんだからね?
星名……リュウヘイくん。
◇◇◇◇◇
小学6年生だった冬。
ランドセル姿の私は、現在と同じように橋の上から川を見ていた。
「…………」
気持ちは超ブルー。何故って、仲が良いと思っていた女子が、急に私を無視するようになったから……。
心当たりは全くない。どんなに記憶を深く掘り下げても、彼女の機嫌が悪くなった原因を見つけることは出来なかった。
「…………」
あとになって『彼女の好きな男子が、席替えで私の隣になった』からだと判明したが、そんな馬鹿げた事実にたどり着ける方がどうかしていると思う。
学年が進んでくると、女子の関係は本当に面倒くさくなる。個人的には、女子としての意識が芽生えたにも関わらず、精神はまだまだ子供である5、6年生の頃が特に厄介だった。
そして当時の私も精神が幼く、理不尽な仕打ちに上手く対処することができない無力な女の子だった。
別に川を見たくて、ここに留まっていたワケじゃない。このイライラと悲しみが混ざった感情を整理する為に、何となく足を止めただけだった。
だって絶景とは程遠い、何の変哲もない川だし……。
「あ、ナルミちゃんだ!! おーい! ナルミちゃーーーん!!」
遠くから私の名前を呼ぶ声がした。
「リュウヘイくん?」
こちらに向かって、一生懸命走ってくる彼はまるで仔犬だ。少しだけ心が和んだ私は、思わずクスッと笑ってしまう……。
「よしっ、到着!……で、何してんのナルミちゃん? こっからの景色、ナルミちゃんも好きなんだ?」
青いランドセルを背負ったリュウヘイくんの表情は、現在とほとんど変わっていない。
「いや、別に好きじゃないけど?」
「そうなの? こんなにキレイなのに」
「え、どこが?」
首を傾げながら視線川に戻したが、水面全体が黄金色に輝いていることに気がつき、私は息を飲んだ。
あれ? 数分前とは景色が違う。
川だけじゃない。周りの木や草も冬の光を受け入れて、キラキラと輝いているように見えた。川の向こうに位置した冬の太陽が、引き締まった空気と共に作り上げた景色は、私を素直にさせる。
「……キレイ」
「でしょ? 冬は特にキレイなんだよね」
何故か得意顔になるリュウヘイくんを見て、更に心がほぐれた。
「本当にキレイ」
「でしょでしょ?」
「ねぇ、リュウヘイくん」
「ん?」
「私ね、今日学校でヤなことあったんだ。……もうちょっとだけ、こうやって一緒にいてくれる?」
普段の私なら、間違ってもこんなことは言わない。ましてや年下の男の子なんかに……。
「うん、いいよ!!」
快く返事をした彼の笑顔が冬の光の中に溶け込んだ。
「………」
この時の笑顔以上に、強く心を動かしたものを、私は未だに認識していない。
リュウヘイくんと2人で過ごした冬の夕暮れ。私はこの出来事をそっと『心の宝箱』に入れ、『ヒミツの鍵』をかけた。
◇◇◇◇◇
中学に上がっても一部の女子からは敵対するような目で見られていたが、2年生になったのと同時に、私に媚びを売る輩が増える……という珍現象が起こり始めた。
だんだんと周りが見えてきた私は、女子トラブルに対処する術を身に付けたことで、『井原ナルミを敵に回すと面倒くさい』という情報を植え付けることに成功したのが第1の理由だ。
そして第2の理由は、弟のサトシが入学してきたことだった。
「ねぇねぇ、新入生の井原サトシくんってナルミの弟だよね? 背が高くて凄くカッコいいね! ナルミにソックリだし」
「…………」
弟のことは、カッコいいとも、自分に似ているとも思っていない。それでも姉だとバレてしまったことで、私はサトシとお近づきになるための『ツール』と化してしまった。もっとも、そんなバカ共は喜んで蹴散らしたけれど……。
そもそもサトシは、そんな打算的なオンナなんか相手にしないし、小3の頃から幼馴染みの山田カエデちゃん一筋なのだから、無駄な努力をしている……としか言いようがない。
「サトシくんは小学生時代からカッコよくなる予感はしていたけど、思っていた以上にイケメンになったね。ところでナルミ、今度家に遊び行っていい?」
「…………はっ?」
こんなセリフをいけしゃあしゃあと口にしたのは、『小6の時に自分の好きな男子が、席替えで私の隣になったというだけで、無視をするようになった』例の女子だ。
丁重にお断りするのも面倒なので、私はただただ白い視線を彼女に送り、それが返事だと理解してもらった。
(知らねーよ。バーーカ!!)
他の女子たちがサトシに注目している中、私は宝物であるリュウヘイくんの姿をいつも探していた。
サトシとはいつの間にか疎遠になっていたようだが、リュウヘイくんは姉である私への態度を変えることはなかった。
校内ですれ違うと、いつも手を振ってくれた彼……。
廊下で
校庭で
体育館で
(……可愛いな)
彼は私のオアシスだ。今も昔も。そして同時に思う。『彼が本当の弟ならばよかったのに』と。
だってリュウヘイくんにとって私はただの『幼馴染みのお姉さん』なのだから……。
もしも血の繋がりがあれば、私はこの気持ちにストップをかけることができたかもしれないのだ。
そう、キミが好きだという気持ちを。
卒業後の進路として私が選んだのは、芸術活動や運動に特化している私立校だった。その1年後に彼は違う高校へと進学する。もう同じ校舎でリュウヘイくんとすれ違うことはないのだ。
廊下にも
校庭にも
体育館にも
キミはいない。
だけど……この現実に対して、どこかほっとしている自分もいた。
◇◇◇◇
こんなにリュウヘイくんのことを考えてしまったのは、今日の空があの時のものと似ているせいかもしれない。
まるで……遅れてきたサンタクロースが、東京へ行く私の為に同じ空をプレゼントしてくれたかようだ。
来年の3月末、私は専門学校へ通う為に上京し一人暮らしを始める。
東京から頻繁に帰って来れるような距離ではないし、就職先も向こうで探すつもりだから、この場所から見る冬の夕焼けは、今回で最後になるかもしれない。
小学生時代に引っ越してきた時、周りにコンビニ1件しかないような環境にあ然としたことも、今となっては懐かしい。
そんな思い出に浸っていた時、意図せぬ声が私の耳へ届いた。
「あ、ナルミちゃんだ!! おーい! ナルミちゃーーーーん!」
「え!?」
この声の主を、別の誰かと間違えるハズがない。そして油断していたせいか、私は心の震えを上手くセーブ出来ずにいた。
私をこんな気持ちにさせるのは、やはり彼だけなのだ。
リュウヘイくん!!
「…………」
こちらに向かって一生懸命走ってくる姿が、小学生時代の彼と重なり、私は思わず目を細めた。
「よし、到着!……ナルミちゃん、コンビニの帰り?」
リュウヘイくんは私の手元を見る。
「うん。リュウヘイくんはバイトだったのかな?」
「当たり! 今日もこき使われたぁぁ!!」
もたれるようなカタチで欄干に手をかけるリュウヘイくんに私は「お疲れさま」と労った。
「ありがと。そうそうナルミちゃん、メリークリスマス!」
「……え? 今日は26日だけど?」
「いや、だって24日も25日もナルミちゃんと会わなかったでしょ? だから……ね?」
「もぉ! 新年の挨拶じゃないんだから」
私はクスクスと笑う。
「いいじゃん、別に」
「そうだね。リュウヘイくん、メリークリスマス」
しばらくの間、私たちはそのまま川の流れを見ていた。
「ナルミちゃん、もうすぐ東京に行っちゃうんだね。いつ?」
「多分、3月下旬」
「前にも言ったけど、寂しくなるね」
「そんな風に言ってくれて嬉しい!私も前に言ったけど」
「いや、だって本当に寂しいし……」
「へへへ……、だからリュウヘイくん大好き!」
「うん、俺もナルミちゃん大好きだから」
「……ありがと」
私たちの『大好き』は永遠に交差することはない。
リュウヘイくんの口から出る『大好き』からは、恋愛感情の欠片すら見当たらない。そして私からの『大好き』に隠れている切ない気持に彼は気付くことはない……。
残念だけど、私は諦めているよ。
そんなキミが声を震わせながら「好き」という女の子は、どこの誰なんだろうね?
ちょっと……妬けちゃうかな。
だけど今は、のんびり屋のサンタクロースがプレゼントしてくれた、2人きりのオレンジ色の時間を楽しもうと思う。
「ナルミちゃん、一番星発見!!」
「あ、本当だ!!」
オレンジ色の空の下、私はこの気持ちを宝箱に詰め、新しいカギをカチリとかけた。
メリークリスマス!!
ライトブルー・バード第2部《完》
~あとがきです~
💕今回は小泉今日子さんの名曲『♪木枯らしに抱かれて』をベースにストーリーを作りました。昭和世代の方はドンピシャの歌ですよね?
そして、第2部『“小鳥たち”のX'MAS』はこれにて終了! 最後まで読んでくれた方も、一行でも読んでくれた方も、本当にありがとうございました。このストーリーは第3部で終わらせる予定です(今のところ)。引き続きよろしくお願いいたします💕
2023.8.15 桂(katsura)
↓そして第3部はコチラです↓
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