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“小鳥たち”のX'MAS⑤ sideマナカ&リュウヘイ(【連載小説】ライトブルー・バード第2部《5》)
⭐前回までのお話です↓
⭐そして今回の登場人物の紹介は
コチラ↓
今泉マナカ(17) 容姿端麗で真面目な性格の女子高生。アルバイト先のファストフード店ではカウンターを担当し、やりがいを感じる日々を送っている。バイト先で働いていた大学生の荒川ヒロキに片思いをしているが、最近は同級生の星名リュウヘイも気になり始めていて……。
星名リュウヘイ(17) 一応主人公。マナカと同じファストフード店でアルバイトをしている男子高生。勉強が苦手なおバカだが、素直な性格なので周りから可愛がられている。そして今回、ひょんなことから片思い相手のマナカと、クリスマスデート(?)をする流れになってしまい……。
《星名リュウヘイ》
12月25日は、前日のイブよりもイベント感が弱まり、『クリスマス当日』というよりは『クリスマスが終わる日』の表現の方がしっくりくるのでは?……と、星名リュウヘイは毎年感じている。
とは言っても、片思い相手である今泉マナカと一緒に行動するのであれば話は別だ。
やはりクリスマスはクリスマス。もしも1年前の自分がこの状況を目にしたら、マッチ売りの少女よろしく『今、自分は〈最期の幻〉を見ているのだろうか?』と思ってしまうに違いない。
ディナーバイキング会場は『クリスマスが終わる日』をきらびやかに彩っていた。そして自分の目の前に座っているマナカは、この会場の中でひときわ目立っている。
視線をマナカに向けたまま、席を通り過ぎて行く男性客も何人かいた。
(さすがは『校内3大美少女』……)
…と、思わずマナカをガン見してしまう。その瞬間、リュウヘイは彼女と目が合ってしまい、口に入れたエビフライに喉を塞がれそうになってしまった。
「えっ? 大丈夫!? 星名くん」
「……あ、あぁ全然大丈夫。じゃあ俺、次の料理取ってくるね。いやぁ、どれも美味しそうで迷っちゃうな」
リュウヘイは曖昧な笑顔と共に席から立ち上がった。
★★★★★
(あぶないあぶない……。見とれていたなんてバレたら、今泉さんにメチャクチャ引かれちゃうよ)
心の中で深呼吸をするリュウヘイ。そして落ち着きを取り戻した彼は、トレイ片手に料理が並んでいるホール中央へと向かう。
「さてと……どれにしようかな?」
クリスマスらしい豪華なオードブルは、視覚だけでもゲストを楽しませていた。現在『食欲旺盛期』のまっただ中のリュウヘイにとっては、まるで宝の山だ。今の自分なら端から端まで料理全てを『制覇』できそうな気がする……。
しかし実際の彼は、皿にある程度の『余白』を残しながら、本当に食べたい料理だけを少しずつ……そしてキチンと盛り付けていた。
『食べ放題だからこそ欲張ってはいけない』……これは両親が、昔から自分に言っていた言葉の1つだ。
リュウヘイは小学生時代、家族で行ったバイキングレストランで、『あれもこれも』と大量のオードブルを皿に乗せてしまい、食べきれずギブアップしてしまったことがある。
「リュウヘイ、あなたは誰かの口に入るハズだったものを、ゴミ箱行きにしようとしているんだよ。お店の人が見たら悲しいよね?」
その時の料理は父親が無理矢理食べてくれたので、結局は捨てられずに済んだ。それでも母親の言葉が身に染みたリュウヘイは、以後、『己の適量』を心がけている。
他にも『周囲が見ても不快にならないような盛り付けを意識する』『食べることだけに執着しないで、会話も楽しむ』……など、彼は両親から色々叩きこまれてきた。
勉強に関してそこまでうるさく言われた記憶はないが、2人ともマナーには結構厳しかったと思う。まあ、改めて振り返ってみれば、ごくごく当たり前のことばかりなのだが……。
(ん?)
急に飛び込んできた香りに、彼は鼻をくすぐられた。見ると、パンの入った籠を持つウェイターが彼の側を通り過ぎてゆくところだ。何気なくその籠に視線を送るリュウヘイ。そして中身を確認するやいなや、彼は小さく声を上げた。
「おっ! あれは……」
《今泉マナカ》
マナカは両親の若い頃の話を聞くのが好きだ。
『ママがね、パパと付き合ってもいいかなぁって思ったのは、バイキングがきっかけだったんだよ……』
自分が一人っ子だからかもしれないが、母親とは結構な頻度で姉妹のような会話をしていると思う。
不意に母親の『コイバナ』を思い出したのは、やはりここがバイキング会場だからなのだろう……。
同じ大学のサークルに所属していた両親。当時の母は、父からの告白の返事をどうしようかと迷っていたらしい。
『……でね、返事の保留中に、サークルのみんなでバイキングに行く機会があったんだけど、他の男子たちが、山盛りの皿を持って来る中で、パパだけは控え目に盛り付けていたんだよね。他にも元を取ろうとしてガツガツ食べている人や、大量に食べ残す人もいたから、何回かに分けて少しずつ料理を取りに行くパパが、凄くキチンとした人に見えてね……』
「…………」
マナカは紅茶を飲みながら、周囲を目だけで見渡す。『フードロス』が騒がれ、お店の入り口に注意書きが掲示されているにも関わらず、残飯と化した料理が大量に乗っているテーブルは何と2ヶ所もあった。
自分が働いている店でもないのに、なんだかガッカリしてしまう……。
「今泉さん、ただいま」
リュウヘイが戻ってきた。彼が持っている皿は暖かい料理と冷たい料理がキチンと分けられ、量も彩も計算されているように見える。
彼は自分のことを『勉強が出来ないバカ』と言っているが、マナカはリュウヘイを頭の悪い子だとは思っていない。確かに成績は良くないかもしれないが、彼には学力では計れない育ちの良さを感じているのだ。
「おかえり、星名くん」
マナカの口角が自然に上がった。
★★★★★
「今泉さん、見て見て」
リュウヘイが自分が持ってきた皿を指差す。唐揚げやポテトと一緒に乗せられていたのは、ミニサイズのハンバーガーだった。
「うわぁ! 可愛い!」
「ちょうどウェイターさんが焼きたてパンを持って来たところでさ、よく見たらバーガーバンズだから、これは作るしかないな……と」
サラダコーナーの横には数種類のパンが置かれており、自分で好きな具を挟めるようになっていた。
「星名くん『プロ』だもんね」
「やだなぁ今泉さん。バイトでハンバーガー作っているくらいで『プロ』って言われても恥ずかしいだけだよ」
「そうかな?」
「今泉さんくらいのカウンターレベルなら接客の『プロ』って呼んでもいいけど」
「あっ……ごめん星名くん。やっぱり恥ずかしいネ」
2人は同時に爆笑した。
「ウチの店のBLTバーガーを出来る限り再現してみたよ。ソースはマスタードで代用」
そう言いながら自作バーガーを一口かじるリュウヘイ。
「どお?」
「うーん……悪くはないけど、やっぱりソースの役割って大きいね」
『ミニBLTバーガー』は、2口目でリュウヘイの口の中へと消えた。
「当然なんだろうけど、アッチはしっかりと『味の計算』がされているんだよね」
「うん。あとは具の順番も『計算』されているらしいよ。見た目だけじゃなく、味も変わっちゃうんだって。……俺さ、前にBLTバーガー作っている時にチーズ入れ忘れたから、順番無視して最後に付け足したことあるんだよね。……そしたらクマさんに見つかって大目玉! 『リュウヘイ! ハンバーガーってのは、決められた具が入っていればいいってもんじゃないんだっ!』って」
ちなみに『クマさん』とは、ベテランパートの女性で、自分にも他人にも厳しいが、面倒見のいい頼れるスタッフである。
「へぇ。その知識は初耳」
「あの時は散々な目に遭ったけど、なんか『食』って面白いなぁ…って思った」
「そうだね。……あ、そうだ! ねぇ星名くん」
「ん?」
「私にもミニバーガー作って」
「へっ?」
「星名くん話を聞いてたら、星名くんが作ったバーガーを食べたくなった。それじゃダメ?」
「えっ? えっ? まあ、俺でいいんなら」
「どんなバーガーかは、おまかせするね」
「オッケー」
リュウヘイは照れながらも、どこか張り切っているように見えた。
★★★★★
「お待たせ!」
数分後にリュウヘイから渡された皿の上には、ミニバーガーと数本のポテトがちょこんと乗っていた。
「ありがとう、星名くん。あ、これはウチのエッグチーズバーガーを再現したのかな?」
「当たり! ラウンドエッグはなかったから、代わりにスクランブルエッグ使ってみたよ」
「なるほどね」
「……それからピクルスは、出来るだけ大きいのを2枚入れておいた。今泉さんは、いつもピクルス多めでオーダーするもんね?」
「えっ?……」
何気ない彼の言葉に、マナカの感情がつまずいてしまった。そして彼女の想い人である荒川ヒロキの顔がリュウヘイに重なる。
数ヶ月前……
退職を決めたヒロキは、「最後に大きなピクルスが2枚入ったエッグチーズバーガーを作ってあげるから、店においで……」と言ってくれた。
そして約束通り、客として店を訪れたマナカ。涙を堪えながら食べたハンバーガーの味を、彼女は全く覚えていない。
(荒川さん……)
あれからヒロキとは会っていないし、連絡も取っていない。あくまでバイト仲間という関係だったのだから、当然といえば当然なのだが……。
今日はクリスマス。今頃ヒロキは恋人である真柴ヒデミと一緒に過ごしているのだろうか。
「今泉さん、どうしたの?」
リュウヘイの声でマナカは現実に戻ってきた。
「え?……あぁ、何でもない。それにしても星名くん、ハンバーガー作るのが、本当に上手くなったねぇ」
「へへへ……ありがとう」
そう言って八重歯を見せて笑うリュウヘイ。その表情にマナカは癒された。それと同時にヒロキとヒデミのことを考えても、前ほど心がヒリヒリしていない自分に気がつく。
「いただきます」
今度はしっかりと味わって食べたい。
そんな思いで口にした即席エッグチーズバーガーは、マナカの味覚に優しく伝わった。
「美味しい!!」
《星名リュウヘイ》
リュウヘイはマナカの瞳が一瞬だけ遠退いたことに気がついた。
(もしかして今、『荒川ヒロキさん』のこと考えていた?)
『荒川さん』には彼女がいると聞いている。マナカはそんな恋人たちのことを、ふと思い出してしまったのだろうか?
今日はクリスマスなのだから、仕方がないと言えば仕方がないが……。
(……一緒にいるのが、あの人じゃなくて俺でごめんね)
土居ユウスケから2枚のバイキングチケットを見せられて、「2人で行けよ!」と言われた時、リュウヘイは、自分だけの都合で首を縦に振るワケにはいかないと判断した。
もしも先にオッケーしてしまったら、マナカが断りづらくなってしまうだろうから……。
そんな彼女からの『イエス』というほぼ即決状態の返事は、リュウヘイを大いに驚かせた。
(もしかして……今泉さんも俺に気を使ったのかな? ……あ、それとも土居さんのノリに圧倒されちゃったから……とか)
今更ながら不安になってきたリュウヘイ。
だけど、嬉しそうにハンバーガーを頬張るマナカの顔を見る限りでは、彼女もこの時間を心から楽しんでいるように思える。
(あー、分かんねー!! やっぱり俺なんかが女子の気持ちを読むなんて10年早いんだなぁ……)
自分がヒロキの代わりになろうなんて、そんな図々しいこと間違っても思っていない。
だけど……
この限られた自分との時間を、マナカに楽しんでくれたら、自分も嬉しい……ただそれだけだ。
「星名くん?」
「えっ?」
「どうしたの? 星名くんこそ何か考えこんで」
「あぁ、ゴメン。何でもない」
リュウヘイは慌ててコーラに口をつけた。
その横を20代くらいのカップルが通り過ぎて行く……。彼女らしき人は声のボリューム調整が苦手なのか、会話の内容は自分たちのテーブルにまで、しっかりと届いてきた。
「ねぇ見た? そこの高校生カップル、2人ともめちゃくちゃ可愛くてお似合いだったね」
(……はっ?)
周りを確認すると、高校生という外見に該当するのは、リュウヘイとマナカしかいない。あの女性が言っていたカップルは120%自分たちだ。
(ひぇぇぇ!! やめてくれ!! 今泉さんの為にやめてあげて!!)
自分は以前、マナカをストーキングしていた客から、彼氏のフリをして守ったことはある。
しかしながら今は状況が違う。
彼女が本当に好きのは『荒川さん』なのだから!!
(……き、気まずい)
「ごめんね、今泉さん。変な誤解されちゃって」
「ううん。私は大丈夫だよ。私こそごめんね。星名くんに好きな人がいたら迷惑だよね?」
「はっ? 『好きな人』」
リュウヘイは目を丸くする。
「うん。やっぱりいるよね?」
「あ……あぁ?」
「あー! いるんだ!?」
動揺交じりの曖昧な返事をマナカは肯定と捉えたらしい。まあ、それはそれで間違いないのだが……。
(今泉さーん……君だよ!)
何だか泣きたくなってきた。
もういっそぶちまけてしまおうか……そんな思いがリュウヘイの恋心をよぎる。
だって今日はクリスマス。
「……俺の…好きな人は……今泉」
そんな気持ちに反応してか、リュウヘイの口角と声帯が勝手に動き始めた。まるで口元に別の脳ミソがあるかのように……。
しかし、ギリギリのところで本来の自分がストップをかけた。
「今泉さん…………の知らない人。へへへ、だから気にしないで大丈夫だよ」
慌てて言葉を付け足したリュウヘイ。超『即興』だった割には上手くごまかせたと思う。
(あっぶねぇ! ダメだろ俺!! 今泉さんを困らせたら)
「そうなんだ!! 私の『知らない人』っていうことは、同じ中学だった女子かな?」
「そうそうそうそう!! だ、だからサトシにはナイショだよ」
幼馴染みの井原サトシの耳に入ってしまったら、一発で嘘がバレてしまう。
「う~ん、どうしようかな?」
オーバーアクション気味におどけるマナカに対し、リュウヘイは「勘弁してよ~」と苦笑いを返した。
リュウヘイはもう一度、己の中の自分に問う。
これで良かったんだよね?……と。
★★★★★
楽しい時間もいつかは終わりが来る。食事を終えた2人は店を後にして、イルミネーションが輝いている夜の街を並んで歩いた。
「時間が時間だから、今泉さんがバスに乗るまで一緒に待つよ」
「うん、ありがとう」
本物の恋人であれば、きっとここで手を繋ぐのだろう。
カップルを演じた時に一度だけ握ったマナカの手が、今の自分にとっては遠い場所にあるように感じる。
「『いざよい』の月だね……」
不意にマナカが言葉を発した。
「いざよい?」
「うん」
マナカが東の空を指差す。そこには丸い月がレモン色の光を放っていた。
「満月だよね?」
「ううん、満月は昨日。陰暦で16日の夜に上る月のことだよ。『十六夜』って書いて『いざよい』。十五夜よりも50分くらい遅く『いざよいながら』上るから、そう言われているんだって。……あ、『いざよう』は『ためらう』って意味なんだよ」
「……『ためらう』?」
まるでさっきの自分のようだ。
「本当は秋の季語なんだけどね。私、古典の時間にこの話を聞いてから、『いざよい』っていう言葉の響きが好きになって、結構意識して月を見るようになったんだ」
「そうなんだ。俺もこれから月を見つけたら、今泉さんの話を思い出しそう」
「なんか嬉しい……あ、もうバスが来てる!」
駅前のターミナルに停まっているバスを見つけると、マナカはリュウヘイの方に向き直った。
「星名くん、今日はありがとう。楽しかった」
「こちらこそ。でもお礼を言うのは俺じゃなくて、土居さんだから。今度一緒にケイイチさん経由で何かお返ししようよ」
「うん、そうだね。えっと、星名くん、私ね……」
「んっ?」
「土居さんがどんなに勧めても、一緒に行くのが星名くんじゃなかったら断っていた」
「……へっ?」
「じゃあ、またね!」
そう言い残し、早足でバスに乗り込むマナカ。そして残されたリュウヘイは彼女の言葉を租借することが出来ず、ぎこちなく手を振った。
今泉さん……
今のコトバ、どういう意味!?
バスが発車した後も、その場から離れることが出来ず、リュウヘイは、ただただ立ち尽くしていた。
(いやいやいやいや、きっと『トモダチとして』の意味だよ! そうに違いない。絶対にそうだ! だから勘違いしちゃダメだ!)
爆発しそうな頭を空に向けて、思わず十六夜の月に目を合わせる。
ためらいながら上ってきたであろう月は、リュウヘイに優しい光を降り注いでいた。
《今泉マナカ》
バスに乗り込んだマナカも、リュウヘイに負けないくらい動揺していた。
(な、なんで星名くんにあんな言い方しちゃったんだろ!?)
思い出すだけで、赤面してしまう。
(大丈夫……星名くんはちゃんと『トモダチとして』の意味に受け取ってくれたよ。だって本当にそういうつもりで言ったんだから!!)
本当に!?
もう一人の冷静なマナカが、思考に乱入する。
本当だよ! 私は荒川さんのことが好きだし、星名くんにも好きな人が……
そこで、マナカの思考がストップした。
リュウヘイには……好きな人がいた。
(どんなコなんだろう?)
確かに自分はリュウヘイのことが気になっている。好きなのか? と聞かれれば、好きだと言えるが、どんな風に好きなのか上手く説明できない。
うつむいていたマナカは、顔を上げ、窓の外に視線を移動させる。
十六夜の月は、雲一つない夜空に浮かんでいるにも関わらず、その姿は滲んで見えた。
今日でクリスマスが終わる。
《5.5》↓に続きます。