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嫌悪と羨望のハザマ(【連載小説】悩み のち 晴れ!《5.5》スピンオフSideユリ)

 🌟前回までのお話です↓

 🌟そして今回の登場人物はコチラ

浅野ユリ 
『The女子』の女子高生。ファストフード店でアルバイト中だが、そこまで頑張っているワケではない。いつの間にか周りと歩調を合わせることで安心感を得るようになった。
そのせいなのか、真面目に頑張っている同級生アルバイトの今泉マナカのことを、露骨に嫌っている。

今泉マナカ 
ユリと同じファストフード店で働く女子高生。真面目に働く姿は、周りの大人たちから高く評価されている。更におもてなしに特化したポジションである『GESS』の店舗内第1号候補に選ばれ、トレーニングに励んでいたが、ユリの一言にショックを受け、退職を決意してしまった。

 🌟キャラ相関図はコチラ↓

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     《浅野ユリ》

 
 浅野ユリには今でも忘れられない女の子がいる。

 幼稚園から小学校まで一緒のクラスだった宮前ハヅキは、集団に必ず1人はいるであろう『仕切り屋系しっかり者女子』だった。

 ユリの正反対の位置にいたハヅキとの間に、接点は数えるほどしかない。しかしユリの価値観に大きな影響を与えたのは彼女だと言っても過言ではないだろう。

 あれは2人が幼稚園年中組の時。

「ユリちゃん、ソレどうしたの? そのペンってサトミ先生のモノだよね?」

 その頃既に『しっかり者ポジション』に君臨していたハヅキは、ユリが持っていたピンクのボールペンが気になったらしく、珍しく話しかけてきた。

「うん、おもちゃ箱の中に入っていたの。だからサトミ先生に渡さなきゃって思って」

「ふ~ん」

 そう呟くやいなや、あっという間にボールペンをユリの手から奪ったハヅキ。

(えっ!?)

 呆気に取られているユリを置き去りにして、ハヅキは一目散に担任であるサトミの元へ向かった。

「サトミせんせぇー!! 先生のボールペン落ちてたよ。ハヅキが見つけたの!!」と誇らしげな声で叫びながら……。

「……………」

 当時のユリに「先生、違うっ!! ボールペンを見つけたのはハヅキちゃんじゃなくてワタシ!!」など言える勇気は持ち合わせていなかった。それどころか『ハヅキちゃんなら仕方ない』と、どこかで諦めてしまった自分がいる。

 バラ組のみんなは『リーダー』のハヅキを信じて、誰も自分の味方をしてくれないだろう。

 そんな風に思ってしまったから……。

 ハヅキが担任から褒められている姿を、ユリはただただ見つめているしかなかった。

      
          ☆

 ユリとハヅキは、小学校を卒業するまでずっと同じクラスだったが、2人が仲良くなれる要素などどこにもなく、記憶にある限りまともな交流をした覚えはない。
 
 幼稚園時代の『ボールペン事件』以降、ハヅキの優等生的な行動全てが、癇に障って仕方がなかったユリ。しかしクラスの中心人物に刃向かう勇気は、相変わらず持ち合わせていなかった。

 そんなユリが『女子の立ち位置に安泰という言葉はない』と分かったのは小学5年生の秋だった。『杭が出ているから打たれてしまった』と言うべきか。

 ある日の昼休み。ハヅキは自分の席からほとんど動かず、1人で本を読んでいた。本の世界に没頭している……というよりは、何かから逃げているようなオーラが彼女を纏っているようだが……。

「ねぇ……、宮前さんって、なんかいつもと様子が違うと思わない?」

 そういえばハヅキを名前ではなく、名字で呼ぶようになったのはいつからだっけ? そんなことを思いながら、ユリは同じグループの女の子に話しかけた。

「あー、宮前さんね。グループから完全にハブられたらしいよ」

「えっ?」

「だって、あの子っていい子ぶりっ子じゃん? 勉強や運動が出来るからって、メチャクチャ威張っているし」

「…………そうなんだ?」

 クラスのみんなは『しっかり者』のハヅキに一目置いているのだと思っていた。

「宮前さん…ウザくて結構嫌われていたよ」

「へ、へぇ」

「今だから言うけど、実は私も大キライだった」

「………………」

 ハヅキは基本的に何も変わっていない。変わったのは周りの女子だと思う。少なくとも1年位前の彼女に対しては、そんな感情を持っているのは、自分くらいだったハズ……。

 猫背のようなハヅキの後ろ姿を見つめるユリ。

(あーあ、化けの皮がはがれちゃった)

 そしてこっそり口角を上げると、その背中に向かって、心の中で思い切り言い放つ。

 ザマアミロ!!!!

          ☆

 
 その後のハヅキは、担任の仲裁によって元のグループに戻ることができたが、グループ内での力関係は完全に変わっていた。
 外部にいた女子全員がそれに気づくレベルだったが、担任はそれ以上の干渉をすることはなかった。どんなカタチであれ、ハヅキが元のグループに戻れば、自分の仕事は終了していると判断したのだろう。

 
 卒業後の進路は、ハヅキだけが隣町の私立中だった。

 (ありがとう宮前サン)

 皮肉が交じってはいるものの、ユリは彼女に心から感謝している。

 ハヅキは自分に女子の世界を教えてくれた。

 まるで公園にあるシーソーのような足元が不安定な世界を。

 昨日まで優等生だともてはやされていた子が、『いい子ぶりっ子』『出しゃばり』という名前をつけられ、真面目な行動は嘲笑のネタにされてしまうことがある。

 だからといって、気持ちを引っ込め過ぎていると、今度は『見下され要因』や『引き立て役』にされてしまう恐れがある。どんなグループに所属するかで多少の違いは生じるが、このバランスはとても大事だ。

 自分は絶対にミスはしない!!

         
         ☆

 
 ユリが中1時代を共にした女子グループは、皆オシャレが好きな『イケてる』メンバーたちが所属していた。

 ただし、勉強に対する姿勢はイマイチだったが。

 あれは1学期の期末テスト。直前まで教科書を読んでいるクラスメイトたちを横目で見ながら、ユリのグループはおしゃべりを優先していた。

「テストだるいね」

「うんうん」

「勉強した?」

「するワケないじゃんwww  ユリは?」

「えっ? 私?」

 数秒程動揺したが、「してませーーん」とおどけた顔で返事をした。

「だよねぇ?www」

 4人の女子は笑う。

 本当は結構頑張っていたと思う。集中して日付けが変わったことに気が付かなかった程だ。

(だけど、そんなことみんなにバレたら……)

 テストが始まり、配られた国語の問題用紙を見たユリは急に息苦しさを覚えた。

「…………………」

 家で勉強した所がしっかり出題されていて、ほとんどが解けそうな内容だ。

(どうしよう)

 結局ユリは解けるハズの問題を数個飛ばし、「これぐらい間違えれば大丈夫だろう」と点数を調整するという『暴挙』を選んだ。

 理科や数学などの苦手な教科はそのままの力で回答したが、英語や社会は完全に手を抜いた。しっかり解答していれば、社会はおそらく満点だっただろう。

 9教科の平均は79点。

「ユリぃ、アンタかなりいい点数だったじゃん。もう、嘘つきなんだからwww」

「た、たまたまだよ」

「マジ? ウラヤマシイ」

 責めるような口調ではなく、笑顔で反応してくれた友人たちを見て、ユリは心底ホッとしていた。それにしても79点の平均点が『かなりいい点数』とは!

 もしも実力を出し切っていたら、彼女たちは同じように笑ってくれただろうか?

(危なかった。これからも気をつけよう)

 しかしこの配慮は不要だった。友人たちにどんどん感化されたユリは、次第に家で勉強をしなくなり、成績は下降する一方だったから……。

        
         ☆

 何となく始めたアルバイト先で今泉マナカを見た時は、ハヅキの面影と重なり、軽い嫌悪感を覚えた。 

 真面目で、どんな仕事でも頼まれれば笑顔で取り組む。仕事が出来るので周りの大人たちからの信頼が厚い。

 確かに似ている。
 
 表面だけは……。

 2人の違いは割と早くに気づいた。

 ハヅキは常に周りからの称賛を欲しがっていたが、マナカは全くガツガツしていない。彼女が気にしていたのは、『自分が何をすれば、周りが仕事をしやすくなるか』だった。

 そしてマナカは流れるように周りを配慮する。

 以前、ホットコーヒーの淹れる量を間違えた新人スタッフがいた。季節が進んだことで、午前中は1回の量をフルからハーフに減らすとサヨコが言っていたのに。

「サヨコさんゴメンナサイ!! 私が勘違いして、彼女に『フルで…』と言っちゃいました!!」

 スタッフ全員に聞こえそうな声で謝るマナカ。

「マナカぁ、しっかりしろよ。『今週からフルにするのは15時から』って言っただろ?」

 サヨコが苦笑いする。

「ゴメンナサイ」と謝るマナカをユリはじっと見つめる。

(今泉さん、ちゃんと『ハーフで』って言っていたよね?)

 サヨコに注意されていた新人が、この世の終わりのような顔をしていたから、マナカは嘘をついて庇ったのだろうか?

 真意は分からない。

 分かることはただ1つ!

 自分はハヅキよりマナカがキライだ!!

          
         ☆

   
 ユリがバイト先で好きになった男性は2人。どちらも年上だ。

 最初に好きになった荒川ヒロキにはカノジョがいたけれど、「LINEくらいならいいだろう」と思い、連絡先の交換をお願いしたが、スマートに断られてしまった。
 次に好きになったのは、フリーター白井ケイイチ。翌年に大学受験を控えている彼は優しくて顔もいいし、更に頭もいい。以前、カウンターで外国人の接客に困っていた自分を、びっくりするくらいの英語力で助けてくれたことがある。

 だから一度くらいの告白に失敗しても、諦めるなんて考えられなかった。

 彼らとマナカが仲良くしている姿を見る度に、ユリは嫉妬でおかしくなりそうだった。別にベタベタはしていない。ヒロキもケイイチも適度な距離でマナカに優しい眼差しをむけているだけだが、自分はそこまでの視線を向けられたことはない。

 いっそベタベタしてくれた方が、すんなり悪口を言えるのに……と思う。

 ますますマナカが憎らしい。

 そんなマナカが店舗第1号のGESS候補に選ばれた時には、全身から体温がスーッと引いた。別にこのポジションに就きたかったワケではない。可愛い制服には憧れるが、同時に責任を伴うことは知っている。

「…………………」

 スタッフたち……特にケイイチがマナカに注目することは許せなかった。周りに合わせて『上手く』やっている自分が、『いい子ぶりっ子』に負けたようで悔しくてしょうがない。

「今泉さん、おめでとう。大変そうだけど頑張ってね」

「白井さん。はい、ありがとうございます!!」

(………白井さん)

 マナカを見るケイイチの視線が、いつも以上に優しく感じる。

(ひどいよ)

 2人の何気ないやり取りが、ユリの悔しさに拍車をかけた。

      
         ☆

 「本当にムカつく! あのいい子ぶりっ子オンナ!!」

 ここは自宅リビング。ユリは姉であるアズサの前で思い切り悪態をついた。

 この姉妹、実はそこまで仲は良くないし、ここ数年は最低限の会話しかしていない。そんな相手でも構わないほど、ユリは誰かに愚痴を言いたかったのだろう。

「はっ!? どうしたのよユリ? そんなに荒れて?」

「バイト先の同級生がいい子ぶりっ子過ぎてイライラするの。マネージャーに媚び打って、いいポジション獲得したり、年上男子に色目使ったり……」

 アズサが部外者なのをいいことに、ユリはかなり話を盛っている。

「へ〜」

 そんな姉は、大して興味を示していない。ユリは更にイラッとして語気を強めた。

「お姉ちゃんと同じ大学の荒川ヒロキさんが在籍してた時も、あのオンナは露骨にベタベタしていたんだよ!! 荒川さんにはカノジョがいるのに。顔が可愛いからって勘違いしていると思わない!?」

「荒川ヒロキ?」

 アズサの顔色が変わった。2ヶ月程前に、ヒロキの元カノである真柴ヒデミをディスって、彼を激怒させたことを思い出したからだ。

「そうだけど?」

「………………」

「え? お姉ちゃん、どうしたの?」

 姉の表情から、何かを感じたのだろう。おかげでユリは少しだけ冷静になる。

「別に………。ユリ、荒川くんならカノジョととっくに別れているよ」 

「えーーーー!?」

 目を丸くするユリ。

 アズサは忌々しそうな声で更に口を開いた。

「案外、その女子高生と浮気でもして破局したんじゃない? 例え浮気じゃないとしても、荒川くんの元カノはめちゃくちゃキツイ性格してるからヤバイと思うよ。ちょっと仲良くしてただけでも激怒されちゃいそうだし……」

 2ヶ月前の憂さ晴らしができたのか、少しだけスッキリしたような顔を見せたアズサ。そして「……ま、私もよく分からないけどネ」という『責任軽減ワード』で話を締めた。

「……………」

 ユリの口角が少し上がる。

 それは小5の頃、グループからハブられたばかりのハヅキを見つめていた自分とそっくりな顔だった。

                                    
          ☆


「今泉さんオツカレサマ」

 アズサから話を聞いた3日後、マナカより1時間早くアップしたにも関わらず、ユリはわざわざスタッフルームで待ち構えていた。

 同級生バイトのサホとココナも『同席』している。彼女たちとは、アップ時間が一緒になると、マナカの悪口を言いながら『楽しく』帰宅している仲なのだ。

「……お、お疲れ様」

 ユリの方から挨拶してきたことに驚いたのか、マナカは怪訝そうな顔をしている。ニヤニヤして顔を見合わせる3人。それを合図にユリが口を開いた。

「ねぇ今泉さん、ウチのお姉ちゃんって、荒川さんと同じ大学に通っているんだけど、荒川さんってカノジョと別れたんだって。元カノさんって気が強いらしいから、他の女の子と仲良くしていて激怒したって言ってたけど、それって今泉さんのことじゃないの?」

「…………えっ?」

 マナカの表情が凍った。それを見たユリはどんどん気持ちが高揚してくる。

 アズサの情報が本当かどうかなんて、別にどうでもいい。それが自分の耳に入ったのは事実なのだから。

「誤解だったらゴメンナサイ。でもウチらが見ても今泉さんと荒川さんは仲良しだったもんねー」

 そしてサホが煽る。

「………………」

「でも本当だとしたら、今泉さんって魔性のオンナだよね? 荒川さんのカノジョさんの仲を裂いたかもしれない場所で、しれっとGESSに昇進しようとするんだもん」

 トドメを指したのはやはりユリ。

「………………」

 マナカの顔から体温が消えた。


         ☆

 
 シフト表からマナカの名前が消えている。

 聞いた話によると、マナカは『プレッシャー』が原因でGESSの勉強を放り出して退職を申し出たらしい。

 サヨコがそれを必死にくい止めて、今のところ休職扱いになっているらしいが……。

(サヨコさん、どこまで今泉さんに甘いんだろ)

 イライラして、思わず舌打ちをしてしまった。

 サホとココナは何故か浮かない顔をしている。気のせいかもしれないが、2人からは罪悪感のオーラが漂っているように見えた。

「ねぇ、ユリ、ウチらちょっとやり過ぎだったんじゃないかな?」

 現在スタッフルームにいるのはユリ、サホ、ココナの3人だけ……。サホがシフト表に目を置いたままボソッと呟く。

「ナニソレ!? サホだってニヤニヤしながら『合いの手』を入れていたでしょ!?」

「ユリ……今だから言うけど」

「?」

「実は今泉さんのこと、そこまでキライじゃなかった」

「はっ!?」

「ウチも」

 ココナも申し訳なさそうに頷く。

「ユリがギャーギャー言うから仕方なく合わせていた」

 ユリの頭に血が一気に昇る。

「何よ!? 今更私を裏切るの!?」

「裏切るって……。そもそも、ユリがお姉さんから聞いた話は本当なの?」

「聞いたのは本当だよ! そりゃあ、誰とは言ってはいなかったけど…。でも今泉さんに思い当たるフシがあるから、あんなに青い顔をしたんでしょ!? そうよ、あの子は自分が原因で荒川さんと別れたんだって自覚してんのよ!!」

「…………………」
「…………………」

「おいっ! お前ら、何だよその話!?」

 突然、いるはずのない男子の声が乱入してきた。

 同時に「えっ!?」と声を上げた3人が見たのは、怒りに震えている星名リュウヘイだった。


         ☆

 後で知ったのだが、スタッフルームの扉は、最近調子が悪く、時々かんぬきがドアストッパーの役割をしてしまうことがあるらしい。

 だからユリたちは、リュウヘイが入ってくる気配に気づくことが出来なかった。

 その後、リュウヘイとは口論になってしまったが、最初から分が悪いユリに勝てる要素など全くなかった。

 悔しくなったユリは、「星名くん、そんなにムキになって、今泉さんのことがよっぽど好きなんだね!?」

 と『反撃』をした。

 ヒートアップしている彼が、少しでも動揺すればいい。そんな思いで……。

 しかしリュウヘイは全く動じない。

「だから何? そんな関係ないことで『口撃』するしかないってことは、浅野さん、よっぽど焦っているんだね?」 

「………………」

 正直、自分はリュウヘイのことを舐めていたと思う。いつもヘラヘラしている彼に、こんな一面があるなんて今日まで知らなかった。サヨコが仲裁に駆けつけるまでユリは必死に戦ったが、気持ちは既に白旗を揚げていた。

   
         ☆

 ユリが退職を決意したのは、3人で作ったグループLINEから、サホとココナが退室したと判った瞬間だった。

 サヨコと2人きりになったスタッフルームで、ユリは辞意を告げる。

「本当にいいのか?」

 サヨコはユリをじっと見つめる。

 スタッフが退職の意思を告げると、ハッキリとした理由(例えば親の転勤など)がない限り、一度は引き止められるらしい。

 だから、この言葉は、ただの一連の流れだとユリは判断した。

「なあユリ、このまま在籍してマナカのことを一緒に待たないか?」

「…………えっ?」

 思ってもいなかった言葉だった。

「後悔してるんだろ?」

「…………後…悔?」

 後悔しているかどうかはまだ分からない。しかしリュウヘイとの口論で、彼がみんなの前で言い放った言葉が今でも心に突き刺さっている。

 『満足した? ねぇ満足したかって聞いてんの!?』

 満足したかどうかも分からない。

 しかし、彼の言葉によって、ユリは自分に1つの疑問を投げかけた。

 私は……今泉マナカにどうなって欲しかったのだろう

 …………と。

「ユリ」

「はい」

「満足なんかしてねーんだろ?」

「えっ?」

 その瞬間、ユリの両目から涙が流れてきた。幼稚園の頃、ハヅキに手柄を横取りされても泣かなかった自分なのに……。

「ユリ、オマエも暫く休め。だけどこの状態では逃げるな。苦しいかもしれないけど、泣く気持ちがあるなら、今はここで踏ん張れ! そして何かあったらワタシに言え。オマエのこともまとめて守ってやるから」

 サヨコがユリの肩をポンと叩く。

 ユリは泣きながらも、しっかり頷く。そして消え入りそうな声で一言だけ呟いた。

「…………ごめんなさい」


     《6》に続く


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