【連載小説】遠心力(ライトブルー・バード<16.5>sideケイイチ)
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ランチタイムを過ぎた平日は、来店客が少ないせいか、店内に流れる空気がゆっくりと動いているように感じられる。
そんな静かな午後、カウンター業務真っ最中の白井ケイイチは、年配の女性客と軽い雑談を交わしながらオーダーを受けていた。
「いざ、メニューを前にすると、食べたいものがありすぎて迷っちゃうわね。ごめんなさいお兄さん。私、久しぶりに来たもんだから…」
「お気にならさず。ゆっくり選んで頂いて大丈夫ですよ」
ケイイチは『可愛いおばあちゃん』と言いたくなるような、この老婦人にとびきりの笑顔を向けた。
(このおばあちゃん、なんだか初めて会った気がしないんだよなぁ…)
心の中ではそんなことを考え、こっそりと自分の記憶をほじくり返していたが、なかなか思い当たる人物に巡り会うことができない…。
(んっ?)
メニューボードを見ている老婦人が、時々、店の奥に視線を飛ばしていることにケイイチは気がついた。
「…お客様、いかがいたしました?」
「あ、あらら私ったら…」ケイイチの問いに彼女は恥ずかしそうに微笑む。「実はね…『あの子』がいないかな…と思って…」
「『あの子』…ですか?」
「えぇ、前来た時にとても親切にしてもらったの。私ね、受け取ったばかりのトレーをうっかりひっくり返してしまって…。床は汚れるわ、腕にコーヒーがかかるわで大変だったわ。そうしたらお兄さんと同じくらいの年齢の男の子が、レジを放り出して飛んで来てくれたのよ」
その男性スタッフは布巾と氷を入れたレジ袋を持参し、彼女の火傷を最後まで心配してくれたらしい。老婦人は感謝の気持ちでいっぱいだったが、店に迷惑をかけたかも…という恥ずかしさから、次の来店を躊躇していた。
「…でもね、今度息子夫婦と同居することが決まって、来月引っ越すことになったの。だから最後に顔を見たいな…って…」
「そうなんですか。僕はここに来て1ヶ月も経っていないので、そのスタッフが誰なのかは分かりませんが、上の者に確認して、本人に伝えておきますね」
それを聞いた老婦人は安心したような表情を見せた。
「ああ、それはユウスケだよ」
休憩時間中、スタッフルームにいたサヨコに話をすると、あっという間に答えが返ってきた。
「えっ?ユウくんだったんですか!?」
「ああ、あの時はワタシも『現場』にいたし…。本来の接客を投げ出すのは感心できないけど、おばあさんへの対応は適切だと判断したから、そのままヤツに任せた。一応その後で『フィードバック』はしたけどな。…そしたらさ、ユウスケのヤツ、何て言ったと思う?」
「…さ、さぁ」
「『お、俺のばあちゃんに似ていたから、つい…』だって。いやぁ、アイツ可愛いとこあるじゃんって思ったよぉwwwww」
ユウスケの口調を真似るサヨコのレベルが思いの外高く、プッと吹き出したケイイチ。それと同時に、先ほどの疑問と記憶のピースがきれいに繋がり、ようやく頭の中がスッキリした。
昼間の老婦人はユウスケの祖母によく似ていたのだ。
ユウスケに連れられ、何度か彼の祖母宅に行ったことがあるので、ケイイチはその顔を覚えていた。小柄なところや、可愛らしい雰囲気など…確かにあの老婦人との共通点は多い。
ユウスケの祖母の方は、残念ながら6年前に他界してしまったのだが…。
「ユウくんは『おばあちゃんっ子』でしたからね」
当時、憔悴しきっていたユウスケに、ケイイチは親友として何と声をかけていいのか、困ってしまったことを思い出す。
「アイツは、後ろからハリセンでブッ叩きたくなるほどのクズだったけど、そーゆー所があるから、憎めなかったんだよなー」
「…そうですね」
サヨコの言葉に頷いたが、ふと何かを思い出したような表情になり、ケイイチは「困ったな…」と呟いた。
「どうした? ケイイチ」
「あのおばあちゃん、『引っ越し前にまた来ます』って言ってたんですよ。ユウくんがとっくの昔に退職していたことを知ったら、がっかりするでしょうね」
「いや、ユウスケは客として店に来ているから別にいいんじゃないか? 特に最近は頻繁だしwwwww。あの『さびしんぼう君』、きっと今夜も来ると思うぞ」
「…かもしれませんね」
今度は苦笑いをするケイイチだった。
「よぉ! ケイ、お疲れぃ!!」
サヨコの予言通り、その日の夜にユウスケはやって来た。
彼の勤務先である配送センターは、この店から割りと近い場所にあり、仕事を終えたユウスケは、最近ここで夕飯を済ませることが多くなってきている。
「あ、ユウくん、いらっしゃい」
「あれ? 珍しいな…客、俺しかいなくね?」
「うん、そうなんだよね」
いつもなら、この時間帯は、閉店前の駆け込み客で賑わっているはずなのだが…。
とりあえず今が丁度良いタイミングだな…と思ったケイイチは、早速、昼間の出来事を彼に伝えた。
しかしカウンター越しにいる彼の反応は素っ気ない。
「あ、そう。…うん了解」
「『了解』ってそれだけ?」
「うん。元気そうで何よりじゃね?」
(素直じゃないなぁ)
ケイイチは、人差し指でアゴをポリポリと掻いている幼なじみを見つめる。実はこの仕草…ユウスケの『照れ隠し』なのだが、当の本人は全く自覚していない。ケイイチは小3の時点で、とっくに見抜いていたというのに…。
「…それよりもケイ、早く注文言わせてくれよ。俺、めちゃくちゃ腹減った」
「はいはい、ご注文は?」
「和風トリプルバーガーセット。で、ポテトとコーラはLにして!」
「和風…トリプル…バーガーLセット…ねぇ…」
ケイイチはPOSをタッチするが、ふっと無表情になる。
「………ねぇユウくん、ちゃんと貯金してる?」
「へっ?」
ユウスケの顔がひきつった。ケイイチがアゴをつき出して話を始めるのは『説教モード』に入ったサインなのだから…。長い付き合いで相手の癖を把握しているのはユウスケも同じだ。
「…他にお客さんがいないことだし、この際だから言わせてもらうよ。和風トリプルバーガーセットってウチで一番高いヤツだよね? 更にLセットでプラス料金だよ! それを週3~4で食べる金銭感覚ってどうなの!?」
「…いやぁ、食費の方は独り暮らし始めてから考えようと…」
「その『後回し体質』もどうかと思うよ! そういや、ユウくんって夏休みや冬休みの宿題は溜めまくって、毎年僕に泣きついていたよね!?」
「む、昔のこと掘り返すなよ!」
「ユウくん、本当に自立する気あるの!? 実家暮らしと違って、自分で食費も栄養も考えなきゃいけないんだから、今から心の準備が必要でしょ!!」
「………」
ユウスケはタジタジだ。
「オイオイ…お前ら何やってんの?…もしかして『痴話喧嘩』か?」
サヨコが笑いを噛み殺しながらやって来て、ケイイチの肩に手をかけた。
「あ、サヨコさん…、すいません、つい…」
「ケイイチよぉ、スタッフが『営業妨害』してどうすんの? ユウスケは大事な金づ…お客様だぞ」
「サヨコさん、今『金づる』って言おうとしましたね? 俺のこと『金づる』呼ばわりしようとしたでしょ!?」
「ハハハ…。それにしてもケイイチにはちょっとびっくりしたわー。お前にもあんなアツくなる一面があるんだな」
「…すいません」
「いやいやサヨコさん、ケイって俺には結構辛辣ですよ」
「へぇー」
サヨコは目を丸くする。
「じゃあ何だ? オマエが『真性クズ』にならなかったのは、おばあちゃんとケイイチのおかげってとこか?」
「ひでーな、サヨコさん。でも…まぁ、そんなところですかね」
そう言ってユウスケは小学生男子のような笑顔を見せた。
「う~ん、オマエはケイイチのことを嫁に貰った方がいいんじゃないか? 今後の人生考えたら悪い話じゃないだろ?」
「さ、サヨコさんっ!!」
2人の声が重なった。
「まあ、サヨコさんのジョークはさておき…、俺は将来、誰とも結婚なんかしませんよ」
「意外だな。オンナ好きのクセに」
「女性は大好きですが、他人の人生に責任を負うのは嫌です」
「うわぁ…清々しいクズっぷり」
「そもそも、俺は結婚っていう制度に何のメリットも感じていないんですよね。だから一度結婚に失敗したサヨコさんが『再婚したい♥️』って言っている気持ちが解らない」
「黙れ『仮性クズ』!」
「…と、いうワケで俺は一人で野垂れ死ぬ覚悟はしていまーす。ま、ケイがいれば看取ってはくれるかな?」
「僕の方が先に死ぬ可能性は否定できないよ」
「まあ、そんトキはそんトキってことでいいじゃんwww。でもケイは真面目な男女交際して、ちゃんと結婚しろよ。……に、してもケイ、オマエって彼女いたことねーよな。何で? ケイは性格良し・顔良し・頭良しの三拍子揃った男なのに…」
「………」
ユウスケの素朴な疑問に対しては、笑ってごまかすことを選んだケイイチだった。
先ほどまでガラガラだった店内に、1人…2人と客が現れ始め、ユウスケが店を出る頃には、この時間帯特有の賑わいを取り戻した。
「ケイイチお疲れさん! 結局、いつもの忙しさだったなー」
クローズ作業を終えたサヨコがケイイチに栄養ドリンクを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「ユウスケは、いつの間にかいなくなってたけど…」
「そうですね」
「お前ら、本当に仲がいいよな。小3からの付き合いだっけ?」
「えぇ、もう腐れ縁ですよ」
肩をすくめて苦笑いするケイイチの肩を、サヨコは平手でポンと叩いた。
「ケイイチ…あんまり感情溜め込むなよ。身体と心に悪いぞ」
「えっ?」
驚いた眼差しでサヨコを見つめるケイイチ。そんな彼の頬には赤みがさしていた。
「話を聞くことなら出来るぞ。ワタシでよかったら…だけど?」
その言葉を告げたサヨコに、いつものおちゃらけた姿はない。真剣だが優しい眼差しでケイイチを見つめている。
「…どうして…分かったんですか?」
「オマエがユウスケを見ている目…」
「…えっ?」
「…リュウヘイがマナカを見ている目と同質だからね」
「かなわないなー。サヨコさんには…」
ケイイチは手の平を上に向けて、『お手上げ』のポーズを取る。そして「気持ち悪くありませんか?」と聞いた。
サヨコは首を思い切り横に振る。
「ケイイチ…オマエ、男で良かったな」
「えっ?」
「だって女だったら、あのクズの良さが分かる前に、絶対愛想尽かしていたと思うし…。だからこれは、ある意味奇跡なんだよ。確かに現実は辛いけどさ…、人間はいつか死ぬんだから、自分をそんな気持ちにさせる相手と出会えたことを喜んだ方がいいじゃん」
「………」
ユウスケは…ちゃらんぽらんで、お調子者のオンナ好きで、どうしようもないクズだけど、犬や猫に優しいことを知っている。ドラえもんの映画を観る度に号泣することも知っている。おばあちゃんが大好きで未だに写真を持ち歩いていることも知っている…。
他にも…おそらく本人すら知らない彼の良さを自分は知っている。
「そうですね。僕もそう思います」
友情から恋心に変わったタイミングはイマイチ覚えていない。それくらいユウスケが自分の側にいるのが自然だったのだろう。
そして環境の違いから一時期疎遠になった時は、寂しさよりも安堵の気持ちが勝っていた。これ以上感情が膨らんだら、自分がどうなるか分からなかったから…。だから居酒屋でユウスケと再会した時は彼を強く突っぱねた。
(…ま、無駄な抵抗だったけどね)
同じ苦しみなら、会える苦しみを選ぼう…と決意したのは、再会したことで自分の気持ちを確認できたから…。そしてそんな自分は、これからも彼を支えていこうと思う。
『結婚はしない』と豪語していたユウスケだが、もしも心から愛することの出来る女性が現れたときは、そっと身を引くつもりだ。やはり好きな人には幸せになってほしい。
それまでは、ユウスケと共に歩いてゆく…。
店を出たケイイチは、星が輝いている冬の空を見上げた。
「おーーーい!! ケイ!!」
自分の背中で、聞き覚えのある声が反射した。この声を他の人間と間違えるハズがない…。
「…ユウくん!? どうしたの!?」
「へへへ…オマエのこと待ってた。渡したいモノがあったから」
「『待ってた』…って」
ユウスケが店を出たであろう時間から、自分がここに来るまでの時間は、短く見積もっても2時間はあるのでは?…と思う。
「これ」
そう言ってユウスケは持っていたレジ袋を渡す。そういえば、彼は店に客として来た時から、この荷物を持っていたことを思い出した。受け取ったケイイチが中を見ると野菜が入っている。
「大根と…白菜?」
「うん、会社の人から貰ったんだ。つい3日前にも同じ野菜貰ったから、今度はオマエにと思って…」
「………あ、ありがとう」
(ユウくん、無防備すぎるよ!! 全くもぅ…君はバカなの?)
暗い寒空の中、自分を待っていた親友。愛しい気持ちで涙が出そうになる。
「んじゃケイ、帰るか」
「うん」
2人は連れ立って歩き始めた。
「ユウくん、さっきは言い過ぎてごめん」
「ん? あぁ…別に気にしてねーよ。俺、オマエがいないと本当にクズだから…。あ、でもさ、俺は本当に自立するつもりではいるからなっ」
「ハイハイ…分かっていますよ。ねぇユウくん、今度ウチに来なよ。簡単で日持ちする大根と白菜の料理教えてあげるから…」
「お、サンキュー!!」
コンビニの前を通りすぎようとした2人の横で自動ドアが開いた。その時、店内で流れていた音楽がケイイチの耳に触れる。
(あ、ゴスペラーズ…)
ほんの1フレーズだけだったが、ケイイチはこの曲をよく知っている。ゴスペラーズの大ファンだった父親が、彼らの歌をいつも車の中で聴いていたからだ。
父親が亡くなってからは、あまり聴かなくなってしまったが、やはりいいモノはいい…。
(あの曲は確か…『約束の季節』)
心の中で歌詞を辿るケイイチ。『約束の季節』は夏を歌っている曲でありながら、今の気持ちに切ないくらい響く。
天国の父親が、感情を落としこむ為に、この曲をプレゼントしてくれたのだろうか?
「…やっぱり好きだな」
ケイイチの独り言にユウスケが反応する。
「んっ? 『好き』?何が?」
「えっ? あ、ゴスペラーズだよ。今通ったコンビニで歌が流れてた」
「あ、俺も好き」
(そう…、君と歩こう)
オリオン座が輝く空の下で、今日という日を忘れないと誓いながら…。
珍しく《あとがき》です(///∇///)
今回は初めてBLに挑戦してみました。普段は行き当たりばったりで書いている私ですが、〈12.5〉でケイイチを初登場させた時から、この流れだけは決めていたんですよね。
仲良くさせて頂いているnoterさんのBL作品読んで勉強したつもりでしたが、いやぁ、難しかった(汗)
「こんな内容でタグに『BL』つけていいんかーい!?」って思いましたが、す、すいませんっ!! つけさせて頂きます( ̄▽ ̄;)
もう1つは…これも他のnoterさんの影響なんですが、「曲のイメージでストーリーを作ってみよう」…と。
ゴスペラーズは元々大好きなアーティストですし、唯一『一人称で僕を使うキャラ』のケイイチにぴったりだと思ったので、今回、彼らの曲で挑戦しました。
でもゴスペラーズの皆さんは、きっと女性を思って歌っていますよね。BL作品(自己申告)に使用してごめんなさい…って気持ちです。う~ん『ゴスペラーズ』というタグはやめておきます(;゜∇゜)
最後まで読んで頂いてありがとうございました。これ以上は何も決まっていませんが、〈17〉↓には続きます(笑)