“小鳥たち”のX'MAS③ sideヒロキ&ヒデミ(【連載小説】ライトブルー・バード第2部《3》)
前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
《荒川ヒロキ》
荒川ヒロキと真柴ヒデミの距離が近づいたのは、大学に入学して間もない頃、ふらっと立ち寄った牛丼屋で彼女を見かけたことが始まりだった。
あれはヒロキが大学1年生だった5月…。
(あれっ!? 真柴さん……今日も来ていたんだ?)
ヒロキが心の中で『今日も』と呟いたのは、数時間前に受けていた講義中に、後ろの席から耳に飛び込んできた、女子たちの雑談を思い出したからだ。
『真柴さんが、昨日1人で学校近くの牛丼屋に入るのを見かけたよ』と……。
それが単なる目撃情報ではなく、悪口の序章なのだとヒロキが気づいたのはその直後だ。
「ナニソレ? 『こんな美人の私ですが、1人で庶民的な店に行くんですよ』ってアピール!?」
別の女子が吐き捨てるように言ったセリフで、彼の背中に悪寒が走る。
(……いやいや、どうしてそうなるの!?)
きっと、ヒデミがオシャレな店に入ったら入ったで、今度は『美人だからって調子に乗ってる』と言われてしまうに違いない。
結局この女子軍団は、真柴ヒデミという人間に対し、何か文句を言いたくてウズウズしているだけなのだろう。
それも複数で……。
だから女子は面倒だ。
(そもそも今は講義中だぞ。勉強しろよ)
そんなことを思いながら、ヒロキは一番前の席に座っているヒデミをチラッと見る。
彼女は黒板とノートの間で視線を行き来させながら、一生懸命シャーペンを動かしていた。
「真柴さん、隣いい?」
どうしようかとは思ったが、店はわりと混んでいるし、ヒデミには他の女子たちと違う印象を持っているから……という理由で、ヒロキは彼女が座っているカウンターへと近づいた。
「あれ? 荒川くん偶然だね。いいよ、隣どうぞ」
リラックスしているヒデミの様子は、ヒロキに新鮮な印象を与えた。
「ではお言葉に甘えて……」
近くで見ると、ヒデミは本当に美人なんだな……と改めて感じる。そんな彼女の笑顔にドキッとしてしまったヒロキは、感情をごまかすかのように視線をカウンターテーブルに落とした。
その時、視界に入った彼女の牛丼セットが、子供用の器だということに気がつく……。
「あれ? 真柴さん、それって……」
小さくて可愛らしい器を見たヒロキの口角が自然に上がった。
「んっ?」
「……それって『お子様牛丼セット』だよね? 真柴さんって少食なんだ?」
「ううん、実は全然足りていない。でもね、私、どうしても集めたいものがあるからさ……」
ヒデミはいたずらっぽく笑うと、ヒロキの目の前で小さなマスコットを揺らした。
「キティちゃん? あぁ、なるほど! 『お子様セット』の景品かぁ」
「そう。正確に言うと、欲しいのは私じゃなくて、姪っ子なんだけどね。」
「へぇ~」
ヒデミのイメージが変わり始めた瞬間だった。
「……でね、あと1種類でコンプなんだけど、それになかなか出会えなくて……。まあ、その1個は金のワンピースを着たレアキティちゃんだから仕方ないんだけどね。ちなみにこの緑色キティはこれで3つ目」
これでヒデミが昨日も牛丼屋にいた理由が分かった。そして、クールっぽいリケジョの意外すぎる一面にヒロキの気持ちがほぐれる。
「じゃあ、俺もその『ゲーム』に付き合うよ」
そう言うやいなや、ヒロキは『お子様牛丼セット』と『お子様カレーセット』を店員に注文した。もちろん、「おもちゃは〈女の子用〉でお願いします」を最後に付け加える。
「荒川くん、悪いよ」
「いいっていいって。俺は牛丼とカレーを一緒に食べることが出来て、ラッキーだし、真柴さんはチャンスが増えるし……で、お互いWin-Winでしょ?」
そんなセリフをもっともらしく言いながら、内面のヒロキは自分の言動にめちゃくちゃ驚いていた。
温厚で優しいと周りから言われているヒロキだが、本当はドライな性格の持ち主だと自己分析している。
自分に深入りすることを、そう簡単に許さない彼は、誰にでも『均等に』、そして『無難に』優しくすることで、人間関係にきっちりと線を引いていた。
それなのに、知り合って一月ほどしか経っていない女の子に対して、ここまで親切にするなんて……。これはヒロキの『俺ルール』から完全に逸脱している。
「じゃあ、荒川くん、私もお言葉に甘えて」
まあ、そんな自問自答もヒデミの喜ぶ顔を見て、どうでも良くなってしまったのだが……。
注文した商品はあっという間に運ばれてきた。そして2つのトレイに乗ってきた、2つのブラインドパッケージの景品をヒデミ渡す。
「ありがとう」
早速1つ目の袋を開けたヒデミ。その瞬間、彼女は「あっ!」と声を出した。
「出たの?」
「出た!! うわぁ、荒川くんありがとう。これでやっと牛丼屋通いに終止符が打てるよ」
キラキラしたワンピースの『レアキティちゃん』を見つめるヒデミ。その瞳は更にキラキラ輝いているようだと、ヒロキはこっそり思っていた。
「よかったね。でもこの場合、2つ目の開封で、お目当てのグッズが出る方が劇的だったよな」
「うん、私もそう思う」
ヒデミは苦笑いしながら2個目の袋を開けた。そして今度は「えっ?」と声を出す……。
「どうしたの?」
「……これ」
袋から取り出した2体目の『レアキティちゃん』を見て、2人は目を丸くした。そして、お互いに笑いを堪えながら食事を済ませ、店を出たのと同時に大爆笑!!
店に入ろうとする他の客が首を傾げながら通り過ぎる。
(真柴さんのこと……もう少しだけ知りたいな)
再び沸いたイレギュラーな感情にヒロキはもう驚かない。
そんな2人が『クラスの知り合いから友達』に、そして『友達から恋人』になるまでに要した時間は、ほんの僅かだった。
あの時の牛丼屋エピソードを思い出してしまったのは、今日がクリスマスイブだからだろうか……。
「…………」
ヒロキはそんなことを思いながら、誰もいない大学の研究室でパソコンとにらめっこをしていた。
ヒデミと別れて約2ヶ月。大学に入学してから、初めて彼女のいないクリスマスを過ごすことになる。まあ、目の前の課題が鬼畜すぎて、正直、聖夜もクソもないのだが……。
ゼミ担当教授のフリーダムな性格によって、学生たちは課題の度に、毎回振り回されているのだった。昨日『白』だと言ったことが、今日は『黒』になることなど日常茶飯事だ。
そんな彼の口癖は「お前ら、そんなんじゃ、社会でやっていけないぞ!!」……。もう『大学教授ジョーク』だと思うことにしている。
ちなみに、ヒデミも同じゼミなのだが、彼女はこの課題をとっくにクリアしていた。
(やっぱり、ヒデミは凄いよな)
自分だって、そこまで成績は悪くないのだが、やはり彼女には敵わない。
(ヒデミ……、今頃何をしているんだろ?)
破局はしたものの、彼女とはいい友人関係を築いていると思うし、人として尊敬の念を抱いている。
そして……ヒデミに対する思いは1ミリも変わっていない。
(別れた原因作った俺が、そんなことを思っていたって仕方ないんだけどね)
ヒロキは溜め息をついた。
今泉マナカ……。
彼女は知り合って間もない頃に、うっかり『規定外の優しさ』を示してしまった2人目の女の子だ。
4歳年下でありながら、しっかりと自分を持ち、周りに流されない強さを持っている女子高生。どうやら自分は、こういうタイプの女性にメチャクチャ弱いらしい。
油断していたら、いつの間にかマナカのことも好きになっていた。
しかしヒロキは、あれ以上マナカに近づくつもりはなかった。自分にはヒデミという恋人がいたし、そもそもマナカにとって自分は『憧れ』的なものなのだから……。
今の彼女はそれを『恋愛』と混同しているだけで、そのうち気がついてくれると思っている。
一緒にいてリラックス出来る相手と、大口あけて笑えるような関係が、幸せなんだということに……。
(『星名リュウヘイ』くんみたいな子……かな?)
ヒロキの脳裏にふとリュウヘイの名前が浮かんだが、この少年についての情報は、ほんの僅かしか持っていない。バイト先の元上司である小暮サヨコから、『マナカをストーカーから守ってくれた』と聞いて、気にはなっているのだが……。
(そういえばサヨコさん、『チワワに似ている』っても言ってたな。う~ん、チワワな男子高校生?)
こんなマナカとの関係を『浮気』という名前で呼んでいいのかどうかは分からない。しかしヒデミからは「身体の浮気の方がマシかも」と言われたのは事実なので、彼は自分のことを『エア・二股野郎』と自虐的に呼んでいる。ちなみに命名者はサヨコだ。
「…………あっヤバい、課題課題」
思考が脱線したことに気がついた彼は、両頬にバシンっ!と平手を打ち付け、再び手を動かし始めた。
課題と格闘しているヒロキの耳に、ドアが開く音が飛び込んできた。入って来たのは、一人の女子大生……。
「あれぇ? 荒川くん、いたんだ」
(げっっ、浅野アヅサ!)
ヒロキ心が拒否反応を起こしそうになる。それでも「やぁ浅野さん、一人で来るなんて珍しいね」と返事をして、最低限の笑みを浮かべた。
アヅサはヒデミとは違うタイプの美人だが、基本、誰かとつるんでいないと行動できない性格の持ち主だ。そんな『The女子』の彼女をヒロキが苦手と思っているのは、当然といえば当然ということで……。
更にアヅサは、入学当初からヒデミに強い敵対心を持っていた。おそらく一匹狼的な彼女の性格が気に入らないのだろう。ちなみに1年生の頃、一人で牛丼屋に行ったヒデミをディスっていたのは、他でもないこのアヅサだった。
「う~ん、本当は研究室まで付き合ってもらおうと思ったけど、トモダチみんな野暮用でさ。やっぱりクリスマスだからねぇ~」
(誘ったんかーい!!)
もう呆れて返事する気にもなれなかった。
(あぁ……そういえば)
アヅサは、元バイト先で働いている浅野ユリの姉だ。前にそんなことをチラッと自分に言ってきたが、どうでもいいことなので、笑顔で軽く聞き流していたっけ……。
妹のユリが自分に好意を持っていたのは分かっていた。他のスタッフたちの前でLINEのアドレスを交換して欲しいと頼まれたこともある。もちろん上手く断ったのだが……。
そんなユリがマナカに嫉妬しないハズがない。つまり姉はヒデミ、妹はマナカを敵対視しているというワケなのだ。
(何なんだよ、この姉妹は……)
ユリは最近、ヒロキのことはすっかり忘れて、今度は『美形のび太くん』こと白井ケイイチに夢中だと、飲み会の時にサヨコが教えてくれた。
そんな近況にヒロキがほっとしたのもつかの間……、どうやらケイイチもマナカを可愛がっているので、あの2人の険悪な関係は、結局変わっていないらしいのだ。
このような要素が積み重なっている為、アヅサとは極力関わりたくないと思っているヒロキ。彼は1秒でも早く帰宅する為に、研究室でなければ出来ないタスクを優先して片付けようと決めた。
「荒川くん、ひとりなんだねぇ」
「この課題は基本、一人でするものでしょ?」
早速、アヅサに作業をジャマされたので、思わず口からイヤミが飛び出してしまった。
「違う違う。クリスマスなのに、荒川くんは『独り』身なんだよね?」
「えっ?」
「今更聞くけど、どうして真柴さんと別れたの?」
(はーーーっ!?)
大した親しくもない間柄で、普通そんなこと聞くか!? あまりにもストレート過ぎて、ヒロキは開いた口が塞がらなかった。
「俺、浅野さんの好奇心に応えるつもりはないから」
ヒロキの口調は普段の『温厚モード』だが、目が怒っていることにアヅサは気づいていない。
「あ、ごめ~ん。みんなが『どうしてだろうね?』って言ってたから、つい……」
「…………ふーん」
「でも、荒川くん、真柴さんと付き合っていて疲れることってなかった? ほら、彼女は美人でアタマいいけど、サバサバし過ぎ…っていうか……。あぁ、ここだけの話、中には『自サバ』って言う人もいたんだよね。まあ、私はよく分からないけど。なんだかんだ言っても女の子って、やっぱり癒し系の方がい…」
「浅野さんっ!!」
狭い研究室にヒロキの声が響く。
ドスのきいたその声は、アヅサを一瞬で黙らせることに成功した。彼女の表情からは『まさか荒川くんが、ここまで激怒するなんて』という驚きが簡単に読み取れる。
そりゃあそうだろう。こんな声出したのは、おそらく自分史上初めてのハズなのだから……。
『何事にも怒らない男』『怒りのスイッチ行方不明』『仙人』などなど……。これらは友人たちが温厚なヒロキにつけた二つ名だ。
怒らない?
いや、違う。
『よくよく考えれば、大抵はどうでもいいこと』だと判断したから、スイッチが入らなかっただけだ。
そして、多分……、
本当に怒りたい時の為に、この感情は自分の奥で眠っている。
そう、まさに今みたいな時に……。
研究室にピリピリとした空気が漂う。その中でアヅサは、視線を左右に漂わせながら、その場に留まっていた。
「……さてと、ねぇ浅野さん?」
声を荒げるのは、最初だけでいい。表面だけは『温厚モード』に徹しろ。『天敵』とはいえど、相手は女の子なのだから。
それにこの方が、下手にキレ散らかすより、何倍もの効果があるハズだ。
「な、何?」
「浅野さんは、ヒデミの何を知っているの?」
穏やかな口調に合わない、相手を刺すような視線。ヒロキの予想通りアヅサの内面はかなりビビっている。
「し、知らないよ。そんなに仲がいいワケじゃないし。だから、それは別の子が言ってた……」
「誰が?」
ヒロキは容赦ない。
「いや、誰だったけなぁ? みんなでいた時に出た話題だから……」
「じゃあ、その時のメンバー全員の名前教えて? 俺、一人ひとりに説明しに行くから。ヒデミは『自サバ』なんかじゃない。ハッキリしているけど、アタマがいいからしっかり言葉を選んでいる。もしも、それかキツイ言い方だとしたら、それなりの理由があるハズだ……ってね」
「…………」
「浅野さん、君はハタチ過ぎているんだから、自分の口から出す言葉に責任持った方がいいよ。本当に第三者が語ったかどうかは知らないけど、俺には君が『安全な位置から、敵に石を投げている猿』にしか見えないから」
「…………」
アヅサはきゅっと唇を噛みしめ、何も言わずにもう一台のパソコンの前に座った。本当は今すぐにでもこの部屋を出て行きたいハズだ。しかし彼女も自分と同じで、目の前に迫っている課題の〆切がそれを許さないのだろう。
仕方がないので、ヒロキは自分が研究室を出ることを選んだ。外部持ち出し禁止の資料は名残惜しいが、明日もう一度ここに来て、死ぬ気で作業すれば何とか間に合うハズだ。
自分の身の回りを手早く片付けてリュックを背負い、ヒロキはドアノブに手を掛ける。
「じゃあ、俺はこれで。カギはここに置くから、あとは頼んだよ」
「…………」
アヅサからの返事はなかった。
室内との温度差で、廊下特有の寒さが身体に思い切り響き、ヒロキは一瞬ブルッと震える。
「んっ?」
その時、自分の嗅覚が冷たい空気の中で何かを探し当てた。
これは……?
香水の『残り香』だよな?
この……ジャスミンの香りは。
「……まさか?」
そう、
自分は……この香りを知っている。
だって過去に、この香りごと抱き締めた女性がいるのだから。そう……何度も何度も。
間違いない!!
「……ヒデミ!?」
ヒロキは顔色が真っ青になり、その場から慌てて駆け出した。
(アイツまさか、あの会話を全部聞いいちゃったのか!?)
元カレが自分の悪口を聞かされている現場に遭遇するなんて、タイミングが悪いにもほどがある!!
誰もいない薄暗い階段を降り、ヒロキは理工学研究棟を出た。そこからは正門まで続くメインストリートが広がっていて、何人かの学生がその道を歩いている。
ヒロキは立ち止まり、望遠鏡のピントを合わせるかのように、必死で目をこらす。
(あっ!……)
100メートルほど先を歩くヒデミの後ろ姿を確認してヒロキは絶望した。間違いない! 彼女は自分とアヅサの会話を聞いている。
「ヒデ……」
彼女に向かって走り出そうとするヒロキだったが、2、3歩進んだところで足を止めた。
もう一人のヒロキが躊躇している。
俺はヒデミを追いかける資格があるのか!?
そもそも浅野アヅサにあんなこと言われた原因は、俺が色々ふがいないからだろう!?
「…………」
視界の中のヒデミがどんどん遠ざかっていく……。
やめよう。やっぱり自分なんかが、ヒデミを追いかけてはダメだ。
ヒロキは「メリークリスマス」と呟きながら、彼女の姿が見えなくなるまで、そのまま見送った。
ヒデミが正門を通過したであろう時間を見計らって、ヒロキはゆっくりと歩き出した。
そして歩きながら、アヅサとのやりとりを思い返す。
多少、言い過ぎた感は否めないが、自分は一言一句たりとも訂正するつもりはない。そう、あの言葉にしっかりと責任を持つつもりだ。文句を言うなら、どんどん言えばいい。
だけど……、
アヅサの怒りの矛先が、ヒデミに向かう可能性はゼロではない。更にヤツが妹のユリに、あることないこと騒ぎ立てて、その影響がマナカにまで及んでしまったら……。
(いやいや、いくらなんでも、今泉さんのことは考えすぎだよな?)
それでも不安に思うのは、自分は今、彼女を庇うことが出来ない場所にいるからなのか……。
ヒロキは空を見上げる。
(……星名リュウヘイくん。何かあったら、また今泉さんを頼んだよ)
そんな思いにふけりながら、正門を通り抜けようとしたヒロキだが、何故か「はっ!?」と声を上げたかと思うと、その場で硬直してしまった。
まあ、それは仕方がないと言えば仕方がない。
「メリークリスマス、ヒロキ! あんたはいつから元カノをストーキングする男になったの? ……っていうか、私が学校にいたこと、よく気づいたよね?」
腕組みをしながら正門にもたれかかっていたのは、学校をあとにしたハズのヒデミだったのだから……。
「…………」
きっと今の自分は、鳩が豆鉄砲くらったような顔をしているに違いない。
「あれれぇ!? ヒロキ? 何か『ヒデミに聞きたいことがあるんだけど』って顔に書いてあるよ。もしかしてあなたの質問は、『浅野さんとの会話を聞いたかどうか』なのかな? 答えは『YES』。それと『私が傷ついていないか?』でしょ? その答えは『NO』。本当に何とも思っていないから。だって一人じゃ何も出来ない子からの悪口なんて、私は別にどうでもいい。研究室に入るのを止めたのは、これ以上、面倒くさい展開にしたくなかっただけ……」
「そ、そうなんだ」
それでも変な汗は止まらない。
「でもヒロキ、バカだよね。元カノの悪口なんか、軽く聞き流せばよかったじゃん?」
「できるかよっ!」
ヒロキのやや強めの語気に、ヒデミは目を丸くしたが、すぐにフワッとした笑顔に変わる。
「ねぇヒロキ、お腹すいてない?」
「んっ? あぁ、そういえば」
「一緒にご飯食べに行かない? クリスマスイブだし。元カノでよければだけど?」
「そっちこそ、元カレでいいんならね。で、どこ行く?」
ヒデミは「う~ん」と大げさに考えるポーズをすると、オレンジ色の空に向かって返答をした。
「じゃあ、そこの牛丼屋!!」
《真柴ヒデミ》
自分は、誰かから守られるようなキャラじゃない……とヒデミは常々思っている。ヒロキと付き合っていた頃も、それは同じだった。
それでも……
研究室のドアを隔てて聞こえた、自分を庇う彼の声を思い出すと、胸が熱くなる。
ヒロキの隣を歩くヒデミは、彼の横顔へと視線を向けた。
(ありがとう)
目的地の牛丼屋はもうすぐだ。
「なあ、ヒデミ?」
不意にヒロキが口を開いた。
「何?」
「その、イヤリング……」
「えっ? あぁ、コレ?」
ヒデミの耳には、ハタチの誕生日にヒロキからプレゼントされたイヤリングが揺れている。
ただしこれは、『元イヤリング』というべきか……。
「ソレ、ピアスに作り直したんだね」
「あ、気がついた? そうなんだ。実は前に、うっかり片方を落としちゃってね。もう失くしたくないからピアスに作り変えてもらって、自分も耳に穴開けた」
「へぇ~、ピアス開けると運命変わるっていうけど、何か変わった?」
「今のところは『NO』。でもね、これを拾ってくれた男の子とは、運命的な出会いをしたと思っている」
「えっ?」
「名前しか知らないけど、凄く可愛い男子高校生だったよ。うん、何て言うか……そう、天使みたいな男の子だった」
天使か……
クリスマスイブだからとはいえ、自分らしくない表現だな……と思ってしまったあ。
心の中で吹き出してしまい、それが実際の表情にも出てきてしまったヒデミ。
でも、本当にそんな雰囲気だった。あの子の側にいたら、自分は物凄く癒されたし……。
(あ、でも仔犬にも似ていたな。星名リュウヘイくん)
彼は元気だろうか? あの時は初恋の女の子に片思い中だって言っていたけど、クリスマスイブの今日、リュウヘイがその女の子と楽しく過ごせていればいいな……と心から願っている。
「そんなに可愛い男の子なんだ? 是非とも顔を見てみたいもんだね」
ヒロキの言葉に、ヒデミはクスクス笑ながら、歩く速度を少し速める。
そんな2人の目の前に、思い出の牛丼屋が見えて来た。
そう……、今日はクリスマスイブ!!
《4》↓に続きます。
⭐ヒロキとヒデミの破局エピソードはコチラ↓
⭐そしてヒデミとリュウヘイの遭遇エピソードはコチラ↓